第2話 守り人の里と女神の巫女
相変わらず時間帯がよくわからない空模様だが、俺の朝は早かった。
というより、おそらく寝ることも必要ないんだろうな、この身体。
異世界とやらに飛んで早々に解呪できるかもしれないという期待から、俺は里がまだ寝静まっている頃に小屋を飛び出し、待ち合わせ場所である里の西門へ向かった。
意外なことに西門には既に人影があった。
「よう、お姫様。随分と早いじゃないか」
「おはようございます。待ちきれず、来てしまいました、使者殿もお早いですね」
どうも昨日の警邏隊も同行するらしいが、俺らが朝早く来てしまったため、待つことに。
俺としては彼らなど寧ろ足手まといなのだが、里の姫をひとりで外にだす訳にもいかないのだろう。
ただ待っているだけというのも暇なので、これから行く目的地のことをティンクに聞く。
「女神の巫女が封印されている場所って言うのはお前らにとって聖地なんだろ? どういうところなんだ?」
ティンクは少しだけ意外そうな顔をした後、しっかりとした口調で説明し始めた。
「この島のほぼ中央に位置するセントレナールと呼ばれる地域です。極寒地として知られるノルディックですが、セントレナールはその中でも更に特別。来るものを誰も寄せ付けないほどの猛吹雪が常に周りを囲うようにあります」
ティンクによると、とにかく寒くて風が強く、積雪量も多いため歩くのも困難らしい。
極寒地で暮らすのに適した北極狐の獣人である彼女たちにとっても、そこへたどり着くのは非常に困難であるということだ。
だが、彼女たちは巫女の守り人。
その務めを果たすべく、小さい頃から鍛錬を積んでセントレナールの警邏を欠かさないそうだ。
そんな会話をしていると、焦った様子でカーリを筆頭に警邏隊が息を切らせながらやってきた。
「ティンク様、遅れてしまって申し訳ない!」
時間帯としてはまだまだ早いはず。
きっと彼らにとっても早めに来たつもりだろうが、姫の後に来てしまっては立場がないのだろう。
焦った様子で口々にティンクへ謝罪をしていた。
その時、警邏隊のひとりが勢いよくそのまま謝罪と共に頭を下げようとしたところ、カーリが頭をひっ掴んでそれを止める。
掴まれた男はハッとした後、カーリに謝罪した。
ティンクが明るく「それではお揃いですので早速向かいましょう」と声をかける。
俺はそのやりとりに違和感を覚えるが、特に口を出すほどでもないので、「頼む」とだけ答えた。
***
「本当にすげぇ吹雪だな」
俺はある意味で感動していた。
魔王と呼ばれるようになった頃から、俺は自身の【渇き】を制御できず、どこを彷徨っても砂漠と快晴しか目にすることがなかったからだ。
こんな気候でも軽装でガツガツ歩ける身体をよこしやがった女神には恨みしかないが、自分の魔力を制御できるようになったことには感謝してやっても良い。
「使者殿、本当に大丈夫ですか」
そうティンクは俺に声をかけるが、どうみてもティンクや警邏隊の方が大丈夫ではなさそうだ。
「極寒地に適応した獣人って聞いていたが、お前らこそ大丈夫なのか?」
そう軽く挑発してみると、隊長であるカーリは顔を赤くして、「お前ら、それでも誇り高き守り人の警邏隊か。こんな訳の分からん奴に後れを取るな」と叱咤する。
警邏隊はカーリの言葉で奮起し、遅れがちだった歩みを早め始めた。
俺は「へぇ」と漏らし、ちょっとだけ嬉しくなったので、軽く手伝ってやることにした。
急に魔力を練りだした俺を警戒したのか、カーリは「何をするつもりだ」とティンクを庇う様に前へ出たが、俺はかまわずにそれを発動させる。
こいつらに影響がないようコントロールしながら、前方に向かって【渇き】を込めた拳を振ると、ズンという鈍い音を立てて一本の道ができた。
空からも光が射したが、それは一瞬で厚い雪雲に阻まれる。
「さ、歩きやすくなっただろ。さっさと行こうぜ」
俺は先程と違い、上手くコントロールできたことに満足しながらそう言った。
カーリが何やら騒いでいるが、俺の耳には入ってこない。
何かがこの先にいる、とてつもない力を持った何かだ。
俺は権能が触れた何かの感触を確かめながら、早くなる足を止められなかった。
***
「使者殿、待ってください!」
そうティンクが叫ぶが、それを見た瞬間、俺は吸い寄せられるように走り出す。
渦巻く猛吹雪の中心には、巨大な氷があり、その中には目を閉じた銀白の少女がいた。
「使者殿!!!」
躊躇なくそれに殴りかかる俺にティンクは大声で叫ぶが、間に合わない。
俺の拳がその巨大な氷に触れると、鈍い衝撃音が響き渡り、その影響でティンクや警邏隊は雪と共に吹き飛んだ。
「何をしているんだ、何をやっているのか理解しているのか!!?」
傷だらけになりながらも上手く受け身をとったカーリが声を上げる。
「死にたくなければ、もっと下がってろ」
「なんだと!?」
「こいつを解放したいんだろ? そこにいたら死ぬぞって優しく警告してやっているんだ、次は本気でいく」
