第18話 歯車の狂い始め、あるいは職人王の憂鬱
黙って王の後を追っていると、小さな工房に入室を促された。
「これは……すごいな」
思わず声が漏れる。
壁一面に並んだ大小の時計。
星々の運行を告げるような秒針の歌が一斉に沸き立つ。
大理石の床には煤けた旋盤や用途も分からない歪な微細工具が整然と並べられている。
机には天文学に関する資料だろうか、幾何学の図面が覆い尽くすように広げられていた。
「俺の工房だ。勝手に触るなよ」
そう言うブルサ王は、どこか嬉しそうだ。
まるで子どもを愛でるような優しい瞳で部屋の時計を眺めている。
「ゴーレムじゃないんだな」
俺の素朴な疑問にブルサ王は鼻を鳴らした。
「どこで聞いたか知らんがな、ウチは今それで大慌てよ。大臣らが必死で研究しておった資料が何者かに奪われてな。どこに行っても裏切り者探しだ。俺は国の職人がそんなことをするはずないと言ってるんだが、どうも連中は……」
側近もいない王の私的な工房。
吐露する相手もいなかったのか、王の口から自然と愚痴が漏れる。
「すまねぇ、俺らの問題だ。それで、お前さんが“女神の巫女”だな」
ブルサ王の瞳が急に鋭さを増す。
ティンクが警戒するように、やや毛が逆立った。
「そっちの嬢ちゃんは心配するな。なに、俺は女神の巫女を直接見たことがねぇ。シュヴァイツの野郎からよく聞いてはいたがな、どれ……」
ブルサ王は引き出しから取り出したモノクルをかけてサクラを見る。
「ほぅ、別嬪さんだな」
ティンクは口を開けてしまった。
「だっはっはっ」
俺は腹を抱えて笑ってしまう。
ティンクはなおも口を開けたまま呆けている。
「ブルサ王よ、いろいろと教えてくれ」
俺は震える肩を必死に抑えながら、ブルサ王へ敢えて大雑把に質問する。
ブルサ王もまた、豪胆な笑みを浮かべて「おうよ」と答えた。
***
ブルサ王の話をまとめると、現在、この国が瀕している危機はふたつ。
ひとつは、ゴーレム技術に関する国家機密情報の漏洩だ。
何者かによって極秘文書が盗み出され、研究が中断しているらしい。
王は外部犯を疑っているが、何故か多くの重鎮は内部犯を疑っている。
国の一大事を内輪揉めに利用されているのではないか、というのが王の見立てだ。
豪快なブルサ王もそれ以上のことは話さなかったため、俺も追及は避けた。
もうひとつは、島東側の近海に姿を現した海竜だ。
前兆もなく突如現れた海竜は、沖合の船という船を襲い、被害は甚大だという。
「奴は漁船も商船も無差別に襲う。おかげで商売あがったりよ」
ブルサ王の様子から、その逼迫具合がわかる。
「海賊が増えたのもその影響か?」
「あぁ、その通りだ。食い扶持を失った船乗りの多くが賊に堕ちやがった」
最初は漁船の船乗りだった。
彼らは海にでることができないと稼ぐことはできない。
海賊に堕ち潰れるのは早かった。
やがて海を渡る商人たちも賊化していく。
彼らは最初こそ陸で商売をして何とか収入を確保していたが、長くは持たなかった。
既存の陸の商人との衝突、なにより仕入れも卸しも航海なしには続かない。
ついには海を守る国の兵士までもが海賊になっていった。
海に誇りを持っていた彼らは、陸の職務に耐えられなかった。
海賊となった彼らは海竜を避けるように西へ行き、そこで暴れ始める。
俺たちを襲った海賊も、そんな彼らの一部だった。
「海竜はそんなに強いのか?」
シュヴァイツほどでないにせよ、ブルサ王国にも屈強な戦士はいるはずだ。
港で出会った兵士は微妙だったが、その他の兵士の練度は悪くなかった。
そもそも、ブルサ王国は技術大国。
対大型魔物用の魔道具などがあれば、個人の力量以上の成果が得られるんじゃないか?
