第36話 死という救済
ややショッキングな描写があります。
ティンクはここに来て、自分の魔法と特性を融合させたようだ。
彼女の黄金色の狐耳には、魔力が集まってきている。
おそらく自慢の聴覚と風魔法を合わせ、より効率的に集音しているのだろう。
「攻め入るなら、最初はあそこですね」
ティンクが指差した場所は、塀の北側にある一角。
俺には他の場所との違いがわからないが、何かあるのだろう。
「あそこだけ見張りの数が極端に少ないです。おそらく、ゴミ捨て場か何かかと」
俺はティンクの核心に近い予想に頷き、同意を示す。
塀の東側にある正面玄関付近に最も見張りは多く、中央には多くの獣人がいるらしい。
獣人を収監している場所を囲うように、人族の居室が並んでいるとのこと。
「状況はだいたいわかった」
方針が決まったら即行動だ。
俺が動き始めると、ティンクも遅れずについて来る。
出会った当初に比べて随分と迷いが無くなったもんだ。
監視を掻い潜るようにして、ティンクの指定した場所に到着する。
塀越しに中の様子を探るが、予想に反して人の気配が多い。
その違和感にティンクの方を振り返ると、彼女の顔は青ざめていた。
「おい、どういうことだ?」
自分でも聞き取れないほどに小声で話しかける。
ティンクの耳なら拾うことができるだろう。
ティンクは首を横に振りながら、震える手で合図を出した。
『気付かれても良い。即突入』
いくつか緊急事態を想定して即興で作ったハンドサイン。
ティンクが躊躇なく出したそれは、中でも緊急度の高いものだった。
俺は塀に手をやると、魔力を流して塀とその先にある推定ゴミ捨て場の構造を探る。
獣人“らしい”気配が複数。
いずれも女の獣人だ。
人族の気配は不思議とない。
いろいろと疑問が生じるが、今は『気付かれても良い。即突入』の時。
俺は久々に権能を発動させ、塀とその先の壁を砂に変える。
「……ッ!!」
飛び込んできた光景は、言葉にするのも憚られるほどに悲惨なものだった。
ティンクは必死に嘔吐を堪えている。
彼女らの前でそうする訳にはいかないと判断したんだろう。
「誰ですか? 獣人の女の子と……あなたは何者でしょうか?」
既に言葉を発することもできないと思っていた俺は、急な誰何に驚いた。
いや、声を発することができるのは、この女性だけか。
「驚かせてすまない。俺たちはたまたまこの島に流れ着いた“冒険者”なんだが、どうもきな臭い場所があったんで調べに来ただけなんだ」
俺はできるだけ優しく、そしてゆっくりと話しかけた。
「冒険者様! あぁ、どうかひとつ願いを聞いてもらえないでしょうか!?」
女性のすがるような様子に俺は胸が痛む。
彼女が何を言おうとしているのか、嫌になるほどにわかるからだ。
「大丈夫です! 私たちが助けますから、安心してください!」
慣れて吐き気も収まったのか、ティンクは女性にかけよって“手のようなもの”を握る。
「あなたはここの子じゃないわね。とても眩しいもの」
女性はティンクに優しく、そして少しだけ羨ましそうに声をかけた。
「……願いを言え」
自然と冷たく、低くなる俺の声。
「冒険者様、見ての通り私にはお返しするものが何もございません」
「……そんなものはいらん」
どうしても、俺は湧いて来る怒りが抑えられない。
ティンクは俺の様子に違和感を覚え始めたようだ。
「ありがとうございます。冒険者様はお優しいんですね」
女性と俺のやり取りにティンクはややついていけない。
それでも、俺が何か女性の望むことをしようとしていることはわかったようだ。
「心配いらないです。アザールさんはたまに怖いですけど、優しい人ですよ」
そんなことを言っている。
ティンクはまだこの女性に“この先”を見せたいようだ。
「アザール様とおっしゃるのですね」
そして、女性ははっきりと意思の込められた声で願いを告げる。
「私を殺してください、お願いします」
女性は目を潰され、四肢を壁に縫われ、胴体には何かの魔道具が組み込まれていた。
身体はガリガリだが腹が大きいということは、ここは“そういう場所”なのだろう。
この部屋にいる声を出せない他の女性たちも皆、同じ状態だ。
女性が願いを口にすると、同時にほとんどの者が頭を僅かに下げる。
動かなかった女性たちも、動けなかっただけだろうな。
「そんな! きっと助かります、だって……!!」
俺は興奮して声を上げるティンクの肩に手を置き、彼女を止める。
「ありがとう、あなたも本当に優しいので」
そう言う女性は、少しだけ微笑んだように感じる。
「……最期に言いたいことはあるか?」
俺が問うと、女性は言いよどみながら、恥ずかしそうに言った。
「私が最初に産んだ子は、無事に生きているとその子くらいになっているはずです」
ティンクの眼からは涙が溢れている。
「十七人、私は産みました。でも、一度も我が子を抱いたことがないのです」
耳を塞ぎたくなる内容だが、俺は女性の最期の言葉を聞き漏らすまいと集中する。
「どうか、次の人生では我が子をこの手で思いっきり抱きしめられますように」
ティンクは大粒の涙を流しながら、女性に抱き着いた。
女性はハッと驚いた後、潰された目から涙を溢した。
「女神に俺からも頼んでおいてやろう」
俺はそう言って部屋中に魔力を流す。
この部屋にいる女性は全員で三十五人いた。
「ありがとうございます、アザール様。そして……」
「ティンクと言います!」
女性は確かに微笑んだ。
「ティンク」
俺は権能【渇き】を発動させ、部屋のすべてを砂に変えた。
ティンクは女性を抱いたままの姿勢で、その腕から零れ落ちる砂を眺めている。
最後にそっと一掴みの砂を持って「お疲れ様です」と労った。
次回、第37話「砂の島」




