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第25話 近海の海竜

決行の朝。

ケマルをリーダーとする臨時パーティーは緊張の面持ちで港に集まっていた。


近海の海竜について、改めて確認された情報が共有される。

既に何度も聞かされた内容だが、ひとつひとつが語られるたび、皆の表情が硬くなる。


 これまでの被害を考えると、英雄ケマルと海を知り尽くした男バスティアンが組んだとしても、成功確率は高くないと見積もられていた。



 俺というイレギュラーがいくら規格外の実力を持つと評価されても、所詮はルーキー。


 冒険者として公式に記録されている実績は、この臨時パーティーに参加する資格をまったく保証しない。


 当然、ケマル達の足を引っ張るだけだという反対の声も多かった。


 ヤオトルが「自分が責任をとる」と声高に言ったことで、冒険者からの表立った批判は減ったが、多くの者が納得していないことは明白だった。


 俺の気怠そうな態度も原因であり、かつ、それが反発に拍車をかけている。


 航海の補助として参加する冒険者らの視線は特に厳しい。


 彼らも命がけだ。

 それは自明であるとも思う。



 一方、ティンクに対するそれは俺とまったく異なっていた。


 彼女はこの二日間、可能な限り冒険者らとコミュニケーションを深めた。


 ヤオトルからは「こき使え」と言われていたが、当然、ティンクの性格がそれを許すはずもなく、彼女は彼らと船上での動きを何度も打ち合わせし、指示がなくとも自然と協働できるような関係性の構築に尽力した。


