第19話 冒険者ギルド
ドネル・ケバブを食べながら街をぶらつく。
この辺りは工房が多いらしく、煙突からはモクモクと煙が上っている。
精緻な幾何学模様の絨毯や衣服、精巧な機械仕掛けの小道具。
何に使うのかわからない魔道具や逸品だと一目でわかる武具の数々。
様々な工房を覗くだけでも楽しい街だ。
接客する職人たちは口数も少なく無愛想だが、仕事への誇りを感じさせる。
煤けた街でありながら、驚くほどに秩序立った都市開発。
少しの間、俺は自分の呪いのことなど忘れ、純粋に旅を楽しんでいた。
「製品が高性能であることはわかるんですが、何か偏っています?」
それはティンクの素朴な疑問だった。
確かに、工房で売られている製品は種類も数も少なく感じた。
「どれも実用的というより、職人の腕を見せるようなものばかりだな」
「私もそう思います」
そんな会話をしていると、屋台で果物を売っていた男が声をかけてきた。
「そらぁここは“生産の街”よ。旅の準備がしたいなら東へ行きな」
男が言うには、この国は東西で毛色がだいぶ違うらしい。
今いる西側は主に工房と職人が多く住む“生産の街”。
一方、国の東側は商人や冒険者が多く住む“消費の街”と呼ばれるそうだ。
「なるほどな。海竜が暴れているっていうのは東の海なのか?」
ふと気になったことを聞いてみる。
「海竜だぁ? あぁ、なんだか東の連中が騒いでいたなぁ」
だが、その男の態度に違和感を覚える。
あまりにも他人事のように話すからだ。
「この国の人間だろう? 詳しくは知らないのか?」
俺がそう疑問を投げかけると、男は豪快に笑った。
「お前ぇ、東なんざ別の国みてぇなもんよ」
何が面白いのかわからないが、男は笑い続ける。
あんなチャラけた連中と一緒にするな、とは男の弁だ。
「そんなもんか」
俺が曖昧な相槌をすると、男は手をひらひらとさせながら雑踏に紛れていった。
長い歴史がある国だと聞いていたが、奇妙な分断があるみたいだな。
***
消費の街に入ったと、瞬間的にわかった。
街に漂う空気や匂いがまったく違う。
スパイスの香りは強烈になったが、煤の匂いは微かに感じる程度。
建物の造りは似ているが、どこか雑多な印象がある。
「似てるようでまったく違いますね」
ティンクも俺と同じような感想を抱いていた。
似ているからこそ、その違いが鮮明になる。
「取り敢えずは情報を集めるぞ」
そう言って俺たちは消費の街も散策することにした。
サクラの乗ったヴィネグレットを押すティンクは少しだけ慎重になる。
人が多く、道がやや荒れているからだ。
しばらく歩いていると、勝手に噂話が耳に飛び込んでくる。
「また今朝も海竜が出たらしいぞ」
「今週だけで何回目だ!? 本当に勘弁してくれよ」
「国の兵士もダメ。頼みの綱だったケマルも長期の依頼中でずっと不在」
「どうしろっていうんだ! 本当に俺たち死んじまうぞ」
活気に満ちた街である反面、海竜の被害によって逼迫していることも事実らしい。
売り込みの激しい商人たちにたじろぐティンクを横目にその落差を感じる。
騒がしい街。
どこからでも聞こえる売り声や音楽、そして酔っ払いの喧騒。
嫌いじゃないが、ちぐはぐした印象が拭えないな。
旅人相手に儲けようと声を上げる連中は、どこか生きるのに必死な様子だ。
「港の方へ行ってみるか」
俺たちは“商品”である手工芸品や魔道具を売っている店を冷やかしながら海を目指した。
***
「非常に困った」
俺は人の往来の激しい道の真ん中で仁王立ちしていた。
ティンクが申し訳なさそうな顔をして俯いている。
そう、俺たちはとても困っていた。
とにかく金が無い。
ここ“消費の街”は魅力的すぎた。
どこの店を覗いても洗練された製品が並び、武具のレベルも高い。
つい手を出したくなるものはいくつもあったが、先立つものが無かった。
「考えてみたら、当たり前だよな」
女神から飛ばされてこの世界に降り立った俺。
長年封印されていたサクラ。
貨幣経済などあり得ないド田舎の雪国から出てきたティンク。
寧ろ、今までどうやって生活していたんだと疑うレベルだ。
「何故か各国の王からご厚意をいただいていたので……」
そうなんだよな。
