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第20話 冒険者登録

「い、以上で冒険者登録は、か、か、完了です!」


 若いギルドの受付嬢が震えながら俺とティンクの登録作業をしてくれた。


 ティンクは公式な冒険者の証である白銀のリングを嬉しそうに眺めている。


 “冒険者リング”と呼ばれるこれは、冒険者ギルドが古くから受け継ぐ技術の結晶らしい。

 魔力の波紋を記録し、個人の識別を可能にする魔道具だ。


 依頼の受注や達成なども記録され、更にはギルド銀行の鍵の役割まであるという。

 他にもいろいろと機能の説明を受けたが、覚えきれないほどだった。


 これから使う中で少しずつ覚えていけば良いだろう。



 俺たちは左の人差し指にリングをはめる。

 どういう仕組みか理解できないが、驚くほどにピッタリと違和感なく装着された。


「ありがとうな」


 俺はひとまず無事に冒険者ギルドへ登録できたことに安堵した。


 受付嬢は俺の御礼に「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。


 原因は間違いなく、ギルドの床に転がっている冒険者たちだ。


 無謀にも俺に襲い掛かった連中は、軽く遊んでやって今に至る。

 当然、命を奪うようなことはせず、後遺症がでるような怪我も負わせていない。


 彼らには現在、俺の威圧で失神してしまった冒険者たちの処理をお願いしている。

 中には近寄ることすら躊躇われる状態の奴もいるからな。


 今後、長い付き合いになるかもしれない冒険者ギルドだ。

 粗相には早急に対処すべく、俺がお願いすれば彼らは快く引き受けてくれた。


「どの口が言う」


 サクラが何か言ってきたが、無視だ。

 ナチュラルに俺の心の声を聞き取りやがって気味が悪い。


 そもそも口に出してないのだからセーフだ。


「……」


 なおも心の声を聞いているのか、サクラが無言で俺を睨みつける。

 眼を閉じたまま睨みつけるとはいったい……。


「私も手伝った方が良いのでしょうか」


 あまりの悲惨な光景にティンクがそんなことを言う。

 ひとしきりリングを眺め、やっと周りに目が向くようになったらしい。


「良いだろう、あいつらが好きにやってることだ。そうだろ?」


 俺がそう問いかけると、まるで訓練された兵士のように冒険者たちは「はい!」と即座に声を揃えて返事をした。


 ティンクは少し申し訳なさそうな顔をしながらも、冒険者らが冒険者らを掃除する様を黙って眺めるようにしたらしい。


 サクラは必死に堪えているようだが、どう見ても笑っていた。


 こいつ、尾が足りないとかで体調不良じゃなかったか?