 ティンクらしく、また、ティンクにしかできなかったことだろう。


 ファリーダを筆頭にして、ティンクはケマルのパーティーメンバーからも可愛がられるようになっていた。


 ティンクにモノ・アペックスの素質があると知ったファリーダは、ティンクへ熱心に魔法体系について語るようになり、ふたりは急速に距離が縮まっていった。


 ティンクが宿に戻ってくるたび、楽しそうにファリーダとの話をしていたことを思い出す。



「準備はいいね?」


 ケマルから最終確認が入る。

 皆、真剣な眼差しで首を縦に振った。



「出航だ!!」



 ケマルの戦鬨に、見送りに来ていた冒険者や住民らからも大きな声が上がる。

 冒険者ギルドからは、レナータが見送りにきていた。


 ヤオトルは、俺たちがしくじった場合に備え、港周辺の防衛体制を強化すべく走り回っているそうだ。



 空は快晴。

 波は驚くほどに静かだ。


 ティンクが帆に風を張る。


 グングンと速度を増していき、港の人影はあっという間に豆粒のようになった。


「いよいよだな」


 バスティアンが俺に話しかけてきた。


「そうだな」


 俺はそれだけ言うと、サクラを連れて船室へと向かった。



***



 船室でサクラとふたり。

 会話はなく、船や波の音、楽し気な冒険者らの会話が時折聞こえるだけだ。


 冒険者らは、必要以上に明るく振舞っている。

 国を悩ませ続けてきた海竜をついに討伐する時が来たからだ。


 緊張と不安をかき消すように、彼らは歌い笑っている。


 ティンクの風操りを褒める声が聞こえた。



 しばらくして、ゴンゴンと乱暴なノックの音がした。


 入室を促すと、顔を見せたのは戦士のターヒルだった。

 意外な人物の登場に俺も首を傾げる。


「ティンクは持ち場を外せない。さっき捕った魚だ、食え」


 口数の少ない男だが、情報は簡潔で不足がない。


 ターヒルはそれだけ言うと、退室し始めた。

 俺はその背に向かって「ありがとう」と言うが、特に反応もなく去っていった。


「見たことねぇ魚だな」


 シンプルに串焼きになった魚。

 かすかに魔力を感じることから、これも魔物だということがわかる。


 サクラを見ると、ピクリとも動かずじっとしている。

 いらないって意味だろうな。


 やたらと牙の長い魚だ。

 背びれが綺麗に抜き取られているのは、そこに毒があったからだろう。


 かぶりつくと、淡白ながら独特の渋味もあってうまい。


 サクラ用に一本だけ残し、俺はこの変な魚の串焼きを三本平らげた。



「……ふぅ」


 口に残る魚の油をエールで流し込むと、俺は一息ついた。


 外の喧騒と異なり、ここは相変わらず静かすぎる。


 部屋の中には清潔な布やガラスの瓶が整理されている。

 ベッドもいくつか備え付けられており、何の部屋かは一目瞭然だ。


 ヤオトルは、冒険者ギルドは俺を何だと思ってるんだか。


 その時だった。


 海に出てから感じたことのない大きな魔力の接近したかと思ったら、次の瞬間には船がガタンと大きく揺れ、外の楽し気な喧騒は怒号に変わった。


 サクラも顔を上げる。


「ちょっと見てくる」


 それだけ言い残し、俺は船室の扉を開けて甲板に向かった。



「アザールさん!」


 最初に気付いたのはティンク。

 その表情には焦りを感じる。


「何が起こった!?」


 俺は状況を確認しようと問うが、ティンクは首を横に振る。

 先程感じた魔力はまだ船の近く、いや、下にいるみたいだ。


「すまねぇ、接近を許してしまった!」


 船の見張り台からバスティアンが叫ぶ。


「私が見張ってた時よ、ごめんなさい。前兆を何も察知できなかったわ!」


 同じく見張り台で海を監視していた斥候のシャディアが謝罪している。


 檣楼員として、責任を感じているのだろう。

 髪を掻き乱し、いつもの妖艶な姿からは想像できないほどに動揺している。


「大丈夫さ、僕たちの目的はなんだい?」


 ひとりだけ調子の変わらない男、ケマル。

 彼の様子を見て船は少しだけ落ち着きを取り戻す。


「ケマルの言う通り。わかっていたこと」


 ファリーダが彼女の背丈ほどある杖を握りしめ、臨戦態勢に入る。

 ターヒルが大斧を構え、ファリーダの斜め前に出た。


「……さぁ、お仕事の時間だよ」


 ケマルが白い歯を覗かせると、全員が事前の打ち合わせ通りの陣形を組む。



 俺は見張り台から降りてきたバスティアンとシャディアに代わってそこへ上った。


 船に緊張と静寂が訪れ、波と船の軋む音だけが響く。


 補助の冒険者のひとりが、「あっ」と声を漏らした瞬間だった。


 ザバァーンと激しい音を立て、船の左側から巨大な触手が襲い掛かってきた。


 ターヒルがいち早く反応し、その一撃を防ぐ。

 同時にケマルが飛び出し、細剣で触手を切り裂いた。


 海から「グオォー」という低い悲鳴のような声が響く。


 甲板に放り出された触手をみて、一同は冷や汗をかいた。


「おいおい、これって……」


 バスティアンの恐れが混じった呟きを拾ったのはファリーダ。


「クラーケン。こんな島に近い海域にいるのはおかしい」


 冷静なファリーダにも、少しの焦りが感じられた。


「海竜に縄張りを奪われてここまで来たのかい?」


 流石のケマルにも動揺が感じられる。



 ギルドでレナータに聞いた情報によると、海の魔物は陸のそれ以上に種類が豊富だ。

 一般的に陸の魔物より身体は大きいものが多く、場所の不利もあって危険度は高い。


 その中でも注意すべき魔物として、必ず名前が挙がるのがこのクラーケンだ。


 俺は揺れる見張り台からその巨大な蛸を探す。


「今度は右からくるぞ!!」


 俺の声に反応したのは、やはりターヒル。


 またクラーケンの触手を斧で受け止めると、すかさずケマルがそれを切り落とした。


 彼らの連携は見事であり、その実力も確かだ。

 俺が感心していると、また海からくぐもった低い悲鳴が聞こえる。



 そして、ついにそれは顔を出した。


 海竜討伐のために用意された大きな船だが、それが小型ボートに見えるほどの巨体。

 シュヴァイツ王でも簡単に一飲みできるような馬鹿げたデカさだ。


「ファリーダ!」


 ケマルの声掛けに、ファリーダは即座に呪文を唱えた。

 シャディアは短剣をいくつも投擲し、クラーケンの注意を逸らす。


 やがて短剣のひとつがクラーケンの眼を潰し、奴の動きが単調になる。


炎の一撃(アテシュ・ダルべ)