宿も取らず、来賓用の客室で寝泊まりしてきた。
ティンクもド田舎の部族とはいえ、姫だったし。
「金を稼がなきゃな」
俺は世知辛さから天を仰いだ。
ブルサ王国の空は相変わらず煙が多い。
「あの! アザールさん!」
するとティンクが珍しく俺に向けて声を上げた。
「私、冒険者ギルドへ行ってみたいです!」
ブルサ王との会話から、それは明白だった。
そして、俺たちに残された唯一の手段でもあるだろう。
「そうだな、行ってみるか」
俺たちは予定を変更し、冒険者ギルドへ先に寄ることにした。
***
金色のドームを抜け、冒険者ギルドを目指す。
海が近くなってきたのか、スパイスの香りに交じって潮の香りが漂ってきた。
海竜に関する噂話は海に近づくにつれて増えていく。
どこぞの船の船乗りが消えた、奴らも海賊になったに違いない。
ミラリアの商人が反対を押し切って船を出したが、数日後に荷だけが港に戻ってきた。
そんな話は珍しくなかった。
船乗りやその関係者だろうか、街で見かける人々の顔は道を進むごとに暗くなっていく。
やがてひとつの大きな建物に辿り着く。
ブルサ王国では浮いたデザインの造りをしており、剣と盾の看板が掲げられている。
知らずともわかる、冒険者ギルドだ。
ティンクの瞳には期待が込められている。
俺も少しだけ自分が興奮していることを感じていた。
自分の呪いを解くための旅。
不本意ながら他に選択肢のない旅。
だが、それでいて旅を彩る“冒険”はなかなかどうして魅力的だ。
俺は自分の中に未だそんな感情があったのかと驚きながらも、自然と歩みが早くなる。
「アザールよ」
俺の静かに燃え始めた熱を冷ます呼び声。
感情のこもっていない冷酷さを感じるその声は、俺に向けられている。
「なんだ?」
俺はやや不機嫌になりながら、足を止める。
「そなたも冒険者に登録するつもりか?」
意図の掴み辛い、それでいて誤った回答は許さないという意志を感じさせる問い。
俺は不快感を隠すことなく、サクラに言い放った。
「そのつもりだが、何かあるのか?」
ティンクは急に険悪な雰囲気になった俺たちをみて動揺する。
サクラは俺の脅すような物言いに反応のひとつもみせることなく、続けた。
「多少派手にやれ」
「……は?」
多少“派手にやれ”?
まったく予想外の内容に俺は思考も身体も固まる。
ティンクも固まっていた。
「少しばかり抑えている魔力を解放するだけで良い。連中に舐められると面倒だ」
俺はティンクを見る。
目が合うと、ティンクは首を横に振った。
正直、意味がわからない。
俺としては普通に冒険者登録して、海竜の詳しい情報を得たいだけだ。
機会があれば海竜と戦ってみたいとは思っているが。
「……仕方ない、ちょっと遊んでやるか」
だが、俺も考えが変わった。
サクラは一見するといつもの無表情だが、笑みをかみ殺しているように見えたからだ。
「えっ? サクラ様? アザールさん?」
状況が飲み込めないティンクはおろおろとしている。
サクラはどこか楽しそうだ。
俺はずんずんとギルドに向かって歩き始める。
バンッと派手にギルドの扉を開け、俺は吠えるように用件を伝えた。
「俺が冒険者登録に来たぞ!!」
同時に俺はいつも抑え込んでいる魔力を解放する。
若干殺気を込め、威圧するように。
その瞬間、一斉にこちらを向いた冒険者らが泡を吹いて失神していく。
気を失わなかった冒険者の多くも腰を抜かして転げ回った。
床には酒や食事がぶちまけられ、僅かに特有の刺激臭も鼻をつく。
――阿鼻叫喚だ。
「やべ、やりすぎたか?」
俺の呟きを拾えたのはティンクだけだろう。
そのティンクはあまりの事態に顔を青くしている。
サクラは声をあげて笑っている。
……デジャヴか?
武器を構え警戒している高ランクらしい冒険者らをみて俺はため息がでる。
無事だったのは数えるほどだ。
「えっと、冒険者登録ってどうやったらいいんだ?」
俺は両手をあげ、おどけながらそう言ったが、時すでに遅し。
決死の覚悟の顔をした冒険者らが俺に向かって駆けだす。
ちょっとふざけただけなのに。
野太い男たちの「行くぞ!」という声とサクラの笑い声がギルドに響いていた。
次回、第20話「冒険者登録」




