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第29話 王の心

「という訳で、海竜はぶっ飛ばしたぞ」


 俺は王と謁見するや否や、開口一番にそう言った。


 どうせ冒険者ギルドから真相は伝わっているんだ。

 ごちゃごちゃ言うのは趣味じゃない。


「何が“という訳”なのかは知らんが、良くやった、と言っておこう」


 オメルが何故か悔しそうに俺を睨んでいる。



「そういやあいつは何だったんだ?」


 俺がティンクにだけ聞こえるよう、小さな声で尋ねた。


 初っ端から明かに俺へ敵意がある。

 教会関係者なのか、あるいはエディやレイスみたいな存在なのか。


「放っておけ。あれはただの小者だ」


 俺の疑問に答えたのは、ティンクではなくサクラだった。


 何の後ろ盾もないただの小者だという。


 なにそれ、逆に可哀想なんだが。



 俺が憐れんだ目でオメルを見つめると、何故かオメルは更に顔を真っ赤にしていた。

 ……解せん。


「海竜討伐の報酬は冒険者ギルドから出ているだろうが、お前には別の何かをやろう」


 ブルサ王がそう言うと、側仕えのひとりが小箱を持って俺に差し出してきた。

 開けても良いのか目で王に確認すると、王も目で肯定する。


 箱の蓋を開けると、パカッと綺麗な木の音がした。

 こんなところにも職人の技があるらしい。


「ふわぁ……!」


 俺の手元を覗いていたティンクから感嘆の声が漏れる。

 こいつはたまに「ふわぁ」って言うな。


 小箱に納められていたのは、精緻な金細工が施された懐中時計だった。



「俺の技術をすべて注いだ自信作だ。それ以上のもんは今後も作れねぇかもな」


 ブルサ王は誇らしげだが、どこか憂いがあるようにも感じる。


「いいのか? 大事なものなんだろ?」


 ブルサ王の私的な工房を思い出す。

 そこには多くの時計が並んでいたが、納得がいかないのか、作りかけのものも多かった。


 こうして完成品となった物は少ないはずだ。


「はん、お前がそんなことを気にするな。時計は使われてなんぼだ」


 だが、王が、時計職人が選んで差し出したものだ。

 素直に受け取らなければ、礼を失するのは間違いない。


「今回の海竜は国として頭の痛い災害だった。だが、冒険者ギルドを通した以上、国として褒賞を与える訳にもいかん」


 ブルサ王はラピスラズリの輝く王座から立ち上がり、俺たちの前まで歩いてきた。


「だからこそ、個人的な礼をもって感謝の意を示そう」


 王の言葉に皆が頭を下げる。

 オメルも渋々といった様子だが、頭を僅かに下げた。


「アザール、我が友の腕を奪うほどの戦士よ。お前が我が国に牙を向かん限り、我々はお前を友としていつでも迎え入れよう」


 いつものブルサ王と違い、神話の系譜に連なる国の王として相応しい威厳。

 ティンクの顔も引き締まる。



「またこの国へ遊びに来い。その時は共に酒でも飲みながら語り合おう」


 俺は金色に輝く懐中時計を抱き、一礼して宮殿を後にした。



 陽が傾き、小高い丘にある金色のドームが光を反射して街をオレンジ色に染めている。


「楽しかったですね、ブルサ王国」


 ティンクが明るく話しかけてきた。


「そうだな。サクラの尾も回収できたし、良かった」


 俺は楽しかったのだろうか。


「海竜は拍子抜けだったがな。俺も恐怖を知りたい」


 冒険者という、俺の知らない世界に出会った。


「そんなこと言えるのはアザールさんだけですよ」


 彼らはいつでも歌い、笑い、酒を飲みながら冒険譚に花を咲かせていた。


「早くお前も俺くらい強くなれよ、ティンク」


 そして、いつでも死と隣り合わせに生きていた。


「アザールさんくらい? ……いえ、頑張ります!」


 俺みたいでありながら、俺とはまったく異なる存在。


「言うようになったじゃねぇか。いつか俺を殺してみせろよ」


 不死という俺の枷。


「アザールさんをなんで殺さないといけないんですか」


 俺を蝕み続ける罪の代償。


「……俺は一秒でも早くこの呪縛から解放されたいからな」


 この呪い。


「大丈夫です! サクラ様が解いてくれますよ!」


 この旅の目的だ。


「……ッ! そうか、そうだな。そうだと良いな」


 ティンクの明るさは俺に眩しすぎる。


「それまでは一緒にこの旅を楽しみましょう、アザールさん!」


 俺は俯かないよう必死だった。


 必死に顔を上げていたつもりだったが、気付くと俺たちの船が目の前にあった。



 出航の時だ。



***



「おい、それは本当なんだろうな?」


 宮殿の一室。アザール達がこの国を発った頃。

 ブルサ王のもとに届いた海竜に関する資料には、驚きの記載があった。


「あの海竜の正体がちっぽけな海蛇だと?」


『なんらかの魔力的な影響により、ただの海蛇が巨大な海竜になった』


 魔物解剖学の専門家たちによる報告書には、要約するとそのようなことが書いてあった。

 史料に添えられた海竜の鱗とされるサンプルは、それを裏付けるほど小さい。


 漁師たちに命じ、アザールがぶつ切りにした海竜の残骸をできる限り回収させた。

 もちろん、アザールたちが乗った船に落ちてきたとされる肉片や血液もだ。


 だが、驚くべき現象が起きた。


 宮殿にある魔物の研究室に運ばれたそれらは、日に日に小さくなっていった。


 専門家の見解によると、魔力の含有量が減少したためだという。


 魔力によって身体の一部を変形させる魔物は珍しくなく、それらは本体から切り離されても一定の期間はその形状を保つが、徐々にもとの形状に戻ることが一般的らしい。


 例外もあり、変形したままの形状を保つものも稀に存在するみたいだが、自身の魔力ではなく外部の魔力を用いて変形する場合に限っては、そういった例外が発見されたことはない。


