第26話 ルブラン兄妹
「英雄、ケマルに乾杯!」
夜、俺たちをもてなす宴が開かれていた。
冒険者だけでなく、商人や漁師、街の人々まで「乾杯!」と楽しそうに叫び、飲めや歌えやの大騒ぎだ。
どこか陰気さが漂っていた東の港も、完全に活気を取り戻している。
港に戻り、討伐証明として巨大な牙を新たなマストにしていた俺たちを見た人々は、驚きと喜びを爆発させていた。
ヤオトルが駆け寄り、ケマルの肩をバシバシと叩く。
余程嬉しかったのか、ヤオトルはケマルやバスティアンだけでなく、ティンクにも力強くその肩を叩いていた。
ティンクの痛そうなリアクションとは裏腹に、その表情は嬉しそうだった。
俺たちの生還を出迎えたレナータは、泣いて喜びつつも、海竜の牙を検分し、冒険者らに経緯を聞いて調書を作成し始める。
そのプロ意識は素晴らしいことだが、聞かれている冒険者らの疲労は色濃く、ヤオトルが止めに入ると冒険者らは露骨に安心した顔をみせた。
そんな一幕があり、あれやこれやとあって今に至る。
ケマルは即興で準備された演壇に立ち、冒険譚を語っている。
多くの者がその話に耳を傾け、興奮し、時折絶望の顔を見せていた。
あいつ、吟遊詩人の方が向いてるんじゃねぇか?
俺は宴の中心から離れたところでひとりエールを飲んでいた。
「よぉ、本物の英雄がこんなところにひとりでいて良いのか?」
そう言いながら俺の隣に座ったのは、既に顔の赤いバスティアン。
「飲みすぎじゃないか? だいぶ酒臭いぞ」
俺が軽口を叩くと、バスティアンは「ガハハ」と豪快に笑った。
いつもの彼らしくない様子に俺は「やはり飲みすぎだ」と告げる。
「俺は冒険者を辞めようと思ってたんだ」
突然の告白。
酒に酔い、顔を赤くしながらもバスティアンの眼は真剣そのものだった。
「なんだ、急に?」
話題が話題だけに俺も少し対応に困る。
バスティアンは変わらず下品に笑いながらも、続けた。
「とある海賊をぶっ殺すために冒険者を目指した。ガキなりに無茶をしてると、いつの間にか“ベテラン”扱いされるようになってな。あっという間だったんだ」
バスティアンは独り言のように自分のことを語り始める。
それはまるで、酔いを理由に誰かに聞いて欲しかったように思えた。
「気付くのが遅かったんだ。あいつは海賊の中の海賊、半端な実力じゃ辿り着くこともできねぇ。だから俺は海賊を、海を知るために賞金首の討伐依頼を受けて回った」
バスティアンらしい計画性だと思った。
だが、彼自身はその選択を悔いているように思える。
「最初はちんけな海賊からだ。ガキの俺でも捕らえることができた。そこから徐々に有名どころへ手を出すようになっていき、いつかこの国の海では俺の名を知らない海賊がいなくなった」
英雄譚のようなそれは、バスティアンにとって決して誇らしいものではないらしい。
「そして、俺はその地位に満足するようになっちまった。“親の仇”への憎しみも薄れ、後輩の冒険者を育てることに喜びを見出すようになっていった」
どこかで聞いた話。
胸の奥が締め付けられるような痛みを訴える。
「気付いた最初は激しく自己嫌悪した。だが、手の届く範囲の幸せを手放せなくなっていたんだ。この国にも海賊はまだまだいる、最近は増えていったくらいだ。手を焼く後輩も現れた」
そう言いながらバスティアンは俺を優しくも哀しい眼で見た。
酔いが冷めてきているのか、顔は赤いままだが口調はだいぶいつものそれだ。
バスティアンもそれを自覚したのか、もっていたジョッキを勢いよく煽る。
「親の仇だっていう海賊を探しているのか?」
空になったジョッキを黙って見つめるバスティアンに俺は聞いた。
「……そう“だった”。海賊専門のバウンティハンターなんかやってると、奴の情報はいくらでも挙がってくる。何せ奴は隠れねぇ、遠慮しねぇ、いつでも好き勝手だ。俺は奴がどこにいるのかも、何をしているのかもわかっている。……わかって“いた”」
つまり、ある時から情報を意図的に遮断していたということか。
手に届く範囲の幸せ、知れば知るほどに遠ざかる強敵。
相手の実力を正しく理解したとき、絶対に敵わないと知った絶望はどれほどだったのか。
バスティアンはそれでも無鉄砲に突撃しなかった。
無謀な挑戦をするには、あまりにも彼を必要とする人間が多くできてしまっていた。
もちろん、自由の代名詞である冒険者だ。
周囲のことなど無視して自分の信念を貫くこともできただろう。
だが、バスティアンは優しすぎた。
目の前で困っている民も後輩冒険者も、放っておくことができなかったんだ。
「お前に救われた人間は多い」
俺自身もそうだ。
確かに俺が冒険者として野垂れ死にすることはないだろう。
そもそも不死の呪いを受けている身だ。
だが、バスティアンの助言なしに冒険者として、あるいはこの世界を旅する者として、無駄なく効率的に歩を進めることはできなかったはずだ。
バスティアンは俺のありきたりな慰めにも、「ありがとう」と言う。
