第23話 英雄と海竜討伐依頼
「冒険者登録、及び、Cランクの認定手続きは以上になります」
仕事モードのレナータから、冒険者リングが返却される。
ティンクは嬉しそうにそれを受け取り、指にはめた。
「良くやったぞ、お前たち!!」
ヤオトルは俺たち以上に嬉しそうだ。
彼にとっても肩の荷がおりたんだろう。
試験の報告書にサインをしてくれたバスティアンも俺たちに向けて親指を立てている。
似合わないポーズだが、それがバスティアンらしくて俺も自然と頬が緩む。
ティンクに続き、俺もリングを指にはめた瞬間だった。
ドッと冒険者ギルド内が盛り上がった。
「自由と死の世界へようこそ!」
「人生、楽しんでいこうぜ!」
「俺たちゃ誰よりも好き勝手に生きられる!」
「治療費払え!」
口々に歓迎の声が俺たちへ向けられる。
……最後の奴はあとでもう一発殴っておく。
「ありがとうございます! 頑張ります!」
ティンクは一礼して冒険者らに手を振った。
冒険者らは更に盛り上がり、「かわいいぞ!」「結婚してくれ!」「俺にも鞭をくれ!」と口笛を吹きながら叫んでいる。
そのままギルドに併設された冒険者用の酒場で宴が始まった。
新しい仲間が増えることは、彼らにとっても嬉しいことなのか?
依頼の競争相手が増えるってことじゃないのか。
俺の疑問など小さな問題だと言わんばかりに酒を楽しむ彼らを眺める。
冒険者がよく口にする“生”と“死”。
死と隣り合わせの人生だからこそ、生を心から楽しめるだろうか。
死と最も距離のある俺は?
彼らのように全力で笑える日がくるのか?
俺は首を振る。
そもそもそんなことを考えること自体、俺らしくない。
「なぁ、“アザール”。マウリシオの最期を教えてくれよ!」
酒を片手に俺へ声をかけた名も知らぬ冒険者。
気安く俺の名を口にしている。
「おう、いいぜ」
俺は宴に不釣り合いな思考を捨て、吟遊詩人のように冒険譚を語り始める。
少し離れたところで楽しそうに酒を飲むバスティアンの姿が目に入った。
「最初は路地裏で下っ端の連中に会ったんだ。そこからな――」
その日は少しだけ、旅の目的を忘れられた。
***
「……頭が痛いです」
翌朝、不機嫌なティンクがサクラと一緒に食堂へ降りてきた。
どうみても二日酔いだ。
「酒は初めてだったのか?」
年齢的にもまだ酒を知るのは早い気もするが、獣人族のことはよくわからん。
「やはり私はお酒を飲んでしまったのですね」
イマイチ会話が噛み合わないが、初めてならそんなもんだろ。
「水をしっかり飲んでおけよ」
俺の忠告にティンクは小さく「はい」と返事していた。
サクラは相変わらずだ。
ランク試験とは言え、冒険者ギルドの悩みの種だったマウリシオの討伐は、それなりの報酬が用意されていた。
俺たちは初めて自分たちの金で宿を借り、今日を迎えた。
城や宮殿で用意されていた来賓用のものとは比べ物にならないほど粗末なベッドで一夜を過ごすことになったが、悪くない気分だった。
因みに試験期間中の宿はバスティアンが支払ってくれた。
ありがとう、バスティアン。
俺たちが無一文だと知った時の顔は忘れないぜ。
「今日は休みにするか」
ティンクの様子をみて、俺はそう提案する。
サクラはともかく、ティンクには休みが必要だろう。
ティンクは少し考えるそぶりを見せたが、「すみません」と口にした。
「それじゃ、俺は出かけてくる」
俺は久々のひとり時間を満喫することにした。
***
気になっていた店をいくつか回り、無駄金を使った俺は、何故か冒険者ギルドにいた。
「なんだお前、その大量のゴミ……」
ギルドの扉を開けて早々にバスティアンから酷いことを言われる。
何かの資料を読んでいた様子だが、俺の買い物袋を怪訝な顔で見つめていた。
「失礼な奴だな、掘り出し物ばかりだぞ」
俺の言葉にどこからともなく「ぷっ」と小馬鹿にしたような笑いが起きる。
それはすぐ伝染し、ギルド中が笑いに包まれた。
「……なんだよ」
俺は笑う冒険者らを睨みつけるが、彼らの笑いが止まる気配はない。
「お前、ひっ、そんなガラクタばかりつかまされて、ぷっ、くっくっ」
近くにいた冒険者が笑いを堪えながらそんなことを言う。
「あ? どれも見たことないものばかりだぞ?」
