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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。【長編小説】   作者: 金森 亮
第九章 最期の一週。

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第28話 最期

 目が覚めると、そこにら宙に浮く自分の姿があった。ここは完全なる明晰夢のようで、三人称だった視点は、望めばすぐに一人称視点へと変更された。


 とにかく、僕は彼女の様子を観察しに行こうと思い彼女の名を念じ続けたが、特に転移することはなかった。このまま目を覚ますことに恐怖して浮足立っていた僕は、僕がどうやって彼女を呼び起こしたのか、検討に追われていた。



......運命に変更を加えたのは僕自身だ。じゃあその僕に問おう。最初に僕は何を思った? 僕のくそったれた善意は何を想像した?


 運命を改変する前の僕は、見るも無残な人生を送っていたはずで、孤独に打ちひしがれていたはずだった。それなら……。



......孤独な子供達に希望を。僕の二の舞を、どうか演じないでほしい。



 次の瞬間、僕の眼前には一人の黒髪少女が現れた。だが、正体はすぐに見破ることができた。仕草や背丈、顔を覗き見ると明らかに童顔で、正真正銘、幼少の金咲唯花だった。彼女の象徴たる白髪は、この世界では存在していなかった。


 彼女の涙腺は今にも崩壊しそうで、こんな独り言を発していた。


「......私が死んでも、この世の中は回るのよね。誰にも愛されない人生って、どうしてこんなにも億劫なのかしら......。孤独って、辛いよ。乗り越えろなんて、無茶よ。......死にたい。誰か、私を殺めてよ。」


 彼女は既に、命を絶つ前段階に立っていた。しかも彼女は、僕と同じレベルの孤独に打ち沈んでいたのだ。


 彼女の口から次々と、僕に夢で語った言葉と相反する卑下が放たれていく。僕はこんな悲観的な彼女を見たことがなかったし、観るに堪えなかった。


 僕は彼女の正面に立つと、足音に反応した彼女が僕に顔を向け、不審者を見るような目で応対してきた。そして僕は、彼女に口を開くのだった。


「どうしたの? 自分を蔑んじゃって。」

「......別に。どうもこうもしてないです。どっか行ってください。」

「......初対面の人間に、よくもそんな応対ができるよ。」

「あなたに興味が......、いや、この世の中に興味がないだけです。」

「......名前はなんて言うの。」

「まずは、そっちから名乗ってくださいよ。」

「たしかに、それもそうだな。」


 彼女の思春期真っただ中な言葉遣いに、僕はここが2014年の夢中だと理解した。僕は彼女にこう言う。


「西野優斗、2018年の時点では、三栖高校の二年生だよ。」

「今は2014年じゃないですか......。ここはやっぱり夢なんですね。......あっ、私は金咲唯花です。私に何用ですか......?」


 そして彼女の不貞腐れを断ち切るように、僕のここ数年に及ぶ人生を語った。


「自分語りをして申し訳ないんだけど、僕は中学時代に親を二人とも亡くして、一度最愛を喪ったことがあるんだ。」

「......それは、お辛かったでしょうけど。」

「あぁ、辛かった。死の淵に立たされそうになった。でも僕は高校に入学して、運命的に今の彼女と出会うんだ。今では、僕は世界一の幸せ者なんだ、と胸を張って言えるよ。」

「妄想じゃないんですか。」

「唯花さんの毒舌には、結構心をえぐられるな......。僕が言いたいのは、人生なんてどう転ぶかわからないんだから、全部の出来事に運命とでも言っておけば、自ずと納得できるよってことだ。だから......、今は耐えてほしい。孤独かもしれないけど、僕は君に希望を抱いてほしいし、君と未来で会いたい。」

「......無茶言わないでください。」

「大丈夫、君はゼッタイに生き永らえられる。まぁ、その頃には、僕の存在を忘れ去っているかもしれないけど......。」


 彼女は再び顔をうつむき、僕にこう語る。


「今が辛いからこそ、これ以上生きたくないんですよ......。今が辛いからこそ、未来を夢想できないんですよ......。母親はずっと仕事仕事って言って、私と暮らす選択を排除しました。私には、いま最愛がありません......。ただそれ以上に、普通の暮らしがないんですよ......。」

「......たしかに、唯花さんの生活は、世間一般とは違う生活かもしれない。それが普通の生活だと思えないかもしれない。でも、生き続けていればそのうち、普通の生活に落ち着くようになって、死ななくてよかったって自覚する日が来るさ。」