「あ、あの……」


 しばらく冒険者たちを眺めていると、受付嬢が声をかけてきた。


 なんだと聞くと、やはり小さな悲鳴を上げる。

 流石に面倒になったので、ティンクに目で合図し、会話を引き受けてもらう。


 ティンクが「なんでしょうか」と改めて聞くと、受付嬢はあからさまにホッとした様子をみせた。


「おふたりはランク試験を受けられますか?」


「ランク試験、ですか?」


 一通り冒険者に関する規則や制度の説明を受けたが、また知らない単語がでてきた。


 ティンクが聞き返すと、受付嬢は詳細を説明し始める。


「ランク試験というのは、実力に見合ったランクを査定する試験です」



 冒険者として登録する際、一般的にはGランクから始めることになる。

 だが、傭兵や騎士などの経験者を冒険の素人と同列に扱うことは適切ではない。


 そこで特例措置的にランク試験を受験し、適正なランクから始めることが可能だという。


「ちょっと待ってくれ、レナータちゃん!」


 そう割り込んできたのは、冒険者の掃除をしていた男のひとり。

 顔面は俺に殴られ、ボコボコだ。


 レナータというのは、この受付嬢の名前だろう。


「どうかされましたか?」


 受付嬢は、冒険者の男には物怖じすることなく毅然とした態度をとった。


 今更そんな態度をとっても無駄だろうとか、この男も冒険者の中ではそれなりの実力じゃないのとか、いろいろ疑問は生じるが黙っておく。


「こいつらにランク試験を受けさせるつもりか?」


「まだ決定事項ではありませんが、その資格はあるかと」


 受付嬢は淡々と答えるが、冒険者の男は納得がいかないようだ。


「こいつは強ぇ、それは認めるしかねぇ。だけど冒険は素人だろう?」


 俺はその言葉にムッとするが、否定しようにも言葉が出てこない。


 男は俺たちの服装や装備といった具体的な指摘をしながら、受付嬢に訴える。


 ティンクの航海術は優れているし、俺だって冒険の心得くらいある。

 だが、それを説明したところで所詮は口先だけのものでしかない。


 事実、俺たちの装いはプロの冒険者と呼べるレベルじゃないだろう。

 サクラなんて車椅子だしな。



 なんでこいつが俺たちのランクに関して必死に口出しをしているのか不明だが、冒険者の業界における何か矜持みたいなものがあるらしいことは解る。


 私怨というより、冒険者を代表しているかのような口ぶりだからだ。


「マテオ、その辺にしておけ」


 俺たちが黙っていると、カウンター奥から凄まじい筋肉をまとった男がやってきた。

 ブルサ王国民らしく耳は長く背は低いが、その面構えから只者でないことは明らかだ。


「レナータはランク試験の手続きを進めろ」


 冒険者や受付嬢に自然な様子で命令しているところから、ギルドの役職者だろう。


 レナータは「はい」と返事をした後、手早く事務作業に取り掛かった。


 ……興味はないが、顔面ボコボコの突っかかり男の名はマテオというらしい。


「お前は?」


 想像通りであろうが、俺なりの礼儀として誰何しておく。


「俺はヤオトル、このギルドを預かる者だ」


 ティンクはハッとした様子で軽く会釈した。

 ヤオトルはそれを見て満足そうに微笑んだ後、俺を睨みつける。


 身長は俺の方が圧倒的に高いのだが、まるで見下ろされているような感覚を覚える。


「それで、随分と好き勝手してくれたな、アザール?」


 俺は思わず舌打ちをした。


 名前を既に知ってやがる。


 すんなりランク試験の手続きを進めさせたところから、俺たちが入国時に海賊を捕らえたことも知っていると考えるのが妥当か。


 その際にティンクや俺の旅路や実力を見聞きしたとすれば、納得がいく。

 この国の冒険者をまとめる立場だ、情報は早いだろう。


 流石にサクラ関連やシュヴァイツでの出来事まで把握しているとは思えない。


 いや、それも可能性として想定しておくべきか?