だが、そんな俺の態度は更に彼らを刺激したらしい。
「ダメだ、もう我慢ならねぇ! アザール、お前おのぼりすぎんだろ!」
ギルドは更に笑い声が響いた。
……解せん。
その時だった――
「なんだい? 今日は祭りかな?」
ひとりの男が冒険者ギルドの扉を開いてやってきた。
いや、その後ろには彼のパーティーらしき男女がいる。
「えっ?」
それは誰の口から漏れた声だったか。
あれだけ騒がしかったギルドが静寂に包まれる。
「ケマル……? お、おい! ケマル達が帰ってきたぞ!!」
その叫びとともに冒険者たちは歓声を上げた。
熱狂的な歓迎を受ける男とそのパーティー。
どこかで聞いた名前だ。
「やぁ、ただいま」
ケマルと呼ばれた男は冒険者らの興奮も自然と受け止め、キザに挨拶する。
それが俺と“街の英雄”との出会いだった。
***
「君がマウリシオをやったっていうのは本当かい?」
【ケマル・アル=ナシール】。
Aランクの冒険者であり、この国の英雄的な存在だという。
「そうだ。ランク試験でな」
俺の返答にケマルは目を丸くした。
そのまま無遠慮に俺の前の席に腰かける。
「驚いたな。デビュー戦で彼に辿り着いたのか」
大袈裟にも感じられる反応を見せるが、それが演技でないこともわかる。
ケマルは不思議な男だ。
「試験官はバスティアン」
口を挟んできたのは、彼のパーティーのひとり。
いかにも魔術師という装いの女。
「そうか、バスティアンが。なるほどね」
ケマルはバスティアンをよく知っているらしい。
そんな印象を受けた。
不意に会話が止まる。
そして、ケマルはその整った顔に笑みを深め、俺を誘った。
「これから暇かい? ちょっと一緒に出掛けようよ」
ケマルは俺の返答を待たずに立ち上がり、歩き始めた。
彼のパーティーもそれに続く。
俺はため息を吐いて、立ち上がった。
「飯代はそっち持ちだからな」
ケマルの背に向けてそう言うと、彼は振り返らず「良いよ」と答えた。
手をひらひらさせ、ギルドの扉を開ける。
俺はまたため息を吐いた。
道中、ケマルやそのパーティーからいろいろ聞かれる。
出身地はどこだ、何故冒険者になった、これからどうするつもりだ。
そんな世間話だ。
俺は言葉を濁しながら、淡々と答えていく。
最近、場の雰囲気に流されがちな自覚はあるが、今日は特に酷い。
そんな他愛もない会話を続けているといつの間にか街を離れ、森に入っていた。
「おい、どこまで行くつもりだ?」
流石に陽が落ちる前には宿へ帰りたい。
これ以上森の奥へ進むと、まともに夕飯も食べられなくなる。
「……意外と遅かったね」
ケマルの発言の意図がつかめず、首を傾げて続きを促す。
「もっと早くにそう言うと思ってたんだ、ごめんね」
そう言うと、彼のパーティーが散開し、俺を囲んだ。
ケマルは笑みを浮かべたまま、俺を見つめている。
「……どういうつもりだ?」
俺は多少の殺気を込めて問いかける。
「へぇ。やっぱり只のルーキーじゃないよね」
ケマルもまた、笑みは浮かべたままだが剣呑な空気を出す。
俺を囲むパーティーのメンバーからは、緊張が伝わってきた。
「簡単なことさ。ギルマスから君と一緒にあの海竜を討伐するよう言われてね」
俺は黙って睨み続ける。
「いろいろ疑問はあるけど、こうすれば手っ取り早いからさ」
そう言うとケマルは抑えていた魔力を解放した。
ケマルを中心として風が舞い、森の木々が軋む音が響く。
その足元は抉れ、削れた土が風に乗って空へ飛んでいった。
「やる気なら遊んでやってもいいぞ? 命を賭けるか?」
俺は殺気を強めてケマルに迫る。
抑えている魔力も、少しだけ解放した。
「……おい! ケマル!」
パーティーの戦士が大量の汗を流しながら叫んだ。
他のパーティーメンバーも脚が震えている。
すると、ケマルは笑いながら魔力を抑え、風も止んだ。
「ごめんね」
そう言って手を合わせて片目をつぶる仕草は、彼にしか許されないだろう。
「お茶目が過ぎるぞ」
俺もそう答え、殺気と魔力を抑えた。
森に静寂が戻る。
その瞬間、ケマルのパーティーメンバーはドカッと腰が砕けたように座った。
次回、第24話「海竜討伐臨時パーティー」
更新は来週になる予定です。




