第30話 「有知」との遭遇
あの啓蒙は私の私生活に多大な影響を与えた。まず、私は人と言葉を交わすようにした。ただ、語彙力が全く備わっていなかったので、私は俗にコミュ障と呼ばれる状態にあった。
これを喫緊の課題とみた私は、ある趣味を始めることにした。それこそが、小説の執筆活動だった。取り分けライトノベル系の小説は会話に富んでおり、私は色々な妄想をする中で、自然と会話の流れを掴むことができていた。
この妄想に現を抜かすことと、復活した私の「運命論」が、精神面で強固な支えとなっていた。友達ともある程度の縁を築けて、まるで我が世の春といった生活を謳歌していた。
2017年4月7日。夢での啓蒙から丸三年近くが経ったこの日、私は晴れて高校に進学した。
第一志望の高校で展開される日常に、胸の高まりは何度も頂点に達していた。高校生にもなれば、一人ぐらい私の人間性を加味して、恋心を抱く男子がいてもおかしくはない。
中学一年生の私は、こうして新生活に胸を躍らせる私の存在を、予想だにしていなかった。そしてこの時の私は、普通の高校生活が送れると信じて疑わなかった。
……しかしその確信は、すぐさま覆されてしまうことになった。
自己紹介の時間になり、皆が自分の名前と経歴を言う中で、私はある一人の男子の名前に強烈な騎士感を憶えた。
彼の名は西野優斗。特別な読みではないし、日本に無数にいるような名前ではあるものの、私は彼の素顔が気になって、彼の顔面に焦点を合わせた。
すると、その素顔にすら既視感があった。いたって普通の顔立ちと、いたって普通の身体つきをしている彼には、特別突出している要素がなかった。
だが、彼が無数の普通に覆われた人間だからこそ、私は夢中の西野優斗と相関を導き出すことができた。
……あの夢中の人と全く同じ人だ。
たしか夢中の彼は、自身を2018年の高校生だと言っていた。彼は来年もまた高校生である以上、夢中との整合性はとれている。
私は彼が、夢に現れた男性と同一人物だと確信した。彼には魔法の類のなにかがあると思い、事情を尋ねずにはいられなかった。
ただ、このときの私は、自分がそれなりに人から好かれることを失念していた。私が彼の元へ向かおうとすると、私と縁を築こうとする女子が群れてくる。
ここで跳ね除けるのも後々手間が増えると思い、私は渋々、彼女らと言葉を交わした。結果として、私は入学式当日に彼と言葉を交わすことはなく、彼との接触は翌日以降にお預けとなった。
翌週、4月10日、私は朝のホームルーム前に彼との会話を試みた。しかし、そうは問屋が卸さなかった。今度は男子数人が私と接触してきた。
そして昨日の女子の軍勢も押しかけてきて、私は朝から授業間の休み時間まで、注目の的と化していた。嬉しい悲鳴とはこのことなのか……。
彼女達曰く、彼は入学式当日の放課後、校門前で他校の白髪美女と戯れていたのだとか。彼は質素な風貌をしておいて、やるところはしっかりやっているようだ。
益々、彼の素性が気になる一方で、クラスメイトによる猛攻は続く。遂に痺れを切らした私は、昼休み、彼ら彼女に用事があると言ってその場を離れ、彼との会話に漕ぎ着けようとした。
しかし、当の彼は教室に居なかった。私は他の教室と自習室を隈無く捜索して、最終的に図書室に辿り着いた。
人気の無い図書室の窓際に、一人の人影が見えた。彼はお天道様に半身を預けて、高校生離れした使途で時間を消費していた。
私は平生を保って彼に一声掛けて、隣席に着席した。しかし、彼は私に特別待遇をしてこない。どうやら私は、彼女がいる人間の心のゆとりとやらを見せつけられていた。
しかも話を交わしていくと、その彼女さんから彼に声を掛けたというもんで、少し半信半疑になった。
彼は私のことを、全く認知していない素振りを見せた。自明なことだったので、私は特別驚愕することもなかったが、彼は突如、次のような質問をして私を翻弄してきた。