カーリはまだ食い下がってこようとしたが、それを止めたのはティンクだった。
「使者殿、お願いします。どうか我らの巫女をお救いください」
そう言ってティンクは悔しそうな顔を見せた後、こちらに背を向けて歩き始める。
警邏隊は動揺しながらもティンクに従うしかなく、黙ってその後を追った。
去り際、カーリが「女神の巫女に何かあったら覚えておけよ」と言った気がしたが、俺は既に魔力を拳に集中させていた。
目を閉じて自身の魔力を確かめると、改めて自分のイカレた魔力量に驚く。
過去、禁忌に触れて得た魔力だ。
人間の身体では制御しきれず、不死の呪いも相まって魔王となってしまった原因。
だが、この身体なら完全に制御できるという自信があった。
魔力をとにかく練り上げる。
権能【渇き】を乗せて、練って、練って、拳に集中させる。
それだけで周囲の吹雪も積雪も消し飛び、俺を中心に土もサラサラと砂へ変わっていく。
俺はゆっくりと目を開け、氷の中にいる女神の巫女を睨みつけた。
憎たらしい顔しやがって、その銀白の狐耳と尾は何だよ。
その左頬を殴りつけるつもりで、俺は再び巨大な氷を殴りつけた。
島全体を揺らすその一撃は、島を支配していた分厚い雪雲を消し飛ばし、日光が降り注ぐ。
氷が砕け散り、宙に浮く銀白の狐獣人――女神の巫女は嘘みたいに美しかった。
巫女に一筋の眩い光が氷を射すと、複雑な魔法陣が浮かび上がり、強烈な光を放つ。
光の中でガラスが割れるような音がすると、魔法陣は砕け散り、光もおさまった。
ドサッと地面に落ちた巫女を眺め、俺は思わず息をのむ。
気付くと俺は、巫女の胸倉をつかんでいた。
***
恐ろしく冷たい身体、俺でも指が凍ってしまいそうだ。
だが、今はそれどころではない。
「おい、せっかく起こしてやったんだ! さっさと俺の呪いを解きやがれ!!」
そういって俺は巫女の胸倉をつかんだまま凄む。
しかし、巫女は無反応だ。
どれだけの期間、氷漬けで封印されていたか知らないが、俺には関係ない。
目は明かないのか開けていないだけなのか、それでも巫女が俺を鋭く睨みつけていることは感じられた。
俺は怒りで手に力が入る。
小さな巫女の身体を揺さぶりながら、なおも解呪を要求すると、ようやく巫女が口を開いた。
「なぜ、わたしが“お前なんか”の頼みを聞かねばならん」
それは聞き取れないほどの小さな声だったが、思わず手を放してしまう程に底冷えするものだった。
「女神からお前なら俺の呪いが解けると聞いた。さっさと殺せ」
明らかに衰弱している様子。
だが、俺は解呪の期待と得体の知れない巫女の威圧感からか、焦っていたのかもしれない。
「死にたければ、勝手に野垂れ死ね」
そ の言葉に俺は冷静さを完全に失い、女神の巫女に向けて拳を振りかぶった。
「何をしている!!!」
俺が拳を振り下ろす直前、カーリの怒りと怯えの混じった声が耳に入る。
顔を向けると、息を切らしたティンクと警邏隊も集まってきた。
俺はそちらを睨みつけ「なんだ」と目で訴えると、先程の俺の権能を思い出したのか、警邏隊は尻込みして怯む。
カーリですら、次の言葉が出ない様子だ。
そんな中、ティンクが非常に悲し気な顔で前に出て、俺の手の届く場所までやってきた。
脚は震え、その足取りは力強いとはとても言えない。
「どうか、どうかその手をお納めください。何故、使者殿がお怒りなのか私にはわかりません。どうしたら使者殿のお怒りが静まるのかもわかりません。ですが、そのお方は我らにとって非常に大切な方なのです。我らは“巫女の守り人”なのです。どうか、せめて先に治療だけでもさせてください」
そう言って、ティンクは膝をついて地面に頭を付けた。
警邏隊はそれに驚き、「ティンク様、そんなことをしてはなりません」とうろたえる。
「いえ、ここは退けません。我らの役割は巫女をお守りすること。聖地を見回ることではありません。巫女が目の前で力なく臥せているのです。私の首ひとつ差し出せずどうしてお役目を果たせましょう」
おでこを地面に擦り付けるティンク、沈痛な面持ちの警邏隊。
カーリが前に出てティンクをかばう様に膝をついて頭を下げた。
「俺の首で勘弁してくれ。姫は、ティンク様は今の里にとってなくてはならない存在なんだ」
俺はティンクとカーリをみて、足元で転がる女神の巫女をみた。
相変わらず閉じた目でこちらを睨んでいる気配を感じるが、確かに呼吸は浅く、その存在感とは裏腹に魔力もほとんど感じられない。
俺は内心で自分に舌打ちする。
「死にかけのこいつに、俺の望みが叶えられるはずもねぇな」
俺は乱暴に女神の巫女を持ち上げ、そのままカーリに向けて放り投げる。
カーリはそれを慌てて受け止め、「なんてことをする!」と返したが、腕の中の巫女の姿をみて、「すまない、急ぎ帰る」と言った。
ティンクもそれをみて、改めて俺に頭を下げる。
俺はただ、肩をすくめることしかできなかった。
次回、第3話「引きこもりの兄と光」




