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第42話 オルケリア島の島主ドン・ヴァルデス

「なんか怪しい奴らだなぁと思っていたが、普通に横取りするつもりだったのか」


 定期船でヴェルネカルタからオルケリアに向かう途中、俺はサクラに話を振る。


「なんだ? わかっておらんかったのか」


 サクラが言うには、わかり易いポイントはいくつもあったらしい。


 先ず、商人が依頼内容を途中で変更することは、よっぽどでない限りあり得ない。


 信用と信頼が命の商人だ。

 条件に関して不安定だと判断されれば、誰もその商人を信じなくなる。


 少なくない額の依頼料を傭兵に預けてその受け渡しを頼むこともあり得ない。


 全員がそうではないが、傭兵など所詮は金で雇われる臨時の兵士。

 その日暮らしの者も多く、所在も定まらない連中だ。

 大金を預けるにはリスクが大きすぎる。


 そして何より、彼らは傭兵ですらないらしい。



「なんでだよ?」


 俺の疑問にサクラは深いため息を吐く。


「傭兵が“召使い”扱いされて黙っておるはずがなかろう」


 実態は別として、傭兵はあくまでビジネスパートナー。

 主従関係ではなく、対等な関係を結ぶのが基本だという。


 互いに腹の内では相手を見下しているが、だからこそ、その両者の立場は同格。

 依頼主は高い報酬を支払い、傭兵は死と隣り合わせの仕事をこなす。


 明かに従者である“召使い”として扱われると、普通は怒り狂うらしい。


 なるほどな。

 俺があいつらを“ヴァルデスの私兵”と認識していたのも、厳密には違うってことか。



「……あの、サクラ様は本当にヴァルデスと取引をしたことがあるのですか?」


 黙って聞いていたティンクだが、引っかかっていたらしいことをサクラにぶつけた。


「あるわけがなかろう」


 サクラの呆れ顔が印象的だった。



***



 オルケリア島に着くと、取り敢えずこちらの冒険者ギルドにも顔を出す。

 アブカリンを引き渡すと伝えると、受付嬢は安心したようにホッと息をついた。


 同じ国の冒険者ギルドでも、支部によって雰囲気が違うんだな。


 なんとなく、オルケリアの冒険者ギルドの鐘は成金の音がした。



「相変わらずこの国は商人だらけだな」


 受付嬢から聞いたドン・ヴァルデスの館への近道を歩いているが、代わり映えしない。


 売られている商品は違うんだろうが、俺からすると似たようなもんだ。


 ヴェルネカルタだろうが、オルケリアだろうが、街並みもそっくり。

 骨董屋だけは覗きに行くが、それも飽きがきていた。


 いつもは俺の呟きにも何かしらの反応をするティンクも、特に何も言わない。



 ミラリア連合に来る直前に立ち寄った島での一件をまだ引きずっているのか。

 サクラが自分の世話を必要としなくなっていることを気にしているのか。

 アブカリンから始まったこの一連の流れに何か思うところがあるのか。


 あるいは、これまでの国とは異なる雑多なこの国の雰囲気に馴染めないのか。

 獣人族であることを隠さないティンクに対する侮蔑の視線もこの国では多い。


 直接的に下品なことを口にする者はいないが、気持ちの良いものではないだろう。


 耳の良すぎるティンクにとって、この国は生活しづらいのかもしれない。

 何よりもこの国は犯罪の匂いがそこら中からしている。



 俺は無関係だと既に切り分けて考えているが、正義感の強いティンクには辛いだろう。


 ギルドからここまで歩いてきただけでも、いくつもの暴力や盗みを目にしてきた。

