第27話 氷の宿
宿に入ると、宿の主人が慌てて駆け寄ってきた。
「アザールさん、すみません。俺たちも何が何だかわからなくて」
開口一番で謝罪されるが、俺としては逆に申し訳ない気持ちだ。
「いや、いいんだ。あんたらのせいじゃない。俺の部屋はどうなってる?」
俺がそう聞くと、主人は女将をやっている女房と目を合わせ、そして更に謝罪した。
「すみません、私たちじゃ階段を上がることもできなくて」
女将は暗い表情をしてそう言うのが精一杯だった。
「心配するな、すぐ元通りにする。暖をとって待っていてくれ」
サクラめ、何をしているんだか。
俺は凍てついた階段を上り、部屋を目指した。
二階を抜け、俺たちの借りた部屋がある三階に辿り着くと、そこは氷で埋め尽くされていた。
氷花を咲かせた廊下は、まるでガラスの回廊のようだった。
窓から差し込む月光を反射し、飾り付けの調度品はクリスタルのように輝く。
俺はまたため息を吐きながら部屋へ向かうと、ティンクが出てきた。
「やっぱりアザールさんでしたか。大変です、サクラ様が……!」
そう言うティンクを手で制し、俺は部屋に入っていく。
部屋の中は更に氷で覆い尽くされていた。
氷の結晶が舞っているのか、月明かりでキラキラと空間自体が輝いている。
木床のひび割れは、硝子細工のようで綺麗だ。
……いや、かなり異常事態なんだが。
「お前なぁ、魔力の制御くらいできていただろ」
窓の側で星を眺めるようにしているサクラに呆れを漏らす。
「お前ではない、サクラだ」
「良いから、そういうのは」
いつかと同じやりとり。
だが、今はそれどころではない。
「海竜から回収した“尾”がそんなに気になるか?」
あれ以来、サクラの様子がおかしいのは明らかだった。
「……少し黙っておれ」
そういうと、サクラから漏れ出ていた魔力が引っ込み、氷や雪が消えてなくなる。
下から「戻ったぞ!」と喜びの叫びが聞こえた。
最初っからやってくれませんかねぇ、サクラさん。
俺は心の中でツッコミながら、何度目かわからないため息を吐く。
もう息が見えることはなかった。
***
時は遡り、俺が海竜をぶっ飛ばした直後だ。
「冒険者らの目を集めておけ」
ヴィネグレットから立ち上がったサクラが、いつの間にか俺の背後にいた。
当たり前のように指図されるのは気に食わないが、仕方なく従う。
サクラが無意味なことを言うことはないからだ。
……たまに言うときもある気がするが。
「おーい、バスティアン! あの牙をこっちに寄せれるか?」
未だに海竜が真っ二つに千切れたという現実を受け入れられない冒険者たち。
俺の発言にハッとなり、俺が指差す先に勢い良く視線を向けた。
そこにはゆっくりと海へ沈んでいく巨大な牙があった。
「回収必須。急がないといけない」
ファリーダの呟きに冒険者らは一斉に動き始めた。
バスティアンが魔法で海の水を操り、牙を船に寄せる。
対象が大きすぎるからか、バスティアンは大粒の汗をかいていた。
ある程度まで船に近づけると、冒険者らは牙に向かって縄を投げ入れ、数人の冒険者が海に飛び込んでその縄で牙を結んでいった。
ケマルの号令にあわせて冒険者らは声を出しながら牙を引っ張った。
シャディアは牙の上に飛び降り、船を傷付けないよう繊細な調整をしている。
冒険者らの中でも力強く縄を引くのは、やはりターヒルだ。
「そーれ! そーれ!」
牙を甲板まで引き上げた頃、冒険者らは汗で全身びっしょりとなっていた。
「これ、このまま持って帰る?」
シャディアの問いはもっともだ。
なにせ牙は甲板から大きくはみ出しており、船のバランスを崩していた。
皆が頭を悩ませていたので、俺は自分が折ってしまった帆柱を根元から引き抜く。
バキバキバキと木が割れる音に気付いた冒険者らは俺をみてまたも呆然とする。
船のメインとなる帆柱を抜き取るというのは、奇行に見えたのだろう。
「人間は普通、帆柱を持ち上げることはできん」
サクラによる俺の心を読み取ったようなツッコミだ。
こいつ、本当に嫌な奴だよな。
「もういいのか?」
帆柱を海に向かって投げながら、俺はサクラに問う。
俺の行動にまた冒険者の誰かが悲鳴を上げた。
