表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

5.おやすみなさい


 ガタン、と殿下の膝がテーブルを打った。


「――な、……はッ?」


 驚愕に見開かれ、充血した瞳が、トレイの上のパン粥へ落ちる。

 それから私を見て、ゆっくりと細くなった。


「殿下……? い、いかがなさいましたか」

「……不自然に、眠い。君はなんともないのか」

「とくには……」


 殿下は真剣に手を握ったり開いたりしている。

 私も今一度、自分の体に異変がないか深呼吸をしながら確認して……けれど何も異常はない。


「それは……殿下。ただ眠いだけですよ」

「は? ……いや……しかし、こんなことで……」

「一度横になれば、解決すると思いますわ」

「いや、そんな、だが……そうか……?」

「幼いときは、お昼寝などなさったでしょう」

「……そう、かもしれんな……」


 眉間に皺を寄せたまま、瞬きを繰り返すアイスブルー。


「お休みになられますか?」

「……、……少しだけ」


 席を立ち、ふらつく足取りで左側にあるベッドへ。

 テーブルを片付け終えてから覗き込むと、殿下は糸が切れたみたいにベッドに崩れ落ちていた。


「君……もういい、……帰ってくれ……」


 枕に顔を埋めながら、殿下はぼそぼそと呟く。

 横になってから、私を見送っていないことに気が付いたみたいに。


 私は、ベッドから一歩分離れた所に椅子を持ってきて。


「せっかくですから、お眠りになるまで傍におりますよ」

「……、」


 それからしばらく。殿下は何も言わなかったけれど、呼吸が深くなると決まって次の瞬間には体を震わせて、起きてしまうようだった。

 私がいる以上、安心して眠ることなどできないのだろうか。

 しかしお昼の、こんな時間に眠る殿下を一人きりにするなんて――流石に無防備すぎて、傍から離れることは出来ない。


「殿下……怖いですか? 私は丸腰ですよ。コルセットすら……つけておりません」


 また起きてしまってため息をつく殿下に声を掛ける。

 彼は少し唸ってから、私の方に顔を向けて。


「そんなもの……その髪飾りで、ここ、一突きで、それで終わりだ……」


 自身の首を指さす。忌々しそうな声。確かに、言われてみれば女性の髪飾りは細長いし、恐れるのも分かる気がする。


「……そうですね。……では、殿下が安心できるようにいたしましょう」


 私は頭の後ろに刺さった髪飾りとコームを引き抜いた。

 髪がほどけて、バサリと背中を打つ。

 またうとうととしかけている殿下に近づいて跪き、その手をそっと取った。


「これは殿下がお持ちになって」

「っ、」


 拳を開かせて、その中に押し付ける。そしてまたきつく握らせた。殿下なら大丈夫だと思うけれど、お母様から譲り受けたお気に入りなのだ。落とされると困る。

 安心なさったかな。と顔を上げると、その顔面は驚愕に見開かれていた。


「なんて、格好を……ッ」


 コームを抜いたので、本来なら整えておくべき髪は、はしたなく乱れている。

 確かに恥ずかしいけれど――安心には代えがたいし、婚約者の前だからギリギリ許されるはず。


「っ、さぁさぁ。お休みなさいませ、殿下」


 私は少しだけ大きな声を出して、シーツを殿下の体にかける。そしてまた、離れた椅子に腰かけた。

 

「しかしな……きみ……」

 

 殿下は髪飾りを握り締めたまま何度か呟いたけれど、乱れ髪の私を見ないように目を瞑っているうちに、きちんと眠りに落ちたようだった――。



 ほんの僅か、窓を開ける。

 入ってきた風は日光で程よく温められて、深呼吸すると心地いい。


 使用人が動くぱたぱたという音が小さく響く。

 隣からは、殿下の寝息。

 その胸元が規則正しく上下するたびに、何故かとても安心している自分がいた。

 いつも顰められている眉が僅かに緩んで、その穏やかな寝顔のおかげか血色も良く見える。


 空中を漂う埃の粒が日差しを受けてきらきらと光っていた。

 それをぼんやり眺めるうちに口角が上がり、ふふ。と息が零れていく。



 殿下の目が覚めたのは、それから二時間後のこと。


「、ゔ……」

「ぁ……おはようございます、殿下」

「……? ん゛」


 ほんの僅か襟元が着崩れていて、寝癖が付いている。その艶めかしさに、思い出したかのように少し緊張した。

 起きられたのなら、私はもう必要ない。そう思って席を立つ。


「それでは、私は失礼いたしますね」

「? ぁぁ、ごくろう……」


 開いているのか分からない瞳。寝起きの少し高い声。

 ――可愛らしいな。と少しだけ思った。



 急ぐように退散した、その帰り道の途中で髪が垂れてきて気が付く。


「あ、」


 大事な髪飾りを預けたままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