 兵士と俺のやりとりを見ていたなら、少なくとも俺たちがシュヴァイツ王と関係を持っていることくらいは辿り着く。



「……お前、どこまで知ってる?」


 俺は先程以上の威圧をヤオトルに向けるが、ヤオトルは平然としている。

 当然ながら、俺の質問に答える気はないようだ。


 俺の後ろでは、やっと気を取り戻していた冒険者がまた失神していた。


 マテオの野太い叫びが響く。


 なんかすまん、マテオ。


「まぁ良い、それよりもランク試験だ」


 ヤオトルの一言で、俺たちは場所を移動することになった。



***



「先ずはこれだ」


 そう言ってヤオトルが見せてきたのは、半透明な四角推の魔道具。

 冒険者リングもそうだが、この国で見てきた高度な魔道具のどれよりも理解不能だ。


 俺は魔道具のことなど何もわからないが、凄まじい技術が使われていることはわかる。


「手をかざして魔力を込めるだけだ」


 ヤオトルは手本を見せるように実演する。


 ”クアドラ・エレメンタリス”という名の魔道具は、ヤオトルの魔力を受けると底面にある辺上の一点が力強く輝かせた。


「底の各頂点は四属性を意味している。こうやって光った位置から自分の属性がわかるって仕様だ」


 ヤオトルの言う通り、各頂点には火風水土の意匠が刻まれていた。

 光は土の頂点に近い位置にある。


「俺の得意な魔法は土だ」


 俺はなるほどな、とこぼす。


「頂点ではなく、辺の部分が光っているのは何か意味があるのですか?」


 ティンクの素朴な疑問にヤオトルは嬉しそうな顔を見せた。


 改めて光の位置を確認すると、火と土の頂点を結ぶ辺の上に光がある。


「俺は火の魔法も多少は使える。そういう意味だ」


 端的だが解り易い。

 つまり、得意不得意はあるが、基本的に二属性の魔法に適性があるということだ。



「水や風の魔法は使えないのか?」


 俺は確認するように問うと、ヤオトルは「そうだ」と答えた。


 元居た世界の魔法体系と異なるようで、なかなか興味深い。


「だが、解せんな。冒険者にとって自分の技は隠しておきたいんじゃないか?」


 俺は魔道具の説明を受けたときから感じていた疑問を投げかける。


 ヤオトルは少しだけ言葉を選ぶような間を取り、口を開いた。


「言いたいことはわかる。だが、ギルドの立場からはそうも言ってられん」


 俺は首を傾げて続きを促す。


 ティンクもヤオトルの言葉に集中していることがわかった。


「依頼内容によって属性の向き不向きは明確だ。奴らにとっちゃ余計なお世話だろうが、俺は奴らの命を預かっているつもりだ。だからこそ、ここは譲れん」


 もちろん、ギルドからべらべらと各冒険者の情報を流すことはしない。

 依頼の采配によって、なんとなく漏れることはあるだろうが、線引きは守る。


 そう語るヤオトルは、冒険者ギルドの責任者として間違っていないだろう。



「わかりました。私は問題ありません」


 ティンクはヤオトルが言葉を切ると、そう言いながらすぐに前へ出てクアドラ・エレメンタリスに魔力を込め始めた。


 ヤオトルの時と同様、力強く光り輝く。


 解ってはいたが、やはりティンクは風の属性が得意らしい。


「えっと、これはどういう意味でしょうか?」


 納得する俺とは対照的にティンクはやや不安そうに質問する。


「……ん? あぁ、すまん」


 ヤオトルはヤオトルで、何か考え事でもしていたのか。

 ティンクの問いに反応が遅れる様子は、らしくなかった。


「は? いや、こりゃあたまげたな!」


 光の位置を確認したヤオトルの反応も、独特だった。


 俺も改めて光の位置に注目する。


「頂点が光ってるのか」


 つい先程の説明と解釈が覆される結果だ。


 基本的に二属性の魔法が使えると思っていたが、そうじゃない場合もあるのか。


「私は風の魔法しか使えないのですか?」


 ティンクの不安が増している。


 風に比べて劣るとしても、火か水の魔法が使えるという期待があったのだろう。

 戦闘には使えるレベルに達しないにしろ、いずれの属性も非常に便利そうだからな。


「そう言うと、そうなんだがな」


 風の魔法しか使えない。

 それをヤオトルに肯定されてしまい、ティンクは不安を通り越して絶望しそうだ。


 歯切れの悪かったヤオトルは、そんなティンクを見て焦ったように告げる。


「ま、待て、違う! 確かにお前は風の魔法しか使えないが、それは卓越した魔法使いになれる可能性を意味する!」


 どうやら、面倒臭そうな話になりそうだ。


 絶望から呆けた顔になり、希望に満ちた顔へ変わっていくティンク。

 芝居がかってきたヤオトルと相まって、俺はため息がでる。



 不気味なほど黙ったままのサクラに視線を向けると、いつもの無表情だ。

 目は常に閉じられているので、余計に何を考えているのかわかりづらい。


 スースーという小さな呼吸音がするだけだ。


 ……こいつ、寝てるだけじゃねぇか?


 よくわからん魔法の話で盛り上がっているティンクとヤオトル。

 ひとり呑気にヴィネグレットで寝ているサクラ。


 俺は再び出るため息をとめようとはしなかった。

次回、第21話「支店長と受付嬢」

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