「良い、はずだ」
どこか歯切れの悪いサクラに違和感を覚えたが、ここで追及するのも違うだろう。
「おい、アザール! メインの帆柱を捨てやがって、どうする気だ?」
バスティアンがサクラと入れ替わるようにして、俺に言ってきた。
俺は不敵に笑みを浮かべながら、甲板に転がる牙を持ち上げ、帆柱があった場所に刺す。
「こうすれば万事解決だ!」
俺は両手を広げてアピールしたが、誰も何も言わない。
「……お前」
バスティアンが呆れたように俺を見るが、俺は手をヒラヒラとさせてサクラを追った。
あとはティンクがなんとかしてくれるだろう。
頼んだぞ、ティンク。
船室に入ると、サクラはヴィネグレットに座り直していた。
その表情は、どこか思い悩んでいるようにも見える。
「せっかく国を脅かすほどの魔物だって聞いてたのに雑魚だったな。デカいだけであれならシュヴァイツ王の方が強かったんじゃねぇか?」
俺は空気を換えるようになるべく明るく、大げさな口調で話しかけた。
いや、俺がこいつを気遣う必要もないんだがな。
なんとなくだ。
「……魔力がほとんど残っておらん」
「なんだ?」
サクラにしては珍しく聞き取りづらいほどに小さな声。
いつも声は小さい方だが、それでも聞き取れないことなどなかった。
「魔力がほとんど残っておらんかった」
怒気の含まれた声。
やはりサクラらしくない。
「海竜が魔力を使ったんだろ? それかあれだ、魔力を使って巨大化してたとか?」
サクラが何を言いたいのかわからない。
取り敢えずといった感じで聞いてみるが、サクラは首を横に振るだけだ。
「違う、そうではない。確かに奴はわたしの尾の魔力を用いて巨大化しておったが、それが原因とは考えられん」
「はぁ……」
俺にはわからないことだが、尾の所有者であるサクラならわかることもあるんだろう。
「何者かによって尾の魔力が枯渇するほど抜かれていた? いや、ただ使われただけならいずれ魔力は回復する。魔力が戻らないということは、“あれ”か? だが、ただの海蛇がそんなことできるはずも……」
サクラは何かごちゃごちゃ独り言ちているが、何のことかやはりわからない。
多分、ただの海蛇がサクラの尾を食べて海竜になったってところか?
それくらいは何となくわかる。
それと、尾は魔力源と言っていたから、その魔力が使われても回復するはずってことだろうな。
……待てよ。
本体から切り離された尾だけでも、自然と魔力が回復するってことか?
それはちょっとキモいかも。
「……」
急にゾクッと感じたのでサクラを見ると、こちらを絶対零度の視線で睨みつけていた。
いや、目を閉じてるのに睨むってなんだよ。
「それで、どうなんだ? 尾の魔力は無くなったままか?」
「そうではない。わたしのもとに帰ったのだ。いずれ戻る」
わお、なんというご都合主義。
サクラ様はやっぱり意味不明な身体の構造をお持ちのようで。
「“お前”ほどではない」
あ、やっぱりこいつナチュラルに俺の心読んでくる。
***
「それで、なんで宿を氷漬けにしてたんだ? ブルサ王が言ってただろ、正体がバレそうなことはあまりやるなよ」
俺がサクラを説教してやると、意外にもサクラは大人しかった。
「考えごとをしておった。尾が増え魔力も体調も多少は戻ったのだ。そのことを考慮しておらんかった」
なんだ、やけに素直じゃねぇか。
逆にこっちの調子が狂うまである。
ずっと黙っていたティンクは、サクラの魔力や体調が改善していることに喜び、「良かったです、サクラ様!」と声を上げた。
というか、こいつ、気を抜いただけで宿一件を氷漬けにするのか。
俺はノルディックの銀世界と豪雪を思い出す。
……こいつを怒らせるのはなるべくやめよう。
「そのほうがよい」
サクラはそれだけ言うと、ヴィネグレットからひとりでベッドへ向かった。
ティンクはその様子を見て、嬉しそうな、少しだけ寂しそうな表情をしていた。
「俺たちも寝るぞ。明日の朝、西へ行って王に報告だけしたら、次の島を目指す」
ティンクは短く「はい」と答え、ランプの灯を消して自分のベッドへ向かった。
次回、第28話「東から西へ」




