第22話 バスティアン・ルブラン
「おい、海賊共を片っ端から潰していくんじゃダメなのか?」
俺は遅々として進まない現状に苛立っていた。
冒険者ギルドでの一件から、既に三日が経過している。
「お前は馬鹿か。そんなこと許される訳がないだろう」
躊躇なく俺を叱る男は【バスティアン・ルブラン】。
Bランクの冒険者であり、現在、俺たちが受けているランク試験の試験官だ。
「でも、何も手掛かりがありません。私たちの船も反対側の港にありますし……」
ティンクもついには弱音を吐くようになってしまった。
そもそも船があったとして、広大な海で特定の海賊を見つけることなど可能なのか?
「お前らなぁ。これが試験だってことを理解してるのか?」
何度目かわからないバスティアンのため息交じりの呆れ。
「細かいことは向いてねぇ。もっと単純でわかり易いのが好きだ!」
俺も自分のテンションが迷子気味であることを自覚している。
同じようなセリフを吐いたのも初めてじゃない。
バスティアンのため息が痛い。
ティンクは申し訳なさそうにしつつ、どこか諦観の念が帯びている。
サクラは何故かひとり宮殿に戻ってしまい、どこで何をしているのかわからない。
「どこにいるんだよ、モウリシオ・オロピザ……」
俺はランク試験の達成条件である賞金首の海賊の名を呟く。
「アザールさん、“マウリシオ・オロペサ”です」
ティンクから即座に訂正のツッコミが入る。
サクラが近くにいないことも起因しているだろうが、元気のない様子だ。
だが、最近はその分、俺への遠慮がなくなってきている。
「お前、ターゲットの名前くらいちゃんと覚えとけ」
正論過ぎるバスティアンの指摘にも、俺は答える気力もなかった。
***
三日前、冒険者ギルドの一室にて。
レナータに叱責され一回りは小さくなったヤオトルから試験内容を聞かされた。
内容は「海賊マウリシオ・オロペザの排除」。
生死問わずの賞金首となっている海賊団の船長を排除せよというものだ。
やはりこいつも海竜の出現以降に賊化した元商人らしい。
面倒なのは、こいつは切羽詰まって賊化した訳じゃないという点だ。
レナータの補足説明によると、マウリシオは貴金属を取り扱う商人として成功していた人物だったが、海竜とその影響による賊化の流れを先読みし、金に物を言わせて困窮する商人や漁師を配下に引き込み、瞬く間に大規模な海賊団を組織したという。
「なんだ、じゃあ本人はただの雑魚か」
俺の指摘にヤオトルは肯定しつつ、注意を促した。
「奴には剣も拳もないが、金と頭がある。配下には強力な魔法使いがいることも調査でわかっているんだ。ターゲットはマウリシオという個じゃねぇ、組織だ」
消費の街の治安悪化は、海竜より寧ろマウリシオが原因とする声も多いらしい。
単純に殴って終わりじゃない依頼。
冒険者ギルドが躍起になって探しているが、本人に辿り着いた者はいない。
正確に言うと、本人へ辿り着いたとしても生きて帰った者はいない、ということだ。
さぞ優秀な護衛がいるらしい。
この時の俺は「まぁ楽勝だろう」としか考えていなかった。
――そして、今に至る。
***
「バスティアンさん、どうか海賊の探し方を教えてください」
酒場で俺は何百年かぶりに敬語を使って懇願してみた。
バスティアンは「気味が悪いな」と反応し、俺は深く傷付いた。
手に持ったジョッキを机に置き、俺を諭すように言う。
「馬鹿言うな、俺は試験官だぞ? そんなことしたら俺がギルドから追放されちまう」
「そこをなんとか、バスティアン様! 何でもします!」
俺は嘘泣きまでしてバスティアンにすがるが、「気持ち悪い」と言われるだけ。
「……お前、酷すぎないか?」
文句を言っても、バスティアンは「酷いのはお前だ」と涼しい顔だ。
「アザールさん……」
そんな俺をティンクは哀しそうな目でみる。
やめろ、憐れむな。
「はぁ、ったく」
バスティアンの醸す雰囲気が変わったことに、俺は頬を緩めた。
この男はBランクのベテラン冒険者。
海賊専門のバウンティハンターとして実績を上げてきた、と紹介された。
海竜以前と以後では海賊の様子がかなり異なるらしいが、それでもブルサ王国においてバスティアンより海賊に詳しい存在はいない。