「奴は謎に満ちている。俺も一度だけこの目で見たが、尋常でない魔力を感じた。それでいて知性はまったく感じられず、ただ自身の力に振り回されているかのように暴れる。これまでの常識が通じん相手だ」
目を伏せながら話すブルサ王には、諦観の念すら見て取れた。
「俺が倒してやろうか?」
それは考えるよりも先に口から出た。
「……ならん。お前なら奴をどうにかすることができるかもしれんが、既に俺の手を離れた」
ブルサ王は、俺の言葉に少しだけ笑みを見せたが、すぐ顔に影が落ちた。
「どういうことだ?」
「冒険者ギルドへ正式な依頼を出した。国家の緊急クエストだ。報酬は冒険者が一生遊んで暮らせるだけの額に設定したが、誰も名乗りを上げん。ケマルなら、もしやと思ったんだがな」
詳しく聞くと、冒険者ギルドというのは端的に言って仕事の斡旋業者だ。
冒険者として登録している者が、ギルドが仲介する仕事を請け負う仕組みらしい。
そして、依頼者はギルドに仕事を発注した以上、ギルド以外にその仕事を依頼することができない決まりになっている。
「国なのにギルドと対等な契約なのか?」
俺の質問ばかり続いてしまうが、気になった点をぶつける。
ブルサ王は一方的に質問攻めされても、嫌な顔せず答えてくれた。
「冒険者ギルドは超国際的な機関だ。あらゆる国から拘束を受けない。もちろん、各地ではその国の法律を守ってもらうがな」
「そういうもんか」
冒険者に登録するような連中は、根無し草のような者が多いそうだ。
俺たちも似たようなもんだな。
「冒険者には、獣人でも登録できますか?」
ずっと黙って聞いていたティンクが、急に声を上げた。
その言い方に俺は眉をひそめる。
「なんだ、嬢ちゃんは冒険者になりたいのか?」
ティンクはブルサ王の何気ない問いに真剣な顔で考え込む様子を見せた。
「わかりません。ただ、冒険者は獣人が名誉を得られる唯一の手段だと聞いたことがあります」
そこには、普段は見せないティンクの本音があったような気がした。
「確かにそうかもしれねぇ。だが、簡単じゃねぇぞ」
獣人族に対する差別が少ないとされるシュヴァイツやブルサ王国でも、ティンクを軽んじる相手はいた。
純粋な人族が住む他の国では、それ以上に露骨であろうことは想像に難くない。
「冒険者には誰でも登録できる。嬢ちゃんも、お前もな」
ブルサ王は俺を見てそう言った。
「女神の巫女は、やめておいた方がいいだろうな」
続けて、サクラを見ながら言った。
俺が疑問を口にする前にサクラが急に答える。
「私が冒険者に登録する訳がなかろう」
それはとても冷たい声だった。
「そうだろうな。それよりもお前さんはその耳と尾を隠しておけ」
ブルサ王の唐突な忠告にサクラは少し間を開け、そして何やら唱えると耳と尾が消えた。
ティンクはもちろん、俺も驚いた。
「お前、そんなこともできたんだな」
見たことのない魔法に俺が感心するが、サクラは鼻を鳴らすだけだった。
***
俺たちは街をぶらついていた。
あの後、話は終わったとブルサ王が仕切ると、時計について熱く語り始めた。
これはかつての名工が生涯をかけて作り上げた逸品だの、これは魔族領のある西側諸島で発見された古代の遺物だの、とにかく自慢の時計コレクションを見せつけてきた。
一通りの自慢話が終わったかと思ったら、次は自作の時計について熱弁し始める始末。
そこには研究者らしいシステム論と職人らしいこだわりがあった。
王とは言え、この国に住む神話の系譜に連なる者はみな、結局のところ技術バカだ。
俺たちは逃げるように王の工房から抜け出し、今に至る。
街は相変わらずスパイスの香りが漂い、路地裏では水煙草の煙が上がっていた。
礼拝堂からは祈りの声が絶えず響き、旅をしているという実感が増す。
ふとヴィネグレットに座るサクラをみると、いつもと違う容姿がそこにある。
「何をジロジロとみておる」
眼を開かないサクラは、起きているのか寝ているのかわかりづらい。
こうして普通にツッコんでくると、起きているとわかっていても少し驚いてしまう。
「いや、その姿も結構良い感じだぜ?」
俺の軽口にサクラは鼻を鳴らして答える。
ティンクはサクラをフォローしているが、少しだけ寂しさが滲んでいる。
獣人のことはよくわからないが、お揃いの狐耳と尾とでも思ってたんだろうか。
「おっ、おばちゃん! それを三つくれ!」
俺は屋台で売られていた炭焼きのドネル・ケバブを買う。
店主は「お姉さんだよ!」と言い返しながらも笑顔で包んでくれた。
「ほら、お前らも食え」
そう言ってサクラとティンクにケバブを渡す。
ティンクは申し訳なさそうに「ありがとうございます」と言いながら、受け取った。
お腹が空いていたのか、すぐに嬉しそうな表情に変わって食べ始める。
サクラは何も言わず、匂いを確かめてから小さくかぶりついた。
どことなく品を感じるが、食べているものはケバブだ。
俺はそのギャップに口角を上げてしまう。
サクラは相変わらず無表情だが、ケバブを頬張り、少しだけ微笑んだように見えた。
次回、第19話「冒険者ギルド」




