第1話 極寒の地に落とされた元魔王
本編スタートです。
見渡す限りに深い雪、時間帯がわからないほどに薄暗く分厚い雲、木々から伸びる太く長い氷柱。
明らかに極寒地だが、寒さを僅かにしか感じない俺の身体。
「こうも“化け物”染みてると嫌になってくるな」
手指を動かし、何の影響も受けていないことを実感する。
しばらく歩いていると、雪がだんだんと強くなっていき、ついには猛吹雪となった。
「いくら寒くなくてもこれじゃなんも見えねぇな」
ほんの軽い気持ちだった。
ちょっと視界が良くなれば良いな、もうちょっと歩きやすくなれば良いな。
そんな気持ちで軽く権能【渇き】を発動させると、絶句してしまう。
「おいおい、これは使いどころを考えなきゃヤバいかもな」
見える範囲の雪は消え失せ、痩せた土と枯れ細った木々が露になった。
分厚い雪雲は、一瞬割れて光が射したが、すぐに元通りになった。
「あの雲、何か魔法か? それにしては随分と規模のデカい……」
その時、視界の端で何かが動いたのをとらえた。
むき出しになった痩せた土の上を雪が動いたような気がした。
「動くな! お前は誰だ? 何をしにここへ来た?」
雪が動いたと思ったら、真っ白な男たちに囲まれた。
耳は大きく尖っており、獣人らしい彼らは、皆険しい顔で槍をこちらに向けている。
「死を探している旅人さ、女神のお使い中でもある」
「何を訳のわからんことを言っている! 言うにことかいて女神だと?」
リーダーらしい男は警戒を強めたのか、槍を握る手が更に固くなった。
「そう言われても、俺は俺でここがどこなのかもわからないんだ」
「……怪しい人族だ。ノルディックにこの軽装、しかも先程の魔法。教会が”また”不条理を我々に押し付けようとしているのかも知れん」
どういうことかわからないが、好都合に思えた。
俺は「へぇ」とニヤける顔を我慢できず、「それならどうするんだ?」と軽く脅すような威圧を込めて言ってしまう。
「怯むな! かかれ!」
数人は俺に気圧されていた様子だったが、リーダーの掛け声で戦士の顔つきとなり、一糸乱れぬ連携で四方から鋭く槍で貫いてきた。
腹・腿・肩などを正確に突き刺し、リーダーは真っすぐ俺の左胸に槍を通した。
誰もすぐに残心を解かないのは褒めたものだが、俺は残念な気持ちでいっぱいだ。
やはり最初に気付いたのはリーダー。
「離れろ!」
一斉に俺から距離をとる。
数人はすぐに気が付いたみたいだが、多くはまだ不思議がっているだけだ。
「はぁ、やっぱりこの程度じゃ何にもならないな」
左胸を深く貫いていた槍を勢いよく抜く。
一流の仕事とは程遠いが、荒くも精巧でよく手入れされている良い槍だ。
だが、これでは何の役にも立たない。
「なッ……!!!」
男たちの驚きを聞きながら、俺は手に持った槍を、身体中を貫いている槍たちを、砂に変えた。
俺の【渇き】に直接触れて、そのままでいられるはずもない。
少しだけ期待していた俺の耳は「化け物」という小さな呟きを拾い、更に嫌になる。
これだから生きるっていうのは俺にとって苦痛なんだ。
***
意気消沈している俺を、男たちは遠巻きにみるしかできない。
明らかに戦意は喪失しているが、俺を放っておく訳にもいかないのだろう。
恐ろしく長く感じたその時間だったが、変化は向こうからやってきた。
美しい黄金色の体毛をした、小柄な女の獣人だ。
耳や尾の形は男たちと同じだが、明らかに特殊な個体。
俺は男たちが反応するよりも早く、その黄金色の獣人に駆け寄る。
「お前が女神の巫女だな? 随分と若いし弱そうだが、本当に俺の呪いが解けるんだろうな?」
黄金色の獣人は「ひっ」と漏れ出た声を必死に飲み込み、急に目の前に現れた俺をしっかりと見つめ、引き攣った顔をすぐに真剣なものへと変えた。
「女神の巫女のことをご存知なのですね? 申し訳ないのですが、私は女神の巫女ではございません」
見た目の印象とは裏腹にハキハキと答えるその様子に少しだけ驚く。
だが、俺の目的でないことがわかると途端にテンションも下がるというものだ。
露骨に気を落としてしまい、「そうか」と言うのがやっとだった。
黄金色の獣人は、俺の視線が逸れた瞬間にやや後ろに下がる。
すぐさま、男たちは「姫様!」と言いながら黄金色の獣人を守るように囲み、俺から距離をとった。
こんな極寒地の田舎で姫君とあれば、厄介事に巻き込まれるのは一目瞭然だ。
思えば、男たちも狩猟というより警邏していた様子。
都合の良いことに、何やら姫と呼ばれた黄金色の獣人と男たちは揉めているみたいだ。
俺はその場から離れようとじりじり下がっていると、「お待ちください!」と声をかけられてしまった。
「どうか私たちの里まで来てください。不躾なのは重々承知していますが、どうか」
そこには頭を下げる黄金色の姫様、俺を睨みつけるリーダー、困惑顔の男たちがいた。
