8日目② ナジナ城壁にて
ロマドナ辺境伯領の領軍常設隊屯所は、領都ナジナの入り口にある。
というより、領都の石造りの城壁自体が、領主館と屯所と役所とをを兼ねている。
そのため、高さは建物の3階分ほどしかないが奥行きが建物5つ分もあり、中で50人隊規模の移動や、馬の伝令が通れる頑丈な通路まで備えている。それが市街をぐるりと周っている。
入り口は国境の反対側の西側にしかない。敵の侵攻時は、ここが拠点防衛の要になるように要塞のような造りになっている。
屯所のある城壁の屋上に甲冑を着けた壮年の長い金髪の女性と、髭の豊かな老人が市外を眺めている。
時折吹く冷風に、彼女の長い金髪が揺らめいている。
「ワド爺、イギーは目を覚まさないのかい?」
ナンナは市外の方向へ向けた視線を変えずに問うた。
「ふむ。治癒魔法の施術からかれこれ2日程経つが未だに目を覚まさんのう。息はしておるで、寝てるだけの様にも見えるがの。」「揺すっても、声をかけても起きんわい。」
ワドルの視線は、どこを見ているのかいつもわからない。
「そうかい・・・」とナンナが言うと、ワドルが杖で床をコツッ!コツッ!と叩くと
「して、彼の者は望めば本当に放免してやりますのかの?クレア様?」
ワドルの口調が少し低くなり、眉の奥で眼光が光る。
こういう時は大体において相手を試している、ということはナンナは経験上知っている。
「ああ、多少金子を持たせて放流するさね。あの商会がどう動くのかが掴めるかもしれないからね。」
こう言っておかねば、同郷の私情で政を行ったとワド爺から誹りを受けるだろう。
ワドルは生粋のロマドナ人なのだから。
「ただ、イギーは身一つで他国で放り出されるような選択はしないと思うがね。」
フッと笑いながらナンナは言った。剣の柄頭に乗せた両手の平が少しひらく。
「ふぉっ、ふぉっ、結構、結構。じゃが、目を覚ますまでは、後方の味方の面倒もみませんとな。」
ーーそうだ。タイミングよく、王都騎士団から捕虜が居るならば引き渡せと、半ば命令のような要請が来ているのだ。
イングの件は、箝口令を敷いて伏せているハズなんだがねぇ・・・・
まぁ十中八九、あの商会の手引さね。
幸い、辺境伯領には完全な自治権があるから、現段階ではあくまで“要請”で済んではいるが・・・さてはて、どう出るやら・・・
「しっかし、イギーが生きるってだけで、そんなに都合が悪いのかねぇ~。あちらさんは。」
そう、つまるところ、イングの暗殺は阻止できているが、その理由や規模はわかっていない。
なぜ、イングに執着するのかー
ただ、相手が執着を見せるものが手元にある。これは手札になり得る。
困ったことに、その「相手」が敵にも、味方にもいる。
いることは分かっていたが、露骨に権力にモノを言わしてくると、少々マズい。
こちらには、守るべき領民がいる・・・
「今回は、腹芸ができそうな騎士様がお出ましなのかねぇ~」
ナンナはそう言うと、面倒くさそうに自分の長い金髪をたくし上げた。
せめて交渉ができる人物がいると、時間稼ぎになるし、情報を取ることも出来る。何かやりようがあるんだが・・・・相変わらず彼女の視線は市街を向いたままだ。
「王都の騎士団は、融通は利かん、人の話は聞かん、上官命令貫徹で有名じゃからのう。」
フォッ!フォッ!フォッ!と頭をさすりながら、ワドルの髭が蠢く。
「適当にとぼけても、出張って来ンだろうね。きっと」
領都ナジナと王都は、馬で約10日、馬車で約20日ほどの距離にあるが、騎士団の軍馬は頑強で精強だ。
全行程を速歩か駈歩、休憩も最小限で、街道なら夜行も走りきるだろう。要請の伝令が来てまだ1日だが、もし伝令の出発後、こちらの返事を待たずに行動していたとなると・・・
「最悪、ここ2,3日で来るだろうね。呼んでもいない客が。」
ハーーーーーッツと長い嘆息をつきながら踵を返し、彼女は階下への階段に向かって歩き始めた。
「イギーが目覚めてくれると、隠しようもあるんだがねぇ~」
歩きながらボヤくと、
「まぁ、大抵のことは、なるようにしかなりませんでの。でき得ることから手をつけなされ。」
と、後に続くワドルが応じると、二人は階下に消えて行った。




