12.東門
兄が確認したとはいえ、自分の目で見ればまた新しいことが分かるかもしれない。
そう思ってアレクシスは東の大門、そこの門番詰所へと赴いた。
「少しいいか」
声をかけると、年配の兵が速やかに敬礼した。
「御用でしょうか、アレクシス殿下!」
上司の言葉を聞いて、遅れて後ろの青年兵が敬礼する。
「出入記録を見せてくれ、あと、夕方に城壁で監視していたのは誰だ?」
「は、すぐにお持ちします。おいノア、お前はカイルを呼んで来い」
年配の兵は出入記録を持ってきて、今日のページをアレクシスの前で開いた。
「こちらになります。記録は私が付けました」
夕刻(八の鐘)
ヴァレンフォード家 馬車一両
御者一名、女性一名
積荷なし
「これは、確かか」
「は、確かにヴァレンフォードの馬車でした。中には女性が一人。カーテンの隙間から見えただけですが、貴族の令嬢らしい格好でした」
「……」
門番が貴族の家名や紋章を見間違えることはない。
初老の兵は少し怯えてこそいたが、嘘をつく様子でもなかった。
「失礼します、アレクシス殿下」
「ああ」
「こいつが、本日東門の市街側を見張っていた者です」
呼ばれてきた青年兵が、一歩前に出る。
「カイルと申します」
「聞きたいのは、夕刻、ヴァレンフォード家の馬車が東門を通った時のことだ」
「はい、覚えております。八つの鐘が鳴った頃でした。北通りから入ってきた馬車が、」
「待て、八つの鐘? 北通り?」
引っ掛かりに促されるまま、記録を確認した。
確かに、八つの鐘が鳴った後の通過と記録にも書いてある。
「は、はい。夕方に王城へ入る馬車は珍しくありませんが、外へ出るのは珍しくて。印象に残っております」
「確かに北通りから?」
「はい。誓って――確かです。私の隣、北東の見張りからも、それは見えていたと思いますが、確認をとらせましょうか」
「……、いや、いい。呼びつけて悪かった。戻っていい」
「は、失礼いたします」
北通り。
御者の手袋を見つけた道から、東門までほぼ一直線だ。
北通りから東門へ出るには、一度来た道を引き返し、墓地の前を大きく迂回しなければならない。
時間的にも、そうしたのだろうと察せられる。
一刻も早く王都の外に出たいはずなのに――何故だ?
「……」
……まだ、分からない。
アレクシスはまた、手袋が落ちていた通りまで戻ってきた。
真っすぐ行って曲がれば、東門はもう目の前。そして振り返って反対方向を見る。暗く沈んだ道の奥。遠くに見える黒い凹凸が墓地だ。
アレクシスが墓地までたどり着くと、そこは夜も相まって想像以上に暗い。
ここの外縁を、アレクシスが進むのと同じように馬車が走ったのだろうか。
馬車を乗っ取り、この人けの無い墓地で――何かを降ろしたのか? もしくは、積んだのか?
そこで、アレクシスは立ち止まる。
振り返ると、遠くには東門の篝火が見えた。
「……外に出たのは――偽物か」
………
……
…
「お断りします」
「……」
何度も繰り返した問答。いつも「そうですか」で下がっていく男は、今回は下がらなかった。
にっこりと微笑んだまま。
「困りましたね」
俯いたまま、いつもとの違いに目を見開いてしまう。
「これは、アレクシス殿下も望んでいることなのですが」
「……」
疲労でぼんやりする頭が、ぐらりと揺れる感覚がする。
殿下も……これを望んでいるの……?
「ッ……いいえ」
私は迷いを振り切るように顔を上げる。そんな訳がない。こんなのは、何もかも道理が通っていない。
「なおさら、意味が分かりませんわ。書かせたいなら、ここに殿下を連れて来てくださいな」
男の微笑みが固まるのが分かった。
私はわずかに高揚する。一瞬だけ勝ったような気がした。
しかし。
「そうですか。では、また後ほど」
「……」
結局何も変わらず、男は書類を回収して出ていく。
一人残された部屋。
私はランプの光の揺らめきを見つめる。
次に男がやってくるまで。
『何にも署名しない』
それだけを胸の中で繰り返す。
こんな無為なやり取りが、あと何度続くかも分からないまま。