確実に面倒事だ、間違いない。
なんてったって、姫様の野郎は俺のことを「使者殿」と呼び始めたからな。
***
何度否定しても、“守り人”の里の姫様ことティンクは、俺のことを使者だと言い続ける。
なんでも今朝、女神様から神託があり、女神の巫女を解放してくれる使者がこの里を訪れることになっていたらしい。
女神から神託があったのは初めてだそうで、最初は半信半疑だったが、族長とティンク、更にはティンクの兄にも同じ神託があったらしく、懐疑的な反応も多かったようだが、取り敢えずいつも通りにしていた結果が今だ。
「めちゃくちゃ見られているな」
「申し訳ございません、使者殿。もともと警戒心が強い上、現在は他の里との関係もあって余計に心配しているのだと思います」
そう言ってティンクは俺に頭をほんの少しだけ下げてきたが、その瞬間、里に入ってから向けられている視線がより厳しくなった。
「こんなものしか用意できず、本当にお恥ずかしい限りですが……」
俺は「気にするな」とだけティンクに伝え、用意された粗末な小屋でドカッと座る。
狩った獲物の皮で作られたらしい古びた腰掛は、それだけで壊れそうな音をたてた。
この気候の中で住んでいるんだ、食べるものも限られているのだろう。
申し訳なさそうに差し出された雪解けの水を温めた白湯に口をつける。
「俺のこと、気になるか?」
ティンクが立ち去らず、ずっと俺の方をみていたのでそう声をかけてみた。
小屋の外でこそこそと監視していた連中が聞き耳を立てているのがわかる。
「いえ、使者殿は、その……。私たちがお守りしている女神の巫女をどうされたいのでしょうか」
言葉を選びながらも、最後は真剣な表情でそう聞いてきた。
「心配するな。何もとって食おうと思っている訳じゃない。ただ、ちょっと俺にかけられた呪いを解いてほしくてな」
「呪い、ですか」
俺は自分のことをあまり言う気はなかったのだが、何故かその時は思わず口からこぼれてしまった。
「俺は死にたいんだ」
***
その夜、族長からお呼び出しがあったみたいで、ティンクの案内で族長のところへ向かった。
族長といえどこの里の人間、俺にあてがわれた粗末な小屋と大して変わらない小屋だ。
「お邪魔するぜ」
軽い調子で入っていくと、そこには年老いて体毛も灰色がかった獣人の男がいた。
「来たか使者殿、夜に呼び出したりしてすまなかった」
「気にするな、その身体じゃ歩き回るのも大変だろう」
族長は左足を欠損していた。
だが、俺が気になったのは寧ろその年齢。
ティンクが姫と呼ばれるなら、族長はその親を想定していたが、どうも世代があわない。
俺が不思議がっていると、族長は優しい笑みをみせ、語り始めた。
「カーリから聞いておったのと随分と印象が違うの。うちの若いもんが迷惑をかけたようですまなかった。身体は本当になんともないのか?」
「あ、あぁ。そういう身体だからな」
そう答えると族長は嬉しそうに笑った。
ティンクをみると、少し申し訳なさそうな顔をみせながら「カーリは警邏隊の隊長です」と答えたので、さっきのリーダーの奴かと納得した。
「それで、俺は今日ここに来たばっかりなんだ。ここがどういうところかもわからないし、俺を『使者』だの何だのいって何を期待しているかもわからない。ただ、俺は女神に言われてあいつの巫女とやらを探しにきただけだ」
族長はそれを受けてぽつぽつと語りだした。
この里は巫女の守り人と呼ばれる北極狐の獣人たちが住む小さな集落だ。
女神の巫女が封印されている場所を聖地と定め、それを守護する使命をもっている。
ただし、それが始まったのは何代も前の話であって当時を知る者は当然ながらいない。
それでも彼らは里の使命に誇りを持ち続け、疑問を持つこともなくそれを続けているらしい。
だが、現在の族長が族長になった頃、教会の者と思われる集団によって聖地が荒らされた。
彼らはそれだけでなく、ノルディックと呼ばれるこの北方の極寒島に住む獣人たちを次々に襲い、捕らえられた少なくない数の獣人たちがどこかに連れ去ったようだ。
ノルディックに住む他の部族らは、彼らを招いた原因が守り人の里にあると糾弾し、そこから部族間の溝が深まっていく。
警邏隊の小競り合いから始まり、武力紛争へ発展、ついには族長の息子が殺される事態に発展してしまった。
結果として、残されたティンクとその兄が世代をひとつ飛び越える形で次期族長の候補となってしまったらしい。
「普通にお前の兄が族長になるんじゃダメなのか?」
そう聞くと、ティンクと族長はそろって苦い顔をした。
「それよりも明朝、早速ですが聖地までご案内させていただきます」
急な話題の変更に違和感を覚えるが、解呪が目前に迫った期待で俺はもう、この里の事情になど興味を失っていた。
次回、第2話「守り人の里と女神の巫女」