 路地を一本奥に行けば、悲惨な光景があるだろうことは見なくてもわかる。


 オルケリアは特にヴェルネカルタに比べて露骨だ。


 先程からピクピクと動くティンクの狐耳は、多くの声を拾っていることだろう。



 気付くと俺たちはドン・ヴァルデスの館に到着していた。


 門には執事然とした男がひとり、槍を持った兵士に混ざって立っている。


「あいつは……」


 俺はその男を一目見ただけでその隠れた異形を見抜いていた。



「“魔族”だろうよ」



 俺の呟きをサクラが拾う。

 その声色には警戒が滲んでいた。


 シュヴァイツで見たような平凡な魔族ではない。

 明かにいくつもの死線を越えて来たであろうその魔力と佇まい。


「やっと面白くなってきたかもな」


 俺はニヤリと口角を上げた。



***



「よく来たな。儂はこの館の主【ドン・ヴァルデス】だ。お前たちの働きに感謝しよう」


 【ロカ・ザラル】と名乗った魔族に案内され、今は館の主人と挨拶を交わしている。

 彼は俺たちの案内を終えると、護衛のようにヴァルデスのすぐ後ろに控えた。


 ロカ・ザラルは俺たちを一目見ただけで、ある程度の実力を知ったようだ。

 こめかみに一筋の汗を流しながらも、余計なことは言わずに執事として動いた。


 それだけでもこの男が一定以上の実力者であり、経験者であることがわかる。


 勘が良いだけの雑魚なら俺たちに襲いかかってきてもおかしくないからな。

 危険を排除するためと言って、勝てない戦いを挑む馬鹿は少なくない。



「これが依頼の女だ」


 俺は氷漬けになったアブカリンをヴァルデスの足元に放り投げる。


 ヴァルデスは俺の態度に顔を顰めて不快感を示す。

 だが、ロカ・ザラルに何か言われて言葉を引っ込めた。


 アブカリンは館についてからずっと唸っているが、ここに来て更にうるさい。


 俺のことを捨てられた犬の様な目で見つめるが、仕方ないだろう。

 心が痛まないと言ったら嘘になるが、犯罪は犯罪だからな。



 ため息を吐きながら、俺は俯瞰するように辺りを見渡す。


 この広間を埋め尽くしているのは、緑色の大理石でできた円柱だ。

 所謂“偽柱”であり、何本も並べられたそれは館の主の人となりをよく表している。


 柱頭にはこれでもかと金箔が厚塗りされ、アーモンドの花が彫刻されていた。


 趣味がよろしいこって。



「確かに、アブカリンに間違いあるまい」


 ヴァルデスはアブカリンの顔を認めると、仕返しのように金貨のつまった袋を俺の足元に投げつけてきた。


 ロカ・ザラルの緊張がよく伝わってくる。


「依頼料はギルドで受け取る。それにこれはサービスにしても多すぎだ」


 俺は袋に目もやらず、そう告げてやる。


 ヴァルデスはニヤニヤと嫌らしい笑みを深め、意外なことを言いだした。



「アザールと言ったな。ブルサでつい先日、冒険者に登録したばかりだと聞いている」


 もったいぶった気味の悪い話し方だ。


 俺は顎をしゃくって続きを促す。


「登録時にいきなりCランクだと? それも英雄ケマルや“あの”バスティアンと一緒に海竜討伐の依頼に参加したらしいではないか」


 ある程度の調べは済んでいるぞ、といった様子。


 事実、俺がこの国に着いたのは昨日だ。

 流石は島主を任せられるだけの商人といったところか。



「バスティアンを知っているのか?」


 ヴァルデスの言い方で気になった部分を聞いてみる。


「知っているもなにも! あの男のせいでこの国は“ろくでもない”海賊だらけだ!」


 バスティアンから逃れるため、海賊がこっちに流れ着いたってことか?


