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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。【長編小説】   作者: 金森 亮
第十章 紀野万由。

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第31話 運命共同体。

 私が彼の人生に関与していると判明したのは、夏休み明けのある日のことだった。


 その日、私は図書室に居る彼と久しぶりに言葉を交わした。別段、彼と喧嘩をしていたワケではなく、ただ、彼と関わるような案件が無かったに過ぎない。校内で一人を好む彼を、無理矢理私の対話相手にさせるのは、それも酷なことだと思っていた。


 間もなく文化祭が開催されるということで、彼女さんがこの学校に来る機会が生まれる。私は彼女さんに会わせてほしいと要求した。彼女さんが彼のどこを好いているのか、単に私の好奇心が働いた結果だった。そして彼は文化祭当日、彼女さんを連れてくると確約してくれた。


 次に彼は、こんな興味深いことを口にした。彼と彼女さんが、過去に深刻な孤独を抱えていたというものだ。彼女さんはその孤独同士が引き寄せ合って、今に至ると結論付けたそうだ。


 私といえば中学時代に、孤独に苛まれて未来への希望を棄却したことがある。その最中、彼は夢で私を救済した。私と彼との出会いは、彼女さんの持論に沿っているのだ。



 そこで私はこんな仮説を見出した。もしかすると、啓蒙する側が一方的に夢中に現れるのかもしれない。彼は夢中で彼女さんに励まされたとも言っていた。

 この励ましを啓蒙だとすると、彼から私への啓蒙は、未来の彼が過去の私に、彼女さんから彼への啓蒙も、未来の彼女さんが過去の彼に施すことになる。この現象に名前は無いが、そうすれば辻褄は合うだろう。


……ここで彼女さんは、一体誰に啓蒙されるのかという疑問が生まれる。無から孤独を打ち破れるなんてことはない。彼女さんも誰かに啓蒙された可能性がある。その誰かは、今の私には全く分からない。

 何はともあれ、私は彼女さんと会話したくて仕方がなかった。


 彼女さんかどこまで認知しているのか。余命宣告云々も知っているのか。その雰囲気も感じ取っておきたい。私は今日、彼女さんと出会うことの重要性を確信したのだ。


……ついでに最後、彼は私が彼を好きか否かという、自己陶酔一歩手前の質問もしてきたので、一応彼の身分も踏まえて否定しておいた。実際問題、私は彼を好いてはいない。しかし、私を絶望の渦中から引き摺り出した張本人という、特別な人間ではある。私は彼が知らない事実を口外して、未来が変更される事態を避けるため、特別な人間だという匂わせも止めておいた。



 文化祭は二日間に分かれていたが、一日目は彼女さんと普通に出会えず、二日目は私が感染症に罹患して学校を欠席してしまった。彼女さんと出会う機会を失った私は、もはや彼と彼女さんが校門で待ち合わせる機会を伺うしか、連絡先を交換する術は残されていなかった……。




 遂に12月に突入してしまった。このままだと彼女さんの死に間に合わないと焦った私は、遂に放課後、彼を尾行することにした。その尾行は彼の勘によってバレてしまったが、結果的に二人は校門で待ち合わせをしていた。


 彼女さんは実に綺麗な人だった。夢中での遭遇がなければ、彼はこの人と決して交際関係に至らなかった。


 私は彼女さんに突撃して、すぐさま連絡先を交換した。そして私はチャットでやり取りする中で、彼女さんに私の素性を可能な限り暴露して、親近感を湧かせておいた。


 すぐに夢中の話題に移っても重苦しいと思い、最初は世間話に話を咲かせておいた。すると彼は彼女さんに、私の話を何度か語っていたそうで、私達はすぐさま打ち解け、みるみるうちに関係性が向上していった。



 彼女さんは金咲唯花さんといい、次第に私は彼女さんを「唯花さん」、彼女さんは私を「万由ちゃん」と呼ぶようになっていた。一人っ子の私にとって、唯花さんはお姉さんのような存在だった。携帯越しとはいえ、私に気さくに話しかけてくれる唯花さんは、本当に天女のような人で、中々本題に入る気にもなれなかった。



 そのままの調子で、私達は巣鴨の方でお茶をすることになった。唯花さんの所作は十七のそれではない。校内では他人から持て囃されている私も、いざ唯花さんを前にすると、霞んで何も見えなくなるだろう。


 ただ、なによりも、唯花さんは私を一人の人間として扱ってくれた。私はずっと求めていた扱われ方に歓喜した。この人が次期に死ぬなんてことは、全く想像もつかなかった。



 そうしているうちに、連絡先を交換して半月が経ってしまった。私はそろそろ本題に入る決心がついた。すると突然、唯花さんはチャット上で、私にこんな文面を送ってきたのだ……。


「万由ちゃん。私ね、もう長くは生きられないの。理由は言えないし、根拠もないんだけど。私は優斗のそばに、ずっといてあげられないの。私は優斗にどうしてあげるべきだと思う。」


 私は戸惑い、驚愕した。唯花さんはなんと自らの余命を知っていたのだ。唯花さん曰く、10月に、これもまた夢で諭されたのだそう。ここまで内情を吐いてくれるわけは、下手すると私に何かを託す意味があるのかもしれない……。