 ファリーダが呪文を唱え終わると、一メートルほどの炎の球が杖から飛び出し、クラーケンの脳天を貫いた。



「全員、船に掴まるんだ!」


 ケマルが叫ぶと同時、クラーケンはその巨体をのけぞって海に沈む。

 その衝撃は高波となり、船が転覆すると思った時だった。


水位統制(レギュラシオン)


 バスティアンが高波に向かって腕を突き出し、魔法を発動させた。


 すると、荒れ狂う海が鎮まり、ポタポタと水滴が落ちる音だけが残った。



「「「「「うおおおおおおぉぉぉ!!!!」」」」」


 野太い勝鬨が静かになった海に響く。


 冒険者らは抱き合い、肩を叩き、生き抜いたことを喜んだ。


 ティンクは先輩冒険者らの連携と巧みな戦闘に目を輝かせている。


 ケマルとバスティアンは互いの奮闘を称え、がっちりと手を握り合った。



 ――それは一瞬の気の緩みだった。


 皆が気付いた頃には既に太陽は遮られ、船はその影に包まれる。


「……へ?」


 誰かの間の抜けた声は、その異常さを際立たせた。



「ギュオオオオォォォォ!!!!!」



 天に向けられたその雄叫びは、それだけで船のいたるところを破壊した。


「お、おい、あれ!」


 冒険者のひとりが指さす先には、クラーケンの触手が垂れ下がった凶悪な口元。

 あれほど巨大なクラーケンを丸呑みにしたらしい。


 甲板に転がる巨大な触手と、その垂れ下がる触手の小ささを比べ、その冒険者は腰を抜かした。


「……ねぇ、あいつこっちに気付いてないかい?」


 冷や汗が滝のように流れているケマルが握手したままだったバスティアンに聞く。


「そのようだ、な……」


 バスティアンも口を開けたまま、ただそれを見上げることしかできない。


「無理。回避不能」


 ファリーダの一言で、船内はパニックになった。



 食事を邪魔されたことが気に食わなかったのか。

 それとも、ただ見付けたからそうするだけなのか。


 あまりにも巨大すぎる海竜は、その口に魔力を溜め始めていた。


「ちょっと、私たちに向けるには大きすぎないかしら?」


 現実味の無い光景にシャディアは苦笑いで冗談めかしたことを言う。


 巨大すぎる海竜の巨大な口には、クラーケンの魔力が霞むほどの魔力が収束されていた。


「……ッ! くるぞ!!」


 海竜の双眸が、ギロリと船を捉えた。



 そのタイミングで何故か船室からサクラが出てきた。

 当然、誰もそれに気付くことはない。


 サクラは、見張り台にいる俺に顔を向けると、頷いた。


 そうか、こいつは“持ってる”のか。


「全力で防御を張れ! 後のことを考えるな!」


 ケマルが柄にもなく叫んでいるが、俺は静かに見張り台から跳んだ。

 その踏み込みで帆柱が折れる。


 冒険者らは全身全霊を賭して各々の魔法で防御を張っていた。

 ティンクだけが海竜へ向かって跳ぶ俺に気付く。



 次の瞬間、俺は海竜の胴に向かって拳を振り抜いた。


 パァーンという破裂音と同時に海竜の身体は真っ二つに千切れて飛ぶ。


 吐き出される直前だった魔力の塊は上空で暴発し、海竜の頭部が弾けた。

 その破片は生臭い雨となって海と船に降り注ぐ。


 甲板にストンと着地した俺をみて、冒険者らは唖然としている。


「うへぇ、汚ぇな。掃除は頼んでもいいか?」


 俺の依頼に返答する者は誰もいなかった。

次回、第26話「ルブラン兄妹」

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