腕は確か、ギルドからの信頼も厚い。
どう考えても問題児である俺たちの試験官を任されるほどだ。
「これは俺の独り言だがな」
そう切り出して、バスティアンは海賊を追う際のコツをぼそぼそと言い始めた。
不器用な男だ。
定型文句を恥ずかしそうに口にしてまで、俺たちにアドバイスをくれる。
その職責からは非難されるべき行動だろう。
だが、この男はたった三日の内に俺たちへ情が移っているんだ。
この世界で出会った、初めての好ましい人間と言える。
もちろん口に出すことはないが、俺はこの男が気に入っていた。
試験官といえども、この依頼は命の危険が伴う。
俺たちが海賊を討伐する様子を監視するということは、その距離に身を置くということだ。
冒険者ギルドがこれまで尻尾をつかむこともできなかった大規模な海賊団。
前評判通りなら、非常に狡猾で組織立った相手。
だが、バスティアンは一度も自身の危険について言及したことがない。
俺たちの身の安全については、耳に胼胝ができるほど繰り返すくせに。
思えば、その時点である意味「試験官失格」ではあったのかもな。
俺はニヤついた顔を隠そうともせず、ジョッキを仰いだ。
どうやら丁度、バスティアンの独り言も終わったらしい。
「ん? なんだ?」
バスティアンが何故か怒りを必死に抑えている様子だ。
ティンクも心なしか、俺にやや軽蔑のこもった視線を向けている気がする。
「アザールさん、聞いていましたか?」
ティンクのため息交じりの問い。
物思いにふけっていた俺は、バスティアンの独り言など耳に入っていなかった。
あ、やべぇかも。
「お、おう! モウリなんとかは金が好きなんだよな!」
取り敢えず適当なことを言ってみるが、不正解だったらしい。
バスティアンから血管がブチ切れるような音がした。
「ほう、流石アザールだ。ターゲットの特徴をよく捉えている」
皮肉を言うバスティアンの身体は怒りで震えていた。
「よし、ティンク。今日は帰ろう、そうしよう」
「えっ?」
急に席を立った俺にティンクは驚いていた。
「すまんなバスティアン、今日も奢ってもらって」
後輩ムーブをかまして逃げようとしたが、バスティアンが立ち塞がる。
「歯ぁ食いしばれよ?」
震える声でバスティアンがそう言うと同時に拳が俺に迫ってきていた。
完全に俺が悪い。
俺はその拳を受け入れることにした。
ゴキィという音とともに俺は吹き飛び、酒屋の壁にあたって止まる。
痛くないはずの頬は、ちょっとだけ痛い気がした。
***
翌日、ランク試験四日目。
俺はティンクからバスティアンの独り言の内容を聞き、大胆な行動を開始した。
“曰く、金持ちの海賊は街の有力者とのパイプを重視する”
俺たちは港周辺にある金持ちそうな家を回って、片っ端から揺さぶりをかけた。
“曰く、航海に必要な物資は略奪する他、正規のルートでまっとうに仕入れる”
俺たちは海に関する商売をしている店を回って、片っ端から揺さぶりをかけた。
“曰く、陸にいる時間は意外と長く、アジトの他は酒場か娼館で身体を休める”
俺たちはスラムと酒場、娼館を回って、片っ端から揺さぶりをかけた。
“曰く、連中は嗅ぎ回られていると知ると、向こうから挨拶に来る”
そして、ついに路地裏で奴らと出会った。
「よぉ、兄ちゃんたち。火遊びに夢中らしいじゃねぇか」
声をかけてきたのは、見るからにチンピラ然とした五人組。
俺はティンクに目をやると、頷きが返ってきた。
「どうした? ビビっちまって声も出ねぇか?」
ギャハハハハという下品な笑い声を上げるチンピラたち。
「良いさ、女は畜生だが顔は悪くねぇ」
思わず殺してしまいそうになるが、我慢だ。
“絶対に下っ端は殺すな。口の軽い貴重な情報源だ”
俺は(ティンクから聞いた)バスティアンの言葉を思い出し、気を鎮める。
「お前たちは口しか動かせないのか?」
俺の煽りに面白いほど激怒するチンピラたち。
唾を飛ばしながら何か叫んでいるが、もう俺の耳には届かなかった。
カットラスを抜き、俺に襲い掛かってくる様子は素人に毛が生えたレベルだ。
「風の鞭!」
ティンクの魔法によって、呆気なく終わった。
次回、第23話「英雄と海竜討伐依頼」




