第46話 緊張と緩和と失態
「はぁ」
ため息が出る。
どうしようもないほどに気が滅入る。
「お、お前ぇ……」
サルアンドロ・ラゴは腹を貫かれ、血を吐きながら“俺の頭”を見る。
サラサラと俺のバラバラになった身体が砂塵となって風に舞う。
穏やかな砂嵐は俺とサルアンドロを囲い、外界との接続を絶った。
やがて砂塵の一部がサルアンドロの背後に集まると、俺は元の姿に戻った。
――不死の呪いだ。
サルアンドロは僅かに首を捻り、ゆっくり眼球を動かすと俺と目が合った。
「ひっ……」
それは大海賊らしからぬ怯えた声。
俺は自分が如何に死から遠い存在かを改めて体感し、気分は最悪だ。
「ば、化け物め……」
その言葉を最期にサルアンドロ・ラゴは事切れた。
顔には恐怖と絶望が張り付いている。
俺は砂嵐を止めると、視界が開ける。
そこには心配そうな顔をしたティンクがいた。
「アザールさん!」
俺に駆け寄ってくると、ベタベタと身体を触って確かめてくる。
「本当に大丈夫なんですね?」
満足するまで確認ができたのか、潤んだ瞳で俺に聞いてくる。
「ああ、大丈夫だ」
何故だろうか。
俺はこの時、少しだけ胸がすっとした。
自分を縛り続ける呪いに落ち込み、「化け物」と呼ばれて傷付いていたのだろうか。
そんな化け物の俺を心配し、“死んでない”ことを喜ぶティンク。
俺が望んでないことを望まれるのが、こんなに不快でないとは思わなかった。
サクラが石畳の上で横たわるサルアンドロ・ラゴを見た。
「あ、そうだったな。こいつも……」
そう言いかけた時だった。
「あざああぁぁぁぁるさあああぁぁぁん!!!!!」
やかましいのが来た。
背中のリュックみたいなやつは魔道具か?
筒のようなものがいくつか飛び出していて、そこから爆風が出ている。
俺は魔法も使わずに空を飛んでいる人間を初めて見た。
「うわああぁぁぁ止めてくださああぁぁぁぁいい!!!」
「は?」
アブカリンはそのまま俺に向かって一直線に降下し、激突した。
抱きとめる瞬間に俺は背中の魔道具を破壊する。
そのまま衝撃を逃がすように俺は転がった。
ゴロゴロと三回転して止まる。
「流石アザールさんです!」
ガバッと上半身を起こすと、アブカリンは満面の笑みで言った。
こいつ、欠片も申し訳ないと思ってないな?
港にいる人々は、無残な姿で横たわるサルアンドロ・ラゴと俺たちを見比べている。
どう反応していいのかわからない、といった様子だ。
自分たちを苦しめていた黒風の肉食鳥の完全崩壊を目の当たりにしながら、それを成した俺たちがふざけてるように見えるもんな。
「いいからどけ」
馬乗りになったまま離れようとしないアブカリン。
え、お前なんでそんなに無礼なの?
先ずは「ありがとうございます」じゃないの?
「えぇー!? あたしの『とべるくん』がボロボロじゃないですか!?」
俺の上で背中の魔道具を降ろし、ガチャガチャと点検を始める始末。
そもそもお前はドン・ヴァルデスの館に囚われてたんじゃなかったか?
いや、脱出できるとは思っていたが。
早すぎん? まだ半日も経ってないよね?
ゲシッと間抜けな音がしたと思ったら、サクラがアブカリンを蹴り飛ばした。
あ、解放された。
立ち上がってパンパンと砂埃を掃っているとアブカリンが相変わらずうるさい。
尻もちをついたまま、わなわなと口を震わせると叫んだ。
「け、蹴りましたね!? 酷いですよ、サクラさん!!」
うわーんとそのまま嘘泣きを始める。
「そもそもずっと酷いです! あんな汚い男にあたしを差し出して!!」
オロオロとしながら、ティンクがアブカリンに手を貸す。
アブカリンは優しくされたのが嬉しかったのか、大喜びだ。
ティンクの手を握ったままブンブンと振って感謝を述べている。
「ティンクさぁ~ん、アザールさんが酷いですぅ~」
ついには泣き付き始めた。
というか、俺が酷いのか?
なんで俺が悪いことになっちゃったの?