 私はここで、唯花さんに踏み込んだ投げ掛けをすることにした。それこそが、「彼が唯花さんの夢に一度でも現れたことが無いか」という問いだった。熟考の末に、彼女さんは私の言葉によって、過去の記憶を掘り起こすことに成功した。


 過去に彼女さんの夢中で啓蒙した人物は、やっぱり西野優斗、その人だった。彼の発言が唯花さんの記憶に辛うじて残されていた。その結果、二人は現実で合流できたわけで、私は運命に畏敬の念すら感じた。

 どちらがきっかけか、私に知る由もないが、二人は互いを啓蒙し合って未来に駒を進めていたのだ。



……だが、唯花さんに夢中で余命を悟らせたのは彼ではなかった。その正体についても判明したようで、唯花さんはチャットで私にこう伝えた。


「実はね、私に余命を悟らせてきたのは、優斗じゃないのよ。」

「それなら、他の誰かが悟らせたんですか……?」




――それはね、万由ちゃん、あなたなのよ。――




 私は携帯を落として硬直した後、その事実に対する否定的な意見が募っていった。


 私が未来で過去の唯花さんに出会い、唯花さんの死をほのめかした……。どうして私がそんなことをするのか。仮説なんて無数に立てられる。


 それでも私はその仮説を、何も信用したくはなかった。唯花さんに絶望を植え付けて死なすことに、並大抵ではない抵抗があったからだ。


 だが、唯花さんは私にこう懇願した。私に馴染み深い言葉も添えて……。


「万由ちゃんには辛いことをさせると思うわ。……でもね、私はこれは運命だと思うの。きっと何かしらの理由がある。だからお願い。いつか、過去の私に会いに行って……。」

「本当に……、それでいいんですか。」

「私は死ぬことよりも、優斗と会えない運命の方が悍ましいの……。私は優斗無しに死にたくないのよ……。」


 全ての流れが一つに繋がった。私は彼と彼女に関与して、中でも彼は私の運命論に感化された。どちらが契機かは知らないが、唯花さんは過去の彼に、彼は過去の唯花さんと、過去の私に啓蒙をした。


 そして私は何も知らない彼にまた運命論を……。私はその繰り返しが現状だと察した。


 この中の誰か一人が欠けても、私達三人は明日を生きることが出来なかった。この関係性こそが本質的な、「運命共同体」だったのかもしれない。私は二人への恩義に報いることを決めた。




 年が明けて春になり、私は再び彼と話す機会ができた。彼は唯花さんの幸せのために、最後の悪足掻きしていた。ノートに幸せのあり方を筆記するという、少し風変わりなことをしていた。


 そして焦燥に駆られていた彼は、私に対する当たり方もキツくなっていた。しかし、私には彼を間近で見て、その都度何かしら忠言してきた過去がある。彼は冷静になると自らそれに気付いて、私に謝罪と感謝してきた。


 私が彼をヒーローだと言っても、彼は意味を理解していないようだったので、相当末期に私を啓蒙してくれたのだと知った。




 4月23日、唯花さんは本当に死んでしまった。私は二人きりにさせてあげるべきだと思い、臨終に立ち会うことをしなかった。私はこの日に亡くなると知っていたものの、私と唯花さんのチャットに気付いた彼が、ご丁寧に彼女の死を伝達してくれた。


 その日の晩、私は唯花さんの夢に進入することになった。そして半年近く前を生きる唯花さんに、私は回りくどく余命宣告をした。唯花さんは私の言葉に、発狂に近い叫び声を放ち、同時に大粒の雫を零した。やがて疲れ果てたのか、唯花さんは狼狽えて、たじろいでしまった。


 唯花さんが運命の踏襲を望んだ理由には、死ぬ間際の混乱を避ける意味もあった。事実、彼は唯花さんを穏やかに看取ったと言っていた。私は唯花さんに、彼の前で平生を保つことと、彼を想うことの重要性を訴えた。


 次第に唯花さんの涙も枯れて、私の訴えを受け入れてくれた。


 私は彼の要望で、唯花さんの葬儀に参列することになった。この場で私は、涙を流して良いのか分からなかった。私より親交のある彼が涙を流さないからだ。既に溜めていたモノを流しきったのだろう。


 私は唯花さんの耳元に近付き、小声でこう呟いた。


「……唯花さん。私はあなたとの約束を果たしましたよ。」


 唯花さんは死に姿も絵になっていた。



 これで私の仕事は終わった。彼は私の想定以上に強い男性のようで、唯花さんが死んでも学校を長期間休むことはしなかった。対する私は幼少の頃から、滅多に人の死に直面していなかった。


 そのため唯花さんと出会って三月だったものの、酷い喪失感に苛まれた。きっと、この喪失感も総じて「運命」だ。


 こうして今の状況を客観的に見ても、悲しみは一行に消える気配がなく、私は授業中に涙を流してしまった。沈黙を貫いていたが、涙は留まるところを知らず、段々と感情も込み上げてきた。


 泣き声を出す寸前になって、たまたま隣の席だった彼が、ハンカチを手渡してくれた。彼のことなので、きっと教室外だったら、私の涙を拭ってくれたのだろう。



 私の運命観は、彼と唯花さんの不変の人生に深く刻みこまれた。そして私達の肉体に限界が来ても、運命は永久に不滅だと、涙の塩気がそう悟らせてくれたのだった……。

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