4.伯爵令嬢リリアーヌ
伯爵令嬢であるリリアーヌは、物心ついた頃より、この離れの丸太小屋でマァーサと2人で暮らしている。
周りがどのような暮らしをしているのか、普通の家庭がどのような物なのか、リリアーヌは、ここでの暮らし以外何も知らない。
もちろん、初めの頃は、何の疑問も持たずにマァーサと2人平和に暮らしていた。
着る物や食事に困る事はない。
読み書きはマァーサが教えてくれ、マァーサが持ってくる絵本や本に夢中になった。
王子様とお姫様の物語や勇者の冒険など、お気に入りの物は、何度も何度も繰り返し読んでは、想像を膨らませる。
次第に、外の世界へ興味を持ち始めるのは、ごくごく自然なことだった。
何故、自由に外に出てはいけないのか?
何故、外に出る時は、必ずヴェールを被らなければいけないのか?
その疑問を解消する術はなく、
10歳になる頃には、リリアーヌは、こっそりと外に出るようになっていった。
マァーサは、里帰りや街での買い物の為、月に1〜2回程度、昼間、小屋を空けることがあった。
その隙を突いて、リリアーヌは、小屋を抜け出したのだ。
伯爵邸の裏には、使用人が洗い物をしたり、
休憩したりするスペースがあった。
リリアーヌは、そこの生垣の裏に隠れて、使用人達の様子をこっそり観察した。
初めて見るマァーサ以外の人間達だ。
「おい。そろそろ戻らないと、夕食の仕込みがあるだろ。」
「あー、離れの分もあるから。ほんと、面倒だわ。大体、なんで悪魔の子なんて、わざわざ離れで匿ってるんだよ。」
「貴族ってのは、あれだろ?どっかに養子に出したり、修道院に入れたりとかするもんだろ?」
使用人達は、休憩や洗い物をしながら、やれ、旦那様がどうしただの、常に噂話をしているものである。
だが、それは、リリアーヌにとっては、衝撃であった。全てが初めて知る内容なのだ。
自分が伯爵令嬢であること。
悪魔の子と呼ばれていること。
リリアーヌを産んで、母親が精神を病んでしまったこと。
やがて、リリアーヌは理解した。
マァーサが持ってくる本は全て、王子様やお姫様が出てきたり、勇者が魔物を倒したり、いつだって楽しくてワクワク胸を躍らせた。
しかし、そこには、父や母や家族などは描かれてはいなかった。
マァーサが、あえて、そういう本を選んでいたのだ。
リリアーヌにとって現実は、重苦しい、まるで真っ暗な湖の底のようであった。
私は、何故生まれてきたの?
生まれてきて良かったの?
その問いかけは、それ以来リリアーヌの心から消えることはなかった。
* * * * *
(マァーサは、まだかしら?)
リリアーヌが振り向くと同時に、勢い良くドアが開け放たれた。
見たこともない3人の男達が、突然、小屋の中へと入ってくる。
その中の1人、ゴテゴテしたいかにも高級そうな服を着た男が、リリアーヌに駆け寄る。
「おおっ!セレーヌ!セレーヌ!」
リリアーヌは、咄嗟に机の上のヴェールを取り、顔を覆うが、そのまま屈強な男達に連れ出され、裏口に停まった馬車へと乗せられる。
そして、リリアーヌを乗せた馬車は、薄暗い裏道を静かに進み始めた。




