第41話 とある路地裏にて
翌朝、カーテンの隙間から差し込む朝陽が顔を照らし、俺は目が覚めた。
頭が覚醒しきらない微睡みの状態だが、ふと右腕に重みを感じる。
意識が少しずつはっきりする中、その違和感の方へ顔を向けると、俺は悲鳴を上げそうになった。
「おはようございます! 良い朝ですね!」
俺は反射的にアブカリンの頭を殴りつけた。
「いったー!!!」
ギリギリのところで意識が明確になり、腕を止めたが、俺の拳は彼女の頭を捉えた。
「どういうことだ、鍵はかけておいたはずだぞ」
俺はベッドから降り、距離をとって詰問する。
アブカリンは既にコブになった頭をさすりながら、涙目で答えた。
「あたしにとって宿屋の鍵なんか、寝ながらでも開けられます!」
親指をグッと上げ、そんなことを言う。
朝から元気な奴だ。
俺はアブカリンを無視して旅装へ着替え、一階の食堂へ向かう。
当然のようにアブカリンはついて来るが、もう諦めた。
食堂へ入ると既にサクラとティンクが朝食をとっていた。
俺は不機嫌な様子を隠すこともなく、同じテーブルの席に座る。
「おはようございます、アザールさん。アブカリンさんも」
「おはようございます!!」
ティンクはいつも通り。
アブカリンも元気に挨拶を返した。
俺は小さく「おはよう」とだけ言い、給仕に朝食を頼む。
サクラは無言で朝食を食べている。
「今日はどうする? 街をぶらぶらして情報を集めようと思うんだが」
給仕から用意された水に口をつけ、パンを千切って食べながらサクラたちに問う。
「そうですね、世界中からいろんな人が来る街です。情報は多いと思います」
もしかしたら、呪いを解く古代の魔道具なんてものもあるかもしれない。
期待はできないが、最新のものから骨董品まで揃っている国だ。
「これから行く場所は決まっておる。オルケリア島だ」
サクラがはっきりと断言した。
別にどこでも良いんだが、口調の割にはどこか不安を覚えているような印象。
珍しいというか、そもそも直感でしかないんだが。
島もどこかで聞いたことのあるような名だが、思い出せない。
ティンクを見ると、少し動揺しているようだ。
なんだ?
バクバクとパンを食べていたアブカリンの手も止まっていた。
その表情は青ざめ、「絶望しています」とはっきり顔に書いている。
「良いが、何しに行くんだ?」
取り敢えず、サクラの意図を確かめたい。
俺の問いにサクラは間をとって、吐き出すように言った。
「ドン・ヴァルデスという男のところだ。そいつを突き出すぞ」
アブカリンはその瞬間、全力でその場から逃げ出した。
俺がサクラの言葉を飲み込む前だ。
流石にDランクの冒険者だけあって、身体能力の低くないみたいだな。
「きゃー! 助けてください、アザールさーん!!」
だが、その程度でサクラから逃れられるはずもない。
アブカリンは食堂の出入り口を越えることができず、サクラの権能で氷漬けにされて転がった。
他の宿泊客がざわつく。
サクラの魔力を感じ、腰を抜かす者までいた。
「口煩いそれも塞いでおこう」
そう言うと、サクラはアブカリンの口も氷で閉ざした。
……容赦ねぇな。
「あ、あの、サクラ様?」
ティンクも流石に酷いと思ったのか、珍しくサクラへ真意を問うように声をかけた。
「ギルドへ寄ったら、すぐにオルケリア島だ」
サクラはティンクへは何も言わず、淡々と方針を言うだけ。
アブカリンはもごもご何か言っているが、身体中が氷漬けで微動だにできない。
「……行くぞ」
動揺するティンクにそう声をかけ、残った朝食を口に放り込むと俺は立ち上がった。
立ち尽くす給仕に金貨を一枚握らせる。
給仕は「こんなに」と拒否しようとするが、この場にいる冒険者たちと店への迷惑料だと言って無理やり受け取らせた。
奢りだと知った冒険者たちは、口笛を吹いてエールを注文していた。
切り替えの早い奴らだ。
いや、朝から飲むなよ。
俺はアブカリンを担ぎ上げ、食堂を抜けて宿を後にした。
***
冒険者ギルドでアブカリンの指名手配書とヴァルデスの依頼書を受け取る。
受付嬢は終始物言いたげな表情をしていたが、事務手続きは滞りなく進めてくれた。
今日はレオンがいなくて助かった。
ギルドを出て、オルケリア行きの定期船を目指そうとするが、サクラが止めた。
「少しだけ街を歩く」
ミラリア連合に来てから、サクラが何を考えているのかよくわからない。
尾が増えて体調が改善したからだろうか。
今もヴィネグレットを降りて自分の足で歩いている。
リハビリしたくて街を歩きたいのか?
