第47話 尾の行方
「ははは、一時期はどうなるかと思ったけど、どうにかなったね」
ヴェルネカルタ島の島主の館に俺たちはいた。
ドン・ヴァルデスの館と異なり、こちらは堅実さを感じる趣だ。
客を迎える応接間はそれなりの調度品を揃えているが、どれも品を感じる。
成金趣味を丸出しにしているどこぞの商人とは根本的な思想が違うらしい。
「今後、ミラリアはどうなるんだ?」
俺は紅茶に口をつけると、そう切り出した。
それにしてもレオンの趣味は良い。
カップは白磁の表面に細い銀の線だけでアーモンドの花が描かれた、とてもシンプルなもの。
その磁器は光が透けるほど薄く、ソーサーに戻せば気高い鈴の音が静かに響く。
レオンは俺がその音を楽しんでいることを知ったのか、少し間を開けて答えた。
「サルアンドロ・ラゴの死によって連合は大きく変わるだろうね。ドン・ヴァルデスは彼との繋がりが明るみになり、優秀な執事も失った」
連合の兵士らがドン・ヴァルデスの館に押し入り、奴の悪事を公にしているそうだ。
付き合っていた海賊もサルアンドロだけでなく、有名どころも何人かいたとか。
ブルサ王国で起こった海竜関連の一件とバスティアンの存在もかなり影響していたらしく、ヴァルデスは苦しみながらも繋がりのある海賊を使ってあれこれやっていたらしい。
ロカ・ザラルの存在はミラリア連合に留まらず、魔族を目の敵にしている教会にも当然伝えられ、調査が更に進められると言う。
「サルアンドロ・ラゴを長年匿っていたゴノビア島のカルロ・ファッザーノも死体で見つかったし、サヴェリオさんもビアンカ様もいない時に頭が痛いよ」
サルアンドロは島主カルロを下僕のように扱い、長く潜伏していたらしい。
公然の秘密だったらしいが、統治者サイドに海賊がいるってどうなんだ?
ミラリア連合という場所の闇と言うか、象徴だよな。
連合の現代表であるマニフェステリア島の島主サヴェリオ・アストラリや連合議会の議長を務める正四位枢機卿ビアンカ・ヴィスコンティは何かの用事でミラリアから離れていたようだ。
権力者の不在時を狙ったタイミングでサルアンドロが動いたのか?
それともたまたまなのか?
あのサルアンドロが他者の事情を考慮するとは思えない。
同時に狡猾なあいつなら、より上手くいくタイミングを見計らっていたとも思える。
「ま、俺には関係ないことだ」
結局、俺にとっちゃそれに尽きる。
レオンは何か言いたげだったが、ため息を吐くだけだった。
「そなたは“魔族”のことをどこまで知っておる」
サクラが唐突にレオンへ問う。
今回、目の前で尾を奪ったのは魔族だ。
これからのことを考えると、魔族との衝突は避けられない。
俺が知っているこの世界の魔族は、シュヴァイツで見た者たちだけだ。
彼らは人族の営みに自然と溶け込んでおり、悪意も感じられなかった。
種族が異なるというだけで、同じ“人間”という印象でしかない。
「魔族も人と同じく、一枚岩じゃないんだろうね」
当たり前だが、彼らにも各々の欲があり、理性がある。
人族に派閥争いがあり、宗教観の違いで対立するように、彼らも様々なんだろうな。
「今回の魔族をどう見ておる」
サクラは問いを続けた。
レオンは少し考えた素振りを見せた後、ゆっくりと語り始めた。
「教会が言うような過激派の魔族でないことは確かだね」
教会は一般的に魔族を悪の象徴のように扱う。
魔族が求めるのは人族の血であり、土地である、と言う。
「彼は短くない期間、ヴァルデスの執事として勤めた」
レオンは「うちに欲しいくらい優秀だったよ」と付け加える。
教会の言う魔族像とはかけ離れた存在だった。
人族を敵視することは無く、寧ろ、穏やかで礼儀正しい執事だったと。
それは俺の持つロカ・ザラルの印象とそれほど違わない。
教会から派遣されていたビアンカも黙認していたくらいだ。
当然、今回の件でドン・ヴァルデスは異端審問にかけられるらしいが。
「魔族も内部で争いがあって、奴は穏健派だってとこか」
俺の解釈にレオンは頷いて同意を示す。
だが、解せん。
奴は雑魚じゃなかった。
諜報活動をするタイプの戦闘力じゃない。
もちろん、敵地に乗り込むならそれなりの実力は必要だろう。
実際、俺たちから逃げ切っただけの能力を見せつけた。
だが、奴の魔力の質からして、得意なのは寧ろ肉弾戦だと思えた。
そもそもがあの忠誠心を感じられる振る舞い。
誰かの指示によるものか、少なくとも“誰かのため”にやっているとしか思えない。
「魔王、か……」
俺の呟きに全員が反応を見せた。
レオンは目を見開き、ティンクは驚き、そしてサクラはため息を吐いた。
「魔王? 確かに魔族の王ならそう呼ばれるだろうけど」
アミグダロイド教の常識からすると、魔族は人族に敵対的だ。
この世界は東西に分かれ、東を人族、西を魔族が統べる。
枯れた土地しかもたない魔族は、いつも肥沃な土地を求めて東へ侵攻する。
過去の歴史を振り返っても、魔族は何度も東進を繰り返してきた。
だが、それはあくまで過去のこと。
今の世を生きる人族からしたら、東西は完全に分断されている。
魔族による侵攻は何十年も起きていない。
それはかつて、アラティーリャが中心となって当時の魔王を討ち取ったからだ。
だからこそ、教会は魔族を悪だと断定し、未だに排外している。
魔族の勢力を徹底して削ぎ落し、二度と戦争を起こさせないために。
若いレオンからすると、魔王とは既に存在しない者だった。
「新たな魔族が魔王として即位したのだろうよ」
サクラの断じるような口調にレオンは反射的に言い返そうとして、やめた。
「……魔族に対しても、警戒を強めるしかないね」
どこか諦めたような態度でレオンはそう言った。
サクラの尾はわかり易いパワーアップアイテムだ。
ブルサ王国ではただの海蛇が海竜になったと聞いた。
もともと力のある魔族が尾を手に入れたら?
俺たちから逃げ切ったロカ・ザラルが忠誠を誓うほどの相手が?
「ふふふ」
思わず漏れ出た俺の笑い声にティンクが反応して不思議そうにこちらを見る。
良いじゃねぇか。
この世界の“魔王”がどれほどのもんか、楽しみで仕方ねぇ。
シュヴァイツから東へ東へと流れてきた旅だ。
魔族の住む西側諸島、通称【魔界】からすると逆走している。
旅は長くなったのかも知れない。
だが、ゴールが明確に示されたようなもんだ。
俺は込み上げてくるものを抑えることができなくなっていき、ついには声を上げて笑い始めてしまう。
静謐で上品なレオンの応接間に俺の下品な笑い声が響く。
「……?」
レオンは何が起こったのかと不思議そうな顔をしている。
ティンクは心配するような表情になってしまっていた。
「サクラ、さっさと教会と決着を付けて西へ向かうぞ」
サクラは不快感を隠すことなく、ため息を吐くだけだった。
次回、第48話「ミラリア商人の性」




