春の嵐2
今年の春姫となった、弱冠三歳のテレサ・マクレガーは、大好きな母の膝に乗って小さな足をぴょこぴょこ踊らせていた。
絵本の中でみる春姫は、頭に美しい花冠を乗せ、優勝した騎士様にキスをするのだ。その美しい挿絵が最近のテレサのお気に入りで、軍神祭が近付く度に、「テレシャもなれるかなー」とそわそわしていたのである。
勿論、不正など全く出来ない完全なクジ引き制なので、本当にこの幼女は運が良い。くじ係をしていた黒鷲隊員はその引きの強さに「やはりあの人の娘か」と驚くばかりである。
ぴょこぴょこ動く、その可愛らしい姿を間近に見ていた母・カレンも、嬉しそうに笑っている。
隊員達は「本当に美人だな…若い人妻…美女とゴリラだ…」と失礼な事を思う。
「ママ、パパやあーちゃんはでないの?」
「パパとあーちゃんは、とっても強いから出ないのよ。だから、テレサは違う騎士様にキスをするの。恥ずかしがらずに出来るかしら?」
「できゆよ!テレシャ、きししゃまにちゅーするの!」
きゃーと赤く染まった頬に、プックリした掌を当てて笑う幼女は何と可愛いことか……
そう、パパことゴライアス隊長とあーちゃんことアザレア隊長は大会に参加しない。
本来ならば、上下関係なく参加するものであるが二人が強すぎるのである。若きゴライアス隊長がまだ新入りの時には、国軍史上最短で優勝を果たし、以来負け知らずであった。
また、白鷹隊長のアザレアも負けず劣らず、ゴライアスの数年後に入隊した後にこれまた白鷹隊史上最短で決勝まで勝ち進めた。
以後、数年間の決勝戦は黒鷲隊長と白鷹隊長の一騎討ちとなり、これでは他の隊員が不公平だと危惧した国王によって二人の参加が禁じられた経緯がある。
しかし、この今年は違う。二人が溺愛する幼女が春姫となったのだ。小さな春姫のキスをどうして他人に渡せようか。
絶対に、どんな手を使ってでも参加してくる。
国軍に所属する軍人達はそう思った。
現に、噂によればこの短時間にも関わらず二人の隊長が、同時に国王の控室に突撃したと言うでは無いか。
……俺達、死んだな。
春姫の部屋に控える軍人達は、重い溜息を吐いた。