俺は責任をとるべき存在、サクラに目を向ける。
あ、ダメだ。
なんか知らんがこれ以上アブカリンがふざけるとキレる。
サクラの周りに氷の結晶が舞い始めた。
「おい、アブカリン。そろそろ……」
それは俺のミスだった。
サクラにしてもそうだっただろう。
俺たちはアブカリンの登場であまりにも気を緩めすぎた。
サルアンドロ・ラゴから完全に意識を外してしまっていた。
「……!!」
サクラが氷の槍を飛ばす。
だが、間に合わなかった。
「こちらはいただきます」
それだけ言うと、サルアンドロのカットラスを持ち、黒い翼を広げたロカ・ザラルは消えた。
やられた。
俺は魔力を全力で解放し、薄く延ばしてロカ・ザラルの気配を追う。
オルケリア島だけじゃなく、ミラリア全体にまで魔力を拡げる。
だが、ロカ・ザラルの魔力の痕跡が引っ掛かるだけで、本人は補足できない。
既に海を越えたと認めざるを得ないだろう。
「アザール、もうよい。魔力を引っ込めよ」
サクラの声に振り返ると、ガタガタと震えて身を縮こませるティンクとアブカリンがいた。
「……すまん」
俺が魔力を抑えると、ふたりはハァハァと息を整え始める。
アブカリンは何故か蹲ったまま、俺に親指を上げてきた。
終わった。
目の前にあったサクラの尾をみすみす捕り逃してしまった。
サルアンドロ・ラゴを倒したことで、既に手に入れたつもりになっていた。
ロカ・ザラルを初めて見た時から、その危険性を感じていたのに。
力のある魔族がわざわざ人族の小物に仕えるはずがないのに。
最初から尾が目的だったと考えればわかったはずだ。
この日、俺は前の世界で禁忌に触れて以降、初めて“敗北”した。
***
その後のことはあまり覚えていない。
港の混乱が落ち着いた頃、ドン・ヴァルデスがやって来たことは覚えている。
奴はロカ・ザラルが消えたことを騒ぎ、サルアンドロ・ラゴの死体を見て騒ぎ、俺を見付けて騒いだ。
最後はあまりにうるさくて殴ったような気もするが、どうだろう。
殺してはないと思う、多分。
街の兵士やヴァルデスの雇った傭兵たちは、俺の強さを知って手出ししてこない。
寧ろ、どこか喜んでさえいたようにも感じた。
当初の目的地だった冒険者ギルドに着いた頃から、俺の意識もはっきりとしている。
「どういうことだ? アブカリンはここにいるぞ?」
受付嬢から指名手配されたアブカリンの捕縛に関する依頼達成料を渡された。
「いえ、依頼自体は達成されました。アザールさんたちはアブカリンさんを拘束し、依頼内容通り、“ドン・ヴァルデス”の館にて直接の引き渡しを行っています」
確かにそれはそうなんだけどな。
受付嬢の島主呼び捨ても気になるが、どうも納得感はない。
「結局こいつは逃げ出してるじゃねぇか。あの強欲な男がサインするか?」
契約は履行されても、あいつの目的自体は達成されてない。
依頼主が欲しいのは、あくまで目的そのものだろう。
そう言うと、受付嬢は達成確認のサインがされた依頼書を見せてくれた。
「ロカ・ザラル、か」
俺たちの目的を目の前で奪い、逃げ切った男の名が記されていた。
「はい。多忙な主に代わって執事や秘書が依頼の手続きを行うことは一般的です」
なるほどな。
ロカ・ザラルなりの詫びなんだろう。
奴は魔族とは言え、悪という感じでもなかった。
おそらく、サクラを目にしたことで俺たちが何者なのか直感したんだろうな。
焦りと葛藤がありながらも、自分の使命に忠実な判断を下したに過ぎない。
俺の負けだ。
気に食わないが、俺は受付嬢からずっしりと重みを感じる依頼達成料を受け取った。
サクラはいつもの様子に戻っているが、ティンクは心配そうにしている。
アブカリンは目が金になっていた。
「じゃあ、俺たちは次の島に向かうからな」
ギルドには拠点がまた変わることを告げておく。
取り敢えずはレオンのところに顔を出すか?
アブカリンのことも気にかけてたようだし、こいつを押し付けるなら適任だろう。
こいつはあまりにもうるさくて疲れる。
「あの、アザールさん?」
ティンクが考え事をしていた俺に話しかけてくる。
「ん? すまん、行くぞ」
俺は移動を促して歩き始める。
柄にもなく疲れてるな。
満身創痍だったティンクに心配されてちゃ立つ瀬がねぇ。
ティンクは「ギルドが“まだ話がある”と……」と言っているが、俺は無視した。
俺の知ったこっちゃねぇ。
切断された首をさすり、腕をさすり、胴をさする。
まったく何事もなかったかのようだ。
「嫌になるぜ」
俺はやや乱暴にギルドの扉を開けて外に出る。
相変わらず、ここの鐘は成金の音がした。
次回、第47話「尾の行方」