 今回の海竜については、その魔力の波長が“複数”存在したことから、外部魔力により形状変化させたパターンだと結論づけられた。



「しかし、この結論はまた別の問題を生じさせています」


 報告書をまとめた専門家の代表が、汗をかきながら王へ報告を続ける。


「あまり聞きたくない気もするが、その問題とやらはなんだ?」


 ブルサ王は、悩みの種がなくなったと思えば、また新たな悩みの種が生まれた気がしていた。


 しかもそれは、外からやってくるものではなく、自分の内からやってくるものだという自覚もしていた。


 つまり、王は専門家の回答を待つ前にそれを想像し、既に葛藤していた。


「ただの海蛇があそこまでに巨大な身体を手に入れるほどの魔力の存在を我々は知りません。本当に海の底には、伝説のドラゴンでも眠っているのでしょうか」


 専門家は自らが出した結論、その推論に恐怖していた。



「馬鹿野郎、ドラゴンなんかじゃねぇよ」


 だが、王は明確にそれを否定する。


 専門家はその言葉に安堵の様子を見せ、別の可能性、海底火山等の爆発的エネルギーが魔力として変換されたのではないかと、無礼にも王の前で考えを巡らせていた。


 一種の現実逃避でもあったのだろう。



「もっと怖ぇ、九尾の化け物だ」


 続く王の言葉に気を失って倒れてしまった。


 ブルサ王は衛兵に専門家を医務室へ連れていくよう指示すると、そのまま移動を始めた。


 途中、側仕えに何人かの大臣と職人を呼び寄せるように指示を出す。

 ご予定はと聞かれた王は、大声で「今すぐだ!」と叫んだ。


 側仕えは腰を抜かしかけたが、必死に堪えて走り出す。


 王の御前でバタバタと走るとは。

 だが、それを問題にする者はこの場にいなかった。



 ブルサ王が宝物庫に辿り着いた時、呼ばれた大臣や職人たちもほぼ同時に姿を現した。

 息を切らし、汗を流すその姿から、余程無理をして集まったことがわかる。


「早かったな」


 それだけ言うと、王は宝物庫の厳重な扉を開けた。


 集まった大臣や職人たちは何も言わず、息を整えながら王に続く。


 彼らは王と“とある秘密”を共有する者達。


 黙ったまま一同がしばらく奥に進んでいると、やがてそこに辿り着いた。


「つまらねぇ意地はもうやめだ。これを使うぞ」


 王が指し示した先にあるのは、重厚な箱で封印された“なにか”。


 息を飲む音が静かな宝物庫に響く。


「やるぞ。ちゃんと持ってきただろうな」


 王がそう声をかけると、一同は一斉に跪く。

 掲げられた右手には、各々鍵を持っていた。


「良いじゃねぇか、順番を守れよ」


 ブルサ王もまた、興奮して鼻息が荒くなっていた。



 ひとり、またひとりと決められた順に従い、箱に鍵を差していく。


 最後のひとりが鍵を差し終えると、ブルサ王が首にかけられたひときわ大きな鍵を握り、ブチィと首紐を引きちぎる。


 皆の緊張が一段と高まる。


 ブルサ王はゆっくりと箱に近付き、慎重に鍵を差した。


 ボロボロと箱が崩れ落ちると、そこに現れたのは鈍く輝く白銀の尾。



「くっくっく、シュヴァイツの野郎は怒るだろうな」


 ブルサ王は興奮を抑えながら感想を漏らす。


 この場にいるものしか知らない秘密。

 世界を揺るがしかねないブルサ王国における最大のタブー。


 公に存在が確認されていない“サクラの尾”。


 その一尾をブルサ王は秘密裏に所有していた。



 ブルサ王は女神の巫女の尾など興味がなかった。

 それは確かな事実だ。


 自分たちの技術に絶対の自信があり、国には兵も冒険者も屈強な者が集まっていた。

 民の生活は豊かであり、アガヴォイドの教えはアミグダロイド教と距離もある。


 経済的にも、軍事的にも、宗教的にも、揺るぎのない国だ。


 ブルサ王からすれば、政治的にリスクのある“尾”に手を出す理由がなかった。



 だが、それは無知故にだった。


 ブルサ王はつまるところ、尾の有用性を低く見積もりすぎていた。

 大して役に立つものではないと、どこか冷めた目でそれをみていた。


 念のためという気持ちで、かつて闇市場で流れていた尾を入手していただけだ。


 今回の海竜の一件でその考えは根底から覆されてしまう。


 ただのちっぽけな海蛇が国家を揺るがすほどの海竜になった?

 専門家をして伝説のドラゴン級だと絵空事を語らせるほどの魔力だと?


 欲しい、使ってみたい。

 それほどの魔力があれば、どれだけの技術をこの世に生み出せるのだろうか。


 ブルサ王はそうした欲望に打ち勝つことができなかった。


 国家機密であるゴーレムの研究資料が何者かによって盗み出されたことも起因となっている。


 あの研究が進んでいれば、技術大国として、他国を圧倒し続けられたはずだ、と。


 実際、主な貿易相手であるミラリア連合からの買いは減り、レクサゴンの技術革新に関する噂は時を追うごとに増していた。


 技術大国としての自負が、焦燥に変わりつつあった。



 そこで起こった海竜騒動だ。


 これは不運の連続によって引き起こされた王の決断だったのかもしれない。


 後の世に影響が出るのは、まだ先のことだ。

次回、第30話「変わりゆくもの、変わらないもの」

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