それは「夢で出会った二人が、現実世界で再会する可能性」についての問いだった。まるで彼が私の存在を認知していると示唆するような問いで、私は急な話題の方針転換に、内心戸惑った。
そこで私は、彼の態度を事細かく分析することにした。だが、これもまた厄介で、私が「現実世界で再開する可能性は十分にある」と言うと、彼はなんの邪念もない、素直な笑顔を見せてきた。
彼は何に歓喜しているのか、推測は困難を極めていった。だからこそ、私はとても興味を惹かれ、彼を恣意的に執着しようと決めたのだった。
それからも彼とは教室で、幾つか言葉を交わす機会があった。彼は見かけそのまま、普通の高校生だった。ただ、彼は例の彼女さんの件で、入学式から向こう二週間の間は、よくクラスメイトに構われていた。
しかし、彼は人見知りな気質なのか。話題が沈静化すると、他人と密に関わることはせず、当たり障りのないように学校生活を送っていた。そのため、私が小説本を漁りに図書室を訪れると、彼が孤独を味わっていた。
こんな人間性の彼が、どうしたらあんな啓蒙ができるほどの人生観を獲得するのか。結論として出たのは、彼の彼女さんの存在だった。あまりの変貌ぶりを思うと、恋は人を狂わす破壊兵器なのかもしれないと、そんな突飛な思考にも至った。
あの対話から一ヵ月して、私はもう一度、彼と二人きりで会話をしたくなった。そこで昼休みに図書室へ向かい、案の定日光浴に励んでいる彼に声を掛けることにした。
開幕早々、彼は唐突に彼女さんと付き合ったという、わけの分からない台詞を言ってきた。なんとまだ二人は交際関係に至っていなかった。
事情を知らなかった私は、校門前で正々堂々戯れる仲にも関わらず、今までただの友人止まりだったことに、両方の目ん玉が飛び出るほどの衝撃を受けた。
その衝撃が解消されると、私達はまた会話を再開させた。すると彼は、彼女が死ぬ夢を見て精神的に不安定だと、こう言うのだ。
昔から他人が死ぬ夢を口外すると、夢の観測者の生命力が削がれるという迷信があった。彼がオカルト的な何かを信仰するような人相には見えないが、ひとまず私は深刻そうにその迷信を伝達しておいた。
……そしてその後、彼は独り言と前置きをしてこんなことを語り始めた。
その独り言に、私には恐怖とはまた別の、悍ましい何かが生じた。
端的に言えば、彼は彼女さんと夢で出会い、現実で再会した。やがて夢の彼女さんは、実は彼の一年先を生きている当人で、彼女さんが一年後に死に、自身は彼の妄想となったことを告げた。これを私は信じられるかどうか。そんな話だった。
彼は独り言と言ったはずが、最後には私に問い掛けをしてきた。
私はこの話を信じると答えた。そして私自身が小学生の頃に、夢で救われたとも話した。無論、彼とは言わなかったし、彼もそれを聞き流した。
次に彼は、彼女さんと出会った理屈を知りたがった。だが、私は空想ならいくらでも立てられると言った上で、全て運命に収束するとも言っておいた。
彼は刷り込みが早いようで、運命の一言で全てを納得してしまった。そんな彼の吸収性が人生観を大きく揺るがせたのかもしれない。
ひとまず、一つだけ確定したことがあり、それは彼の彼女さんが、来年、確実に死に至るということだった。
ただ、彼も彼女さんが死ぬことは理解しているに違いない。彼の夢中への信頼は、なにせ、彼女さんとの出会いの場なので、きっと私の想定を遥かに超越するほど厚い。
……とすると、また新たな疑問が生まれる。彼は彼女さんの死を悟っている中で、どうしたら私に未来への希望を抱かせるのか。
本来なら、今の私が抱いているのは絶望のはずだ。ただ、彼と会話を交わしていくうちに、一定の向上心を有している節は見られたので、私はどうにかして、都合がつくのかもしれないと思った。
これ以上、自称「妻帯者」さんに執着し過ぎても失礼だと考え、私はこれ以後、彼と密接に関わることは止めにしておいた。
私が既に、彼に強烈な啓蒙をしていたとも知らずに……。