近くを通りがかった冒険者にエールを追加で持ってくるよう頼むと、話を続けた。
「お前を見ていると気が変わった。俺もこの国を出るぜ」
そう言ったバスティアンは、これまで見たことがないほどに晴れ晴れとしていた。
親の仇である海賊を再び目指す決心をしたのだろう。
「そうか、俺たちの船に乗るか?」
軽い調子の誘い。
だが、俺はそれなりに本気だった。
「いいさ、お前といたら“あの海竜”みたいに横取りされちまう」
そのニヤけた顔は、どこか獰猛さも感じられた。
俺にも負けないつもりみたいだな。
「よく言うぜ、俺がいなきゃ今頃お前らなんかクソになって海の底だ」
バスティアンはそれに鼻を鳴らして立ち上がる。
頼んだエールを持ってきた冒険者から奪う様にジョッキを受け取ると、一気に煽いだ。
おい、せっかく持ってきてくれた冒険者が可哀想だぞ。
逃げるように去っていったじゃねぇか。
「また会おう、アザール」
そう言い、差し伸べられた手は傷だらけだ。
冒険者らしい荒々しさのあるそれだが、多くの者を救ってきた優しいものだ。
俺は立ち上がってがっしりとそれを握る。
「あぁ、またどこかで。バスティアン・ルブラン、偉大な冒険者よ」
仰々しい口上にバスティアンは目を丸め、そして大きな声で笑った。
俺もつられ、大声で笑う。
「見るんだ! あそこにも英雄がいるよ!」
離れた演壇から、酔ったケマルが俺たちを指差して叫ぶ。
宴で騒いでいた連中の目が一斉に俺たちを捉えた。
「はは、俺はずらかるぞ」
バスティアンにだけ聞こえる声で俺はそう告げる。
すると、バスティアンは握った手を放すと、少し俯き、頬を掻きながら呟いた。
「俺には年の離れた妹がいるんだが、どこにいるかわからない」
またしても急な話題に俺は「なんだ?」としか言えない。
「お前たちの旅を邪魔するつもりはない。ただ、どこかで妹を見付けたら教えてくれないか?」
親の仇がいるって話だ。
既に親は他界していて、残った家族はその妹だけなのだろう。
生き別れの妹か。
「別にそれくらいなら良いが、どんな奴なんだ?」
ぞろぞろと冒険者らが俺たちに迫ってきている。
早く逃げないと、俺まで演説させられかねない。
「わからん。俺は妹が小さい頃、捨てるように家を飛び出てしまったからな。どんな女性に育っているのか想像もできん」
そんな情報でどうやって探せっていうんだ?
俺が冷たい視線をバスティアンに送ると、彼は手を振って続けた。
「強力な魔法使いのはずだ! 病気で死にかけていた母を父がどっかから盗んだ宝で治したんだ。その奇跡で妹は生まれた。母はその時に息を引き取ったが、妹は生まれながらに尋常じゃない魔力量を持っていたんだ。本当だ、きっとあの宝に原因がある!」
早口でまくし立てるバスティアン。
妹も彼と同じく、青白い髪の色をしているという。
そして、父は妹が生まれた後、間をおかずして海賊に殺されたらしい。
父はもともとその海賊とつるんでいて、母を治した宝というのも、父と海賊が協力して盗み出したものだそうだ。
妹の出産秘話が捜索にどれほど役立つかはわからないが、バスティアンの持っている妹との思い出が少ない証拠でもある。
つまり、ほぼ情報がないってことだ。
「あのなぁ、流石にそれじゃわからないって。何か特徴的な親の形見でもないのか?」
バスティアンの必死な様子に助けてやりたい気持ちもあるが、無理だ。
そして何より、冒険者らがもう近い。
今すぐ逃げたい。
「父の名はシンバ。俺たちは獅子の意匠を自然と身に纏うはずだ」
そう言いながら、バスティアンは腰に吊るした剣の鞘をみせてきた。
確かに獅子の意匠が刻印されている。
「それだけか? 生き別れたのはもう何年も前なんだろう? 妹がお前みたいに死に別れた父のシンボルを引きずっている保障もないだろ」
冒険者はもう目前だ。
ケマルの「さっさと連れてくるんだ!」という煽りも聞こえている。
「絶対だ! 血は争えん! 頼んだぞ」
何を根拠にそんなことを言っているのか不明だが、俺は「わかった」と言い残し、その場から逃げ去った。
背後では冒険者らに掴まったバスティアンが抵抗している声が聞こえる。
酔って興奮している冒険者らは、バスティアンを神輿のように担ぎ、連れて行った。
俺の代わりに演壇で冒険譚を語り聞かせてやれよ、バスティアン。
バスティアンの妹か。
強力な魔法使い、青白い髪、獅子の意匠。
彼と同じく歴戦の冒険者を思わせる風貌なのだろうか。
俺はバスティアンをそのままにした女を想像する。
「これは、ちょっと……」
言わないでやるのが、彼のためだろう。
俺は走りながら、そんなことを考え、ひとり頬を緩める。
だが、宿に着くとそんな考えは頭から吹き飛んだ。
温暖なブルサ王国ではありえない光景がそこにあったからだ。
宿が見えた途端に吐く息が白くなり、その屋根には雪が積もっている。
俺は深いため息を吐きながら、宿に入り、自室を目指した。
次回、第27話「氷の宿」




