第17話 宮殿とブルサ王
面倒になった俺はシュヴァイツ王からもらった紹介状を兵士に渡し、目的を告げる。
取り乱していた兵士は更に取り乱すことになったが、最終的には対応してくれた。
やれやれ、とはまさにこういうことだな。
兵士が怯えていた理由は俺たちが捕らえた海賊にあった。
なんでも最近この辺りの海で暴れ回っていた連中らしい。
意外と彼らの腕は立つらしく、国の兵士たちは何度も返り討ちにあったそうだ。
冒険者ギルドへ依頼を出そうという段階だった、とのこと。
興味のない話だったが、サクラの思惑通り“良い土産”にはなったみたいだ。
濁されはしたが、どうやら兵士崩れか何かみたいだったようだしな。
誤解? 俺たちへの警戒?
みたいなものが解けたあとは非常にスムーズにことが進んだ。
シュヴァイツ王お墨付きの一行が入国早々に厄介な海賊を捉えた――。
港でのごたごたはさておき、そうしたニュースは王国で好意的に受け止められた。
なんとなく納得はできないが。
「これがブルサ王国の宮殿か」
入国以来目についていた金色のドームではなく、蒼いドームが重なる宮殿だった。
窓からは煙が立ち上がり、無数の歯車が静かに回り続けている様子が印象的だ。
兵士に交じり、鋼鉄の人形が門を守っている。
「王の客人だ」
案内をしてくれた兵士が門番をしている兵士に声をかけた。
鋼鉄の人形がギョロリと目の様な光の球を動かし、俺たちを見つめる。
無機質なそれに値踏みされているようで、居心地が悪い。
門番は丁寧な対応に変わり、俺たちを客室へ案内し始めた。
陽の射すタイル張りの廊下は、意外にも靴音をよく吸う。
硝子のランプは細密画の影を落とし、窓際を飾る燭台は銀細工が美しい。
サクラが乗ったヴィネグレットを押すティンクは目を輝かせてそれらを見ていた。
物資の乏しい雪国で育った彼女からすれば、別世界だろう。
鉄と煤の香がかすめ、歯車がかみ合う鈍い地鳴りはブルサ王国の鼓動のようだ。
俺も自然と頬が緩む。
「こちらです」
案内された客室は、薔薇水が香る絹のクッションに満ちている。
奥には金糸の天蓋付きベッド、テーブルには俺たちをもてなす豪奢な茶器。
ティンクは「ふわぁ」と声を漏らした。
「王の準備ができるまで、しばしお待ちください」
兵士は一礼した後、自分の持ち場へ戻っていったようだ。
鋼鉄の人形は、宮殿のあちらこちらで見かけた。
あれらもまた、王や役人を護る存在なのだろう。
「さて、謁見はいつになるのか。のんびり待つとするか」
俺はそう言うと、旅の装いを解いてベッドへ乱暴に身を投げた。
***
コンコンというノックの後に現れたのは、耳が長く背の小さな男。
服装から高位の役人だということが解る。
「サクラ様、アザール殿。少しお話がございます」
男はオメル・ジュハルと名乗った。
鉱山を管理する省の副大臣だ何だと言っていたと思うが、あまり覚えていない。
「王は立て込んでおり、謁見まで少し時間がかかる見込みでございます」
そんなことを言っていた気がする。
どうやら先週、賊か何者かが宮殿に忍び込み、何かの文書が盗み出されたという。
試験中のゴーレムに関するデータがどうのこうのと言っていた。
「俺たちが捕らえた海賊と何か関係あるのか?」
「いえ、彼らは全く関係ありません」
こちらの質問には淡々と答えるが、ぼやかしながら答えているのは明確だった。
その割には自分たちの技術の高さを見せびらかすような話も多い。
端的に言って、不快だ。
「いつまで待てばいいんだ?」
オメルがまた自国自慢を始めたところ、俺は遮って質問をぶつける。
彼は不機嫌に顔をしかめた後、「明日には」と呟くように答えた。
「だったら寝て待つ。用が無いならもういいか? 船旅で疲れているんだ」
「……失礼いたしました。明日、改めてお伺いいたします」
それだけ言うと、オメルは退室していった。
オメルを追う様に鋼鉄の人形が二体ついていく。
「気に食わねぇな」
彼が去り、静かになった部屋で扉に向かって呟く。
俺たちを見下す態度を隠そうともせず、終始厄介者扱いしていた。
