第28話 東から西へ
朝、冒険者ギルドへ出国を報告しに行くと、そこは地獄絵図だった。
昨晩の宴で飲みすぎたのだろう。
二日酔いで頭を抱える冒険者たちが、苦しそうな声を上げて唸っていた。
「凄い光景だな、大丈夫なのか?」
俺はカウンターにいる受付嬢のレナータに声をかける。
「ずっと悩みの種だった海竜の脅威が去ったのです。皆、昨晩はこれまでの鬱憤を晴らさんと豪快に飲み続けましたからね」
街中から冒険者ギルドに酒や飲み物が届けられたのも原因です、と続けるレナータの顔色も青ざめていた。
「ほどほどにしておけよ」
後の祭りだが、一応という感じで俺はアドバイスしておく。
レナータだけでなく、聞こえていた冒険者らが皆素直に首を縦に振った。
その振動でまた気分を悪くする奴もいた。
レナータにこれから西へ向かい、そのまま出国する予定だと伝える。
「そうですか、残念です。次はどちらに向かわれるご予定ですか?」
レナータの問いに俺は言葉が詰まった。
やや後ろで控えていたティンクを見るが、彼女は首を横に振るだけだ。
ブルサ王へ事の顛末を軽く説明すれば、次の島への方針を教えてくれると考えていた。
特に明確な行先もない旅だ。
サクラの尾という高度に政治的な存在は、国のトップに聞く以外に考えがなかった。
「えっと、冒険者ギルド間での連携もあるので、できれば教えてもらいたいんですが」
申し訳なさそうにするレナータだが、どうしたらいいんだ。
「次はミラリアがいいわよ」
言い悩んでいると、会話に入ってきたのはシャディア。
彼女は躊躇なく俺にしなだれてきた。
胸元の大きく開いた衣装に身を包み、甘い香水の香りが漂う。
彼女の妖艶な雰囲気に頭を机に突っ伏していた冒険者らも顔を上げた。
だらしない顔をした男たちに俺は内心でため息を吐く。
「シャディア、ミラリアっていうのは良いところなのか?」
「あら? あなたが求める“良いところ”って何かしら?」
そう言いながら、シャディアは大きな胸を更に寄せて俺へ見せつけてくる。
冒険者らから舌打ちが聞こえてきた。
「ミラリア連合は商人の街、複数の小さな島が自治権を維持しながら結びついている連合国です。各島の島主と呼ばれる領主が代表し、合議制で連合国の政治を動かしている珍しい“国”ですね」
レナータが何故かムッとした様子でミラリア連合の説明をしてくれた。
「アザールさんの聞きたいことってそれだったのかしら?」
シャディアは俺から離れると、レナータに顔を近付けてそんなことを言う。
何で急に喧嘩腰なのか理解不能だが、レナータはレナータでシャディアを睨み返している。
「こらこらシャディア、レナータちゃんが困ってるじゃないか」
そう言いながら間に入ったのは、褐色の肌とは対照的に白い歯をのぞかせる男。
ブルサ王国の英雄にしてAランク冒険者のケマルだ。
「アザール、悪かったね」
これが謝っている男の態度なのだろうか。
ケマルは満面の笑みで白い歯を輝かせている。
「別に良い、特に何もされていないからな」
ニヤケ顔で距離を詰めようとするケマルに対し、俺は両手を胸の前に出して距離をとる。
「臭い」
文句を言っているのはケマルのパーティーメンバーで魔術師の女、ファリーダ。
確かにこの冒険者ギルドは現在、酒と吐瀉物と汗の臭いで非常に不快だ。
俺はケマルと彼のパーティーメンバーと一言二言かわし、出国を改めて告げた。
「寂しくなるね、せっかく君もブルサ王国に慣れてきた頃だと思うのに」
「はん、国に英雄はひとりで充分だからな」
俺の冗談にケマルは複雑な顔をした。
「でも、本当に良かったのかい?」
小声になったケマルの問いに俺は肩をすくめて肯定する。
こいつが言っているのは、海竜討伐の功績についてだ。
結果として海竜は俺が単独で倒したが、船に乗ったすべての冒険者の功績として処理してもらったことをケマルはずっと気にしていた。
「別に興味ねぇよ。事実、皆で航海してたじゃねぇか」
それでもケマルは何か言おうとしたが、それを止めたのはターヒル。
「ケマル、もうよせ。終わったことは変えられない」
意外な助け舟に俺は親指を立ててみるが、帰ってきた反応も予想外だった。
