第30話 変わりゆくもの、変わらないもの
ブルサ王国編、ラストです!
ブルサ王国が見えなくなった頃、急にサクラが耳と尾を隠す妖術を解いた。
ボフッという呑気な音と共に現れた尾は、しっかり三本になっている。
「サクラ様! ご立派です!」
何が立派なのかわからないが、ティンクは嬉しそうだ。
サクラは新たに増えた自分の尾を確かめている。
「魔力の具合はどうなんだ?」
サクラはヴィネグレットから立ち上がって歩く時間が増えた。
目は閉じたままだが、それもそのうち開くのか?
「心配いらん、上手く回っておる」
心なしか声にも張りが出てきた気がする。
言い回しはスッキリしないが、魔力の回復も順調ってことだろう。
魔力の枯れた尾でも、サクラ本体に帰ると復活するらしい。
「それにしても改めて異常な生き物だな」
ただの海蛇がクラーケンを丸呑みにするほどの海竜になるんだ。
最後のブレスだって、俺が介入しなければケマルたちは全滅してたと思う。
正直、本物のドラゴンブレスの規模だっただろ。
「アザールにだけは言われたくないわ」
それもそうだな。
俺は肩をすくめながら甲板の手すりに腰かけ、広大な海を眺めた。
しばらくブルサ王国での思い出話をティンクとしていると、雲行きが悪くなってきた。
「少し雨が降ってきますね。海も荒れてくると思います」
ティンクがそう言って間もなく、ポツポツと雨が降ってきた。
こういった天気予報は外さないのがティンクだ。
帆をたたみ、サクラの休む船室で三人。
「次はミラリア連合ってところを目指すぞ」
出航前にも伝えたことだが、再確認する。
ティンクはしっかりと頷いた。
「ブルサ王国で聞いた情報をまとめてくれ」
「わかりました」
ティンクは街で聞いたミラリア連合のことを話し始めた。
複数の小さな島嶼から成る連合国。
各島の島主が領主として島の管理を行い、独立した自治権を有している。
一方、対外的な事案は連合として対応することになっており、島主らが参加する合議制によって判断が下されるそうだ。
普段は島主間で絶えず争っているが、他国との争いになると凄まじい一致団結を見せて事に当たるらしい。
「ポリスみたいなもんか」
俺の呟きにティンクは「ポリス?」と首を傾げた。
手をヒラヒラと振って、気にせず続けろと伝える。
ティンクは特に気にした様子も見せず、続けた。
ミラリア連合の最大の特徴は“世界経済の中心”と呼ばれる場所である、ということだ。
主要な国々と程良い近さであるという地政学的な助けもあり、世界の貿易・物流のハブ拠点として栄えてきた歴史がある。
「どう考えても神聖レミシェス帝国が占領しそうなものだがな」
俺の疑問に答えたのは、意外にもサクラだった。
「あくまで帝国は宗教国家。生産を伴わん商売人を下に見る傾向がある」
特に答えを求めた訳でもない疑問だったが、腑に落ちる回答を得られた。
サクラ、お前はいろいろとこの世界のことを知っているんだよな。
いつもグーグー寝てばっかいないで、たまには役に立つ情報を寄越せよ。
「でも、ミラリア連合は神聖レミシェス帝国の従属国のひとつですよね?」
ティンクの素朴な疑問。
情報収集が板についてきて、質問も深掘りできるようになって偉い。
俺が感心していると、サクラが俺を冷たい眼で見た後にティンクへ答えた。
「下に見ておるから、下に置いておるに過ぎん」
それは至ってシンプルであり、これ以上のない説明だった。
ミラリア連合には、神聖レミシェス帝国の枢機卿が派遣されていると聞く。
契約上の従属関係だけでなく、これは直接支配に近い形だ。
「シュヴァイツの頃から聞いていたこの世界の覇権者だ。たまたまそうじゃない国が続いただけで、実際はそっち側の国の方が多いんだろう?」
サクラが小さく頷き、肯定する。
「なら、ここらで体感するのも悪くねぇ。どうせ最終的には正面衝突するんだ」
俺の何気ない一言だったが、サクラはその顔に影が差す。
ティンクはサクラの様子に気付き、やや心配そうな表情になった。
女神の巫女として長く神聖レミシェス帝国の地にいたサクラだ。
思うところはあるんだろうが、こればっかりは避けられない。
「商人の国なんだろ? 頭の固い坊さんとは違うはずだ」
商人なんて腹黒くてなんぼの存在だ。
表では教会に媚びへつらっているとして、腹の中がそうとは思えない。
金が正義。
そんな価値観で生きてるはずだ。
もちろん、そうじゃない奴もいるかもしれないが、少数派だろう。
マウリシオ・オロペザを捕りに行く際、さんざん知った現実だ。
船室の窓を開けると雨は既に止んでいた。
「“商人の街”ミラリア連合か、面白い奴はいるのか?」
金と欲望が集まる場所だ。
お天道様の下を歩けないような奴も多いだろう。
だが、そういった連中の得意とするものは、俺が求めているものじゃない。
そもそも、この身体に毒とか効くのか?
試したことはないが、おそらくまったく効かないだろう。
逆を言えば、効かな過ぎて毒見役としても役に立たないだろうな。
俺はティンクを見る。
視線に気付き「どうしました?」と首を傾げている。
ミラリア連合では、おそらく何かが起こる。
根拠はないが、そういう直感がした。
俺は何があっても無事だろう。
それはそれで俺的には残念なのだが、いったんそこは良い。
問題はティンクだ。
ブルサ王国で多少は実力も自信もついたみたいだが、まだまだ弱い。
聴覚や嗅覚がいくら優れているといっても、相手はプロ。
ティンクのような獣人族を相手取る際の手札も持っているはずだ。
「心配いらん」
サクラが俺の思考を中断させるように呟いた。
俺は顔を上げ、サクラを見るが、それ以上は何も言わない。
納得感はないが、サクラがそう言うならそうなのかもしれない。
いや、俺はそもそも何故“心配”なんかしてたんだ?
ティンクを見ると、首を傾げたまま俺を見つめていた。
これはサクラの尾を集め、俺の呪いを解く旅だ。
ティンクはサクラの世話をするだけのおまけ。
最初は「邪魔しないなら良い」くらいの認識だった。
だが、今は俺が“心配”する対象になった?
ブルサ王国へ行ってからというものの、俺は自分の変化に時折戸惑う
窓の外を眺めると、一度止んだはずの雨がまた降りだしていた。
何故かバスティアンやケマルと馬鹿騒ぎしていた光景が目に浮かんだ。
次回、第31話「臨時世界会議の開催」
ミラリア連合編の前に幕間的な話を2つほど挟みます。