ティンクの名を呼ぶことも、目を合わせることもしなかった。
エディの言っていた“獣人差別”という言葉が思い浮かぶ。
ブルサ王国は多種族に関心のない国だと聞いていたが……。
当のティンクは気にした様子もなく、サクラを甲斐甲斐しく世話していた。
***
翌日、コンコンコンと再び扉がノックされた。
意外と早かったなと思い、腰を上げるとティンクが不思議そうな顔をしている。
俺は気にすることなく、扉を開けると見知らぬ男が立っていた。
「王がお待ちです」
ブルサ王国の役人らしい長耳で背丈の小さい男。
俺の返答を待たず、深々と一礼して歩き始めた。
「オメルじゃないのか」
俺がその背中に質問を投げつけると、「本日はわたくしです」と振り返らず答えた。
ティンクがサクラの乗ったヴィネグレットを押してくる。
俺は肩をすくめると、部屋を出て男を追った。
謁見の間に入る前、控室のような部屋で謁見の際の作法を教えてもらう。
と言っても、王から声がかかるまで膝をついて頭を下げておけというくらいだ。
教えてくれたのは先程とはまた別の男だった。
宮殿仕えの女性たちが俺たちの服装を整え、最後に臙脂色の外套を羽織らせる。
「これは?」
女性は静かに頭を一度下げた後、「謁見の際に皆さま着用されるものです」と。
ティンクも羽織らされると、サクラへはティンク自身が羽織らせた。
サクラは起きている様子だが、ずっと眠っているように黙して動かない。
「それでは」
こちらに案内した男が再び現れたかと思うと、扉を開け、先に進む。
謁見の間であろう大きな扉に辿り着くと、男は扉を守る近衛兵に向かって目礼した。
近衛兵は扉へ向き直ると、華美な装飾がなされた槍の石突をダンッと地面に着く。
「アミグダロイド教の聖女サクラ! 剛腕の戦士アザール!」
大声を張り上げ、聞きなれない俺らの紹介を謁見の間に告げた。
扉が開き、真っ先に俺の目に飛び込んできたのは王座のラピスラズリ。
大理石の床には緻密な金細工の歯車が埋め込まれており、美しく嚙み合っている。
蒼きドームの天井から降り注ぐ光は、謁見の間を眩しく照らす。
「オホン」
俺らを案内した侍従の男が咳払いをする。
ティンクはビクッと身を震わせ、跪こうとする。
だが、俺はそのまま歩み出て王のもとへ向かう。
ざわつく家臣たち。
王座まであと五歩といったところで、王の側に控える近衛兵たちが前へ出て道を塞いだ。
「シュヴァイツ王からだ」
俺はポケットから封書をひとつ取り出す。
港で兵士に渡したものとは別のもの。
俺の手から直接ブルサ王へ渡すよう言われたものだ。
「良い」
ブルサ王が短くそう言うと、近衛兵は渋々といった様子で槍を引き、元の位置へ戻る。
謁見の間に整列する家臣たちの中にいるだろうオメルから舌打ちが聞こえた気がした。
俺は更に歩み出て、王座に座る男――ブルサ王へ封書を渡す。
「シュヴァイツの王は用心深いらしくてな」
「かまわん。奴はそういう男だ」
王との短い会話。
家臣たちや近衛兵らが緊張している様子がみてとれる。
ブルサ王は無造作に封書を開けると、シュヴァイツ王の手紙に目を通す。
三枚に及ぶ長めの手紙をブルサ王はじっくりと読み込んでいた。
謁見の間は、耳を塞ぎたくなるほどに静まり返っている。
「お前たちの事情はわかった。少しついてこい」
そう言うと、ブルサ王はおもむろに立ち上がり、王座の後ろにある扉へ向かっていった。
俺はティンクに目で合図し、王を追って歩き始める。
家臣たちは呆気に取られているのか、何も言えない。
キコキコというヴィネグレットの車輪の音だけが響く。
俺たちがブルサ王に続いて扉をくぐろうとした時、声が上がった。
「王よ! 彼らを信用しても良いのですか!」
それはオメルの叫びだった。
俺たちは足を止め、数歩先を歩くブルサ王を見る。
「控えよ。これは世界の安寧にかかる」
それだけ言うと、ブルサ王は俺たちへ視線を向けた。
俺は肩をすくめ、ティンクらと一緒に扉の奥へ入っていく。
バタンと扉が閉まり、謁見の間には再び静寂が訪れた。
次回、第18話「歯車の狂い始め、あるいは職人王の憂鬱」