「助かった、ありがとう。改めて例を言わせてくれ」
無口で無愛想な印象だったターヒルが俺に頭を下げた。
それに続くようにして、ケマルたちが頭を下げる。
「なんだよ、英雄様がルーキーにそんなことしたらダメだろ」
冒険者ギルド内がギョッとした様子でこちらを見ているのがわかった。
だが、彼らは頭を下げたまま動かない。
「わかった、わかったから。礼は受け取る、それで良いだろ?」
その言葉にやっとケマルたちは頭を上げた。
「君に出会えて良かったよ、“剛腕の戦士”アザール」
どこでそれを聞いたのか、あるいは元から繋がっていたのか。
「それから君にも最大の感謝を。モノ・アペックスの素質を持つティンク」
ティンクは目を丸くしてケマルを見つめた。
「君という存在にここで出会えて僕たちは幸運だった」
ケマルはそっとティンクに手を差し出す。
おずおずとティンクはその手を握り返した。
「“黄金の戦士”」
ファリーダの一言に「えっ」と声を漏らすティンク。
「君はいずれ希望になる。獣人族の光になれ」
それは、ケマルの予言めいたはなむけの言葉だった。
ファリーダや他のパーティーメンバーも頷いてティンクを見つめる。
「はい、頑張ります!」
疑問はあるだろうが、それらを飲み込んでティンクは元気よく返事をした。
「ところで、エディは来ておらんのか?」
流れるようなサクラの問い。
「えっ? エディさんは……」
ケマルはサクラに誘導されるまま何か答えようとしたが、ファリーダとターヒルに小突かれて「あ痛ッ!」と叫んだ。
「ごめん、エディさんだって? 誰のことかわからないけど、僕は知らないよ」
なんとか誤魔化しているといった感じで、ケマルはそう言った。
「そうか、なら仕方あるまい」
サクラは追及しなかった。
待って、俺、全然わかんない。
なんで急にエディの名前が出てくるの?
ケマルってエディのこと知ってるの? なんで?
「それじゃ、僕たちは次の依頼があるから!」
それだけ言うと、ケマルたちはギルドを発っていった。
心なしかファリーダが頭を抱え、シャディアが笑みをかみ殺していたように見えた。
***
「バスティアンに最後、挨拶できなかったのは残念だったな」
ヤオトルにも会えていないが、別にあいつはどうでも良い。
マテオだかマテ茶だかって名前の冒険者もいたような気がするが、ヤオトル以上に興味がないから良しとする。
「そうですね、でも、バスティアンさんとはまたどこかでお会いできる気がします」
ティンクにもバスティアンから聞いた彼の親や妹の話は伝えている。
もちろん、バスティアンが殻を破って新たな冒険を始めることもだ。
それを聞いたティンクは自分のことのように喜んだ。
ティンクもまた、バスティアンに懐いていたからな。
「ところでティンク、さっきサクラが言ってたエディのことだが」
「はい、航海を補助してくれていた冒険者の中にレイスさんがいたので……」
俺はティンクの言葉を遮るように「は?」と思わず声が漏れ出た。
「全然気付かなかったんだが」
記憶に絶対の自信がある訳じゃないが、それでもレイスの顔はいなかったはずだ。
「変装していたので、何か事情があるのだろうとお声がけはしなかったです」
ティンクの話によると、シュヴァイツで出会ったレイスもそもそも変装していたらしい。
どういうことかわからない。
いや、ティンクの耳と鼻の凄さに驚くべきか。
『世界はアザール殿を放っておきません。“目”と“耳”はどこにでもございます。くれぐれもお気を付けください』
シュヴァイツの宰相の言葉が思い出される。
エディやレイスが“目”と“耳”なのか。
……ケマルたちも?
俺にはわからないことが、この世界にはまだまだある。
だが、心配はない。
俺は俺だ。
そんなことを考えながら歩いていると、街の雰囲気が変わった。
消費の街から生産の街へ足を踏み入れたようだ。
スパイスの香り、礼拝堂から響く祈りの声、水煙草の煙が漂う路地裏。
つい最近のことのはずだが、懐かしさを感じる場所に帰ってきた。
蒼いドームが重なる宮殿が目に入る。
俺は口笛を吹きながら、歩みを進めた。
次回、第29話「王の心」