 確かにバスティアンのせいとも言えるが、それは流石に責任転嫁が酷いだろう。



「所詮は海賊だろ? 冒険者ギルドにでも頼んでとっ捕まえればいいじゃねぇか」


 この国にも冒険者ギルドはある。

 それどころか、島ごとに支部まであるんだ。


 人も物も金も好きなだけある。

 飯だって酒だって捨てるほどあるし、世界中から情報も集まっている国だ。


 冒険者なんていくらでもいるだろう。

 事実、冒険者専用の宿は繁盛していたぞ。


「道理のわかっていない海賊が増えたと言っておる。そのせいで儂は……」



 何かを言いかけたところで、ロカ・ザラルが止めに入る。

 そのまま耳元でヴァルデスに一言二言囁いた。


 ティンクの耳がピクンと跳ねた。


「すまない、こっちの話だ。お前たちには関係ない」


 そう言うとヴァルデスは表情を一段と“商人”のそれに変え、本題と言わんばかりに仰々しく口を開く。



「アザール、その金はアブカリンの依頼達成料ではない」


 あ、これなんか嫌な予感がする。


「お前を雇いたい。来月、アラティーリャで大きな大会がある」


 知らん、聞きたくない。


「収穫祭に伴って開催される武闘大会だ。それに出場しろ」


 ……待てよ。

 ちょっとだけ、その大会には興味あるな。



 俺の心の変化に気付いたのか、サクラが大きなため息を吐く。


「そちらの綺麗なお嬢さんも一緒にどうだ? 良い宿も用意しよう」


 ヴァルデスは下心丸出しの気持ち悪い顔でサクラを舐め回すように見る。


「いやぁ、誰かに縛られるのが嫌いで冒険者をやってるからなぁ……」


 なんとなく歯切れの悪い物言いになってしまう。


 ヴァルデスはそこに勝機があると言わんばかりに畳みかけてくる。



「冒険者なんだ、自由が一番だろう。なに、大会に出てもらうだけで構わん。アラティーリャまでの船はそちらのものでも良いし、こちらの船に乗っても良い。面倒な宿の手配もこちらで受け持とう、収穫祭の期間中は宿をとるのも一苦労だぞ?」



 早口で捲し立てるヴァルデス。



「大会では儂の抱える戦士として出てもらうが、大会が終われば好きにしてもらって良い。お前ほどの逸材だ、その後も本当に雇われ続けてもらえれば嬉しいが、そこまでは高望みと言うものだろう。期間限定の広告塔になってくれというだけの話だ」



 聞けば聞くほど悪くない話だ。


「その金は前金にすぎん。大会の成績によっては、その何倍もの金を用意しよう」


 こちらのデメリットを探す方が難しく感じる。


「どうだ? これ以上ない儲け話だろう? 俺と手を組め、アザール」


 最初、俺に顔を顰めていた男とは思えないほど人好きのする笑顔。



「ひとつ聞きたいんだが、良いか?」



 俺の言葉に勝利を確信したかのような顔を見せるヴァルデス。

 貼り付けたような笑顔のまま「ひとつでもふたつでも」と俺に質問を促す。



「この獣人族の娘は俺の“仲間”だ。当然、一緒に行っても良いよな?」



 予想外の質問だったのか、ヴァルデスは固まった。


 ロカ・ザラルが主人の失敗を認めたように、ハッとした表情になる。



「それが答えだ、じゃあな成金」



 俺は踵を返し、振り返ることなく館を出た。


 ヴァルデスやロカ・ザラルが何か言ってきていたが、そんなもの無視だ。



 自然と大股になっていた俺にティンクが小走りのようについて来る。

 その振動によって、リズムよく上下する尾は心なしか横にも振れていた。


 サクラはふわふわと宙に浮いてついて来ている。

 その顔を見ようとは思わないが、嫌らしく笑っている気がした。



 良いだろうが、別に。

 一緒に旅をしてそこそこ経つんだから。


 どこか胸の中にある気恥ずかしさを感じながらも、俺は船着き場を目指した。



「ヴゥー!!!」



 マホガニー色の髪が印象的な女の叫びが、街に響いた。

次回、第43話「大海賊の襲来」

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