特に反対する理由もないが、もうちょっと詳しく教えてくれても良いのにな。
街で見かける商品は本当に多種多様だった。
高級そうな毛織物や絹織物、真っ白な砂糖の樽、象牙のチェス盤、謎の黒い壺。
書店も多く、歩いていると度々インクの匂いが漂う。
女を氷漬けに担いでいるというのに、商人たちは表情ひとつ変えずに俺たちを接客した。
見慣れた光景なのか、無用な詮索はしない主義なのか、どちらかはわからない。
因みにアブカリンはいびきをかいて寝ている。
こいつは本当に大物だ。
そして、薔薇の香りが心地良い石鹸を見ていた時だった。
「ん?」
素人とは思えない視線を感じ、顔を上げた。
ティンクを見ると、はっきりと頷く。
「つい先程から常に一定の距離を保ってついて来ている人たちがいます」
ティンクは小声でそう伝えてきた。
早く言ってくれと思ったが、俺の反応を見て確信に至ったというところだろう。
サクラが俺たちにだけ見えるように指を差した。
あちらへ誘い込め、という意味だろう。
俺とティンクはできるだけ平静を装い、路地裏へ向かった。
これまでと同じように商店を冷やかしながらだ。
鼻をつくような酸えた匂いがし始めた頃、それは俺たちの前に姿を現した。
「突然この様な場所で声をかけて申し訳ない。我々はドン・ヴァルデス様に雇われている傭兵だ」
ヴァルデスの私兵を名乗る男が五人。
揃いの軽鎧を身に着け、揃いの剣を腰に吊っている。
「そうか、島主の“召使い”が何の用だ?」
目的はわかっているが、決まり文句のようなものだ。
「抱えているのは罪人アブカリンとお見受けする。我々に引き渡していただきたい」
いつ起きたのか、その言葉にアブカリンは唸るような声で抵抗の意思を示す。
「依頼書には館で引き渡すこと、と記載されていたが?」
サクラが低い声で冷たく言い放った。
心なしか、路地裏の気温が下がった気がする。
話をしていた男は一瞬言葉に詰まるが、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「これがヴァルデス様と我々の契約書面だ。依頼料ならここでお渡しする」
俺がサクラを見ると、嫌らしい笑みを浮かべていた。
「なるほど、こちらは輸送の手間も省けて楽な仕事よのう」
ティンクの目にも焦りが生じる。
俺の肩に担がれたアブカリンは更に声を上げて唸り始めた。
サクラの言葉に男たちはホッとした表情を見せ、手を伸ばしながらこちらに歩を進める。
「それはそうと、わたしは以前、ヴァルデス殿と取引をしたことがあるのだが」
だが、サクラがそう続けると男たちはピタッと手と足を止めた。
「こんな街だ、念のためその契約書をみせてもらえんか? サインを確かめたい」
次の瞬間、男たちは剣を抜いて俺へ向かってきた。
「なんだ、こういうわかり易いのは好きだぜ」
俺は持ち換えた“氷の塊”をぶん回し、男たちを薙ぎ払う。
それだけで男たちはぐしゃりと不快な音を立てながら、壁に打ち付けられた。
「さて、船の時間にはまだ間に合うだろうよ。行くぞ」
サクラは満足そうに言って、定期船の船着き場を目指した。
俺とティンクは黙ってその後を追う。
肩の上から抗議の唸り声が聞こえる気がするが、俺は構わず歩き続けた。
次回、第42話「オルケリア島の島主ドン・ヴァルデス」




