13.捜索
墓地で思い至った仮説を、アレクシスはしばらく胸の内に留めていた。
けれど、兄には伝えるべきだ。と、そう思って門番詰所から伝令を出した。
「アドリアン殿下より伝言です」
東門をまた離れ、一人で調査を続けていたアレクシスに追いついた伝令は、アレクシスの真横で一度敬礼し、歩き続けるアレクシスに追従しながら報告する。
「『市内の捜索も開始した』『外の捜索は継続する』それから、『何か分かればすぐ知らせろ』と」
「分かった。戻っていい」
「は、」
アレクシスは石畳を睨みつけながら歩き、考え続ける。
偽の馬車を外に出したのは――捜索を城壁の外へ向けたかったからだ。
つまり犯人は、その間に〝何か〟をしたい。
殺す。そして逃げるための時間稼ぎ。
まだ何も見つかっていないから――どこかへ運び、隠したのかもしれない。
もしくは、本人に何かをさせようとしている。
全てに同じだけの可能性があった。それがアレクシスの心を冷たく縛り、痛めつける。
……分からない。
「……はぁぁ……ッ」
散々歩き回った後に、教会前の石段に腰を下ろす。
ゴーン、ゴーン、と四つの鐘が鳴る。いつの間にか東の空が明るかった。
ちらほらと人が出てきて、朝の賑わいが始まりつつある。
「クソ」
「そんな顔をするんじゃないよ」
「ッ、兄さん、」
いつの間にか、石段の一つ上にアドリアンが座っていた。
「お前がなかなか戻ってこないから」
「……」
「ヴァレンフォード家に身代金要求無し、王族への要求もない」
短い報告のあと、アドリアンは続ける。
「お前がこうして無事に歩き回れている以上、お前を誘い出すのが目的ではなさそうだね」
彼はそれから、と前置きして。
「情報を集めていて、妙な話があったんだけど……婚約破棄の噂が一部に広がっていた。心当たりは?」
「……、」
「なんだい、あるのかい?」
兄の呆れたような声。アレクシスは忌々しげに目を伏せた。
「……一つだけ、あります。一か月ほど前に書いて、結局送らなかったものが」
彼女を待っているときに書きかけた――最初は身を案じるために、けれど無意識にいつもの文言を書きつけていた――あの手紙。
捨てたが、その場で燃やしたわけじゃない。
「へぇ。本当に破棄するの?」
「しません」
「なら、早く助けてあげないとね」
ふう、と上の段でため息をつく音がする。
「さて――問題は、これで誰が得をするかだ」
アレクシスは後悔に沈んだまま、それでも思考を止めなかった。
「思い当たるところは?」
「……グランヴィル派、でしょうか」
暗殺、毒殺、昔からアレクシスに害をなそうとしている一派。
正確には、処刑されたグランヴィル大臣の意思を引き継いだ有象無象。
「知っているかい。最近は分裂して、お前を懐柔したがる一派まで出てきた。皮肉だよね。昔はとにかくお前の死を願う連中だったのに……」
「ああ……見かけない名前で、やけに馴れ馴れしい親書が来ていました。無視していますが」
「懐柔したい彼らにとって、リディア嬢は目障りだろうね」
「……自分の息がかかった相手と結婚させたい?」
「そうだ。子爵令嬢が王族と婚約する――それを快く思わない者もいる」
「しかし……俺との婚約を、妬むものがいるなんて」
「お前は死体になっても価値があるよ。もちろん私もだけど」
あまりにあっさりと告げられた言葉に、アレクシスは咄嗟に振り返っていた。
アドリアンは、登ってきた朝日を眩しそうに眺めている。
「……つまり、今回の件は、その――懐柔派が起こした事件だと?」
しばしの沈黙ののち、情報を統合した結果を呟く。
兄はこくり。と一つ頷いて。
「十中八九。ただ、少人数の思いつきには見えない」
「……グランヴィル派本流も動いている……?」
「なら、お前は今生きていないだろうよ」
は、と平べったい笑い声を出したアドリアンは、けれど冷たく言い切った。
前進したはずなのに、何も掴めていない。
胸を抉る虚無感に両手を握りしめた――その時。
「それにしても驚いたよ」
視線を上げると、アドリアンはこちらを真っすぐ見つめていた。
「お前がここまで取り乱すとは思わなかった」
「……え」
「五年ぶりだろう? 城の外に出たのは」
その瞬間。アレクシスは一気に視界が開けたかのような、俯瞰の視点を得る。
確かに。本当に久しぶりだ。しかし――気が付けば飛び出していた。
「お話し中、失礼します」
石段の下から、兵士が敬礼する。
彼は兄弟の促す視線を受け取ってから。
「ヴァレンフォード家の馬車を発見、確保しました。しかし御者、令嬢共にヴァレンフォードの者ではありません」
「やはり」
「偽装は確定だね。検問に引っかかった報告も来てないから……」
「はい。まだ――王都の中にいる」
ならば次に考えることは――。
力強くアレクシスが立ちあがると同時。後ろから肩を抑えられた。
「教会を借りる」
「兄さん、今は――」
アドリアンは焦る弟を無視して、まるで遊びの予定を立てるかのような軽快さで指示を飛ばす。
「――地図を持ってきて」
………
……
…
何日たったのか、あるいはまだ十時間ほどしか経っていないのか。
時間間隔は溶け消えて久しい。
一緒に誘拐された御者はどうなったのだろう。
拒否し続ける私はこれからどうなるのだろう。
お腹の中に泥のようなものが溜まっているみたい。常に重くて、気持ち悪い。
「……――、」
こんな状況なのに、眠くて仕方がなかった。
何度目かも分からないあくびをかみ殺し、薄暗い部屋で一人……。
「ヴァレンフォード嬢?」
「……、」
いつの間にか、男が目の前にいた。
「署名していただけますか」
「……お――お断り、します」
久しぶりに出した自分の声は、どこか遠い。
男は肩をすくめる。穏やかな雰囲気だけど終始見下しを感じる。不快な男。
「殿下は婚約を解消したがっているのでしょう?」
「あ、あなた達がどなたか存じませんが、関係の無いことですわ」
「それが大いに関係しているんですよ」
ぐっと喉が詰まる。関係してる、って誰が。どの貴族が。
もう眠くて上手く考えられないのに。
「だから皆、貴女のせいで迷惑しているんです」
「いいえ、」
「ああ! 御者も可哀そうですね!」
演技がかった口調で男が言う。
やけに頭に響いて、ずきりと痛む。
「――関係、ないわ」
「あなたが諦めていれば、彼は巻き込まれなかった」
違う、違う。
私は悪くない。
殿下は、こんなことを望む方ではない。
けれど。
私は十一通も、殿下に婚約破棄の意志を示されている。
……それも、紛うことない事実だ。
「……ッ」
それでも、私は今回も書類の前で首を振る。
そうすることこそが、拒否する理由であるかのように。
「お断り、します」




