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第45話 油断大敵

 サルアンドロ・ラゴはやはり小賢しい。


 俺の挑発に対し、キレた様子で風の刃をめちゃくちゃに放ってくるが、それだけだ。

 奴の魔法を俺が魔力の伴う威圧で潰す、という小手調べが続いていた。



「いつまで無駄なことを続けるつもりだ?」


 俺としてはティンクの様子を見ながらこなすだけの作業と化しており、楽は楽なんだがサルアンドロの意図が読み切れず気味が悪い。



「……船乗りの魔法を教えてやろう」


 サルアンドロは、それだけ言うと風の刃を止めた。



「俺たちが海で重宝する魔法は何だと思う?」


 もったいぶった言い方だ。

 興味のない話だが、ティンクの戦闘が終わるまでの時間は稼ぎたい。



「水だろ。飲み水の確保はもちろん、衛生面でも水は必要だ」


 俺はティンクが海賊たちの間を縦横無尽に駆け回る様子を見ながら答える。



「確かに水属性は貴重だ。だが、一番じゃねぇ」


 くだらない問答だ。

 俺は足元に転がる小石を蹴っ飛ばし、サルアンドロを挑発する。



「土属性も貴重だ。物資の限られた海上じゃ奴らが剣を研がなきゃ殺しもできねぇ」


 親指を弾き、空圧でサルアンドロの額を撃ち抜こうとする。


 奴は僅かに身体を傾けるだけで、それを避けた。



「火属性はダメだ。コックならまだしも、船に火が移ったらたまったもんじゃねぇ」


 サクラが一撃で海賊たちを仕留めた。

 ここまで冷気が漂ってくる。


「大砲を打つなら火も必要だろ?」


 サクラはティンクの手助けをするでもなく、こちらに視線を向けた。


 俺と同じ意図を持ってもらって嬉しいね。



「馬鹿言え、それくらいで魔法を使うか」


 そりゃそうだろうよ。


 サルアンドロは俺が気の抜けた返事しかしないことを気にした様子もない。

 悦に浸っているのか、べらべらと好き勝手に話し続ける。


「それにな、俺に大砲は必要ねぇ。わかるだろ?」


 サルアンドロの空気が変わったことに俺はピクッと反応する。



 奴は両手を上げ、天に向かって魔力を放出し始めた。

 黒雲が渦を巻きながら、静かにサルアンドロへ降りてくる。


 ティンクも最後のひとりを倒し切り、肩で息をしながらこちらを向いた。



「船乗りにとって一番の魔法は風よ。風は船を進め、波を落ち着かせ、そして……」



 サルアンドロの左手に天から続く渦巻いた黒雲が収められる。

 ギラギラと光るそれは、鋭利な風の刃を大量に含んでいた。



「殺してぇ奴を魚の餌にするのが簡単だ」



 サルアンドロは、その黒雲を俺に向けて放った。


 港を抉りながら迫るそれは、小さな島ならすべてを消し去るほどの威力があるだろう。


 ひどくゆっくりと感じられる時間の中で、俺は右腕を突き出した。

 魔力を込め、権能を発動させようとする。


 島を破壊するほどの嵐だ。

 俺も相応の攻撃で迎えよう。



 そう思った時だった。



「キャー!!!」



 サルアンドロの本格的な規模の攻撃を見たからだろう。

 港で逃げ遅れていた少女が悲鳴を上げる。


 その脚は瓦礫に挟まれ、あらぬ方向に曲がっていた。



 前の島で見た、檻の中で怯えた目を向ける獣人の男の子の姿がダブる。



 時間が圧縮されているのか、引き延ばされているのかわからない不思議な感覚。


 だが、確かに俺はその瞬間に頭が真っ白になっていた。



「ギャハハハハハ!!」



 サルアンドロの下品な笑い声が響く。



「アザールさんッ!!!」



 俺は、サルアンドロの攻撃で全身が引き千切られ、ボトボトと転がり落ちた。



***



「サルアンドロ!!」


 ティンクは満身創痍の身体にも関わらず、攻撃に転じた。


 だが、サルアンドロは笑い声を上げたまま、ティンクの前に風の刃を放つ。



 ティンクは前屈みになった身を咄嗟に引き、それをかわした。

 黄金色の前髪がはらりと数本切られて落ちる。


 アザールなら片手間に威圧だけで潰していた攻撃だ。

 それが自分にとっては致死の攻撃、ティンクはその事実にも悔しさを覚える。



「なんだ犬っころ、俺とやるつもりか?」


 サルアンドロがティンクを睨みつける。

 ティンクはまた脚が震え出してしまった。


 情けない自分に腹が立ち、自然と涙が零れる。



「プッ、なんだお前ぇ? 怖くて泣いちまったのか?」


 ギャハハとサルアンドロは大声で笑い飛ばした。

 その足元にはバラバラになったアザールがいる。


 言い返すこともできず、ティンクは唇を噛む。



 体力も魔力もほとんど残っていない。

 サルアンドロを前にすると、勝手に脚が震えてしまう。


 どれだけ戦士として立とうとしても、それができない。


 ティンクはボロボロと流れる涙を止めることができなかった。



「はー、笑っちまったぜ」


 サルアンドロはトリコーンを被り直した。

 再びティンクを睨みつけると、それはこれまでとは雰囲気が違っていた。



「遊びは終いだ、犬っころ。俺はドブネズミに用があってここまで来たんだ」



 サルアンドロはアザールの頭を蹴り飛ばしながら歩き始める。


 ティンクの近くまで転がってきたアザールの頭部は、同様の表情が張り付いていた。



「……」



 ティンクはそれをみて、更に涙を流してしまう。


 自分にもっと力があれば。


 海賊たちをもっと早く倒し切っていれば。

 アザールが自分を気にせず戦いに集中できていれば。


 ……サルアンドロに怯えない勇気が自分にあれば。


 そんな想いがティンクを蝕んでいく。



 その時、カツカツと近寄ってきたのはサクラ。


 サルアンドロは歩みを止めることなく、サクラを見た。



「お前ぇは別嬪さんだな。みたことねぇ魔法も強い。俺と来いよ、なぁ?」


 サクラは無言だが、怒っているのか。

 彼女の足跡は石畳の上で氷漬けになっている。



「サクラ様?」


 ティンクはそんなサクラの名を呼ぶ。

 だが、サクラはティンクに目も向けない。


 サクラはアザールの髪を乱暴に掴み、拾い上げる。



「いつまで遊んでおる。あやつは“遊びは終いだ”と言っておるぞ」



 その行動は狂人のそれに見えた。


 だが、サクラの近寄りがたい雰囲気と微塵も疑いのない態度に誰も何も言えない。


 サルアンドロですら、足を止めて成り行きを見守ってしまうほど。


 港は静寂に包まれ、季節外れの肌寒い風が吹く。



「ゴフッ」



 サルアンドロが突然、口から大量の血を吐いた。


 サクラの奇行に目を奪われていたティンクは焦ってサルアンドロに視線を移す。


 その腹から、アザールの腕が突き破って伸びていた。



「え?」



 止まっていた涙も、いつの間にか完全に乾いている。


 その光景に理解が及ぶまで、いくらか時間が必要だった。

次回、第46話「緊張と緩和と失態」

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