「あなたは、なんでそう堂々と断言できるんですか......?」


 適切な回答を見いだせなかったので、僕はそれっぽくあしらっておいた。


「僕は夢の番人だし、唯花さんの先輩でもあるからな。自信はたっぷりあるさ。僕は唯花さんが幸せになることを約束するよ。ゼッタイに。」

「ゼッタイに......?」

「ゼッタイにだ。」


 彼女は反論の余地を喪った。そして僕の言葉を受け入れる姿勢を見せ、こう言った。


「それは......、どうもありがとうございます。」

「どう? これで明日も生きよう、って気になった?」

「......いまはほんの少しだけ、そう思うことができています。」


 彼女は僕と違って、精神を病んでいる合間も、未来に希望を託そうと試みていた。


 だから彼女は、僕の未来の姿を拒絶しなかったのだろうし、希望がまだそこにあったから、僕も声をかけ続けられたのだろう。僕はそう悟るに至った。



 彼女が心意を述べてから十数秒が経つと、僕はまた別の世界に飛ばされた。



 そこでもまた暗然とする少年が登場したり、それが解決しても、また別の少女の元に飛ばされ、体感二時間は夢で説得を続けていた。彼女と出会っていない頃の僕は、大勢に希望を託そうと、こうして奮闘していた。そのツケが回ってきたが、とりわけ苦ではなかった。



 そうして僕は無意識状態になって、現実に回帰するのであった。



⋯⋯僕は、彼女との尊い約束を守り抜いた。




 4月22日、彼女の容体は快方の対極に向かい、言の葉を完全に喪ってしまった。それでも、身体に残る熱量をかき集めては、僕になけなしの笑顔を見せた。


 そして、懸命に口を振動させては、助詞だらけの言葉を発するのだった。生命としての意地が、そこにはあった。それ以降、彼女がこの世界で目を覚ますことはなかった。




 日付が変わり、深夜3時を過ぎたとき、急に彼女の血圧が低下して、警報が病棟中に鳴り響いた。


 僕は反射的に看護婦を呼び出したが、再び戻ってきたときには、心電図モニターの上部に、『0』が表示されていた。


 僕は思考を放棄して、彼女の両手を握った。冷たい汗が滲み出る中、握りしめていた彼女の手から、ほのかな温もりを享受した。僕の額には、悲愴を含んだ雫が零れ落ちていた。



 だが、まだ僕は、彼女を死人になんてさせられなかった。彼女から、まだ息吹を感じている。だから必死に握りしめて、彼女に生を感じさせようとした。


 無駄な抵抗などといった正論は、今の僕には全く通用しないのだった。そのまま僕は、彼女の耳元でこう囁いた。


「......僕と一緒に生きてくれて、ありがとう。」


 4月23日、午前3時3分、彼女は臨終を迎えた。身体が髪と一体化して白色を帯びる様は、恐怖以上の幻想美が、僕を包み込んでいった。


 次に彼女との青い春が、僕の脳を支配しつくした。僕はもう二度と現れることのない、春の匂いに打ちひしがれていった。



 看護婦さんに頼んで、待機所で仮眠をとってもらっていた彼女の母親を呼ぶと、生気を喪った我が子に、母親は意識を喪った。数分が経ち、医者が駆けつけて正式に死亡が確定すると、僕は莫大な喪失感に襲撃された。



 明日からの生きる糧が、供給路を絶たれた。窓に映る八重桜は、春の嵐に花をもぎ取られていた。僕は待合室のベンチで頭を抱えて、大粒の涙で感情を洗い流そうとしたが、できなかった。



 最終的に解離は、人工血管を施した以外の数か所にも及び、もう死期を待つしかなかった。彼女に走った激痛が、僕のもたらした幸福に置換できていたか、それだけが心残りだった。


 ただ、彼女が最後に語った言葉を想うと、なんとなく察することができた。


「......最後まで、私のね、幸せをかなえてくれてね、ありがとう......、ね。」


 彼女が遺した辞世の句は、結果的に彼女を、幸せなまま葬れていたことを暗示しているようだった。少なくとも、僕はそう信じたかった。



 しばらくして、彼女が遺体安置所に運ばれると、病床の小物置きにあった、彼女のスマホが振動した。差出人はやはり『万由』で、彼女の調子を尋ねる内容だった。


 僕はいけないことだとは分かっていたが、スマホにロックがかかっていなかったので、二人のやり取りを覗いてみることにした。



 遡っていくと、あの12月に出会った初日から、会話が始まっていた。最初は社交辞令から始まって、途中までは普通の会話が繰り広げられていた。




 しかし、彼女が紀野にある一文を送ってから、流れはすべて変わっていった。


「万由ちゃん。私ね、もう長くは生きられないの。理由は言えないし、根拠もないんだけど。私は優斗のそばに、ずっといてあげられないの。私は優斗にどうしてあげるべきだと思う。」


 彼女は先輩と後輩という立場を捨てて、紀野に助言を求めていた。彼女と紀野の関係性が、想像以上に親密で、僕は呆気にとられた。彼女の問いに、紀野はこう返信する。


「そう思われるのは、もしかして夢でなにか諭されたからですか?」

「......どうしてそう思うの?」

「私は過去に、夢の人物が現実に現れたことがあります。唯花さんも知っている人です。」

「優斗が夢に現れた......の?」

「中学生だった私の夢に現れたその人物は、自分を西野優斗だと自称していました。高校に進学して、同じクラスに同姓同名の人がいると知ったとき、私は唖然としました。また彼自身も、夢で唯花さんに激励されていたそうで、私はなにか関連があると感じました。」

「万由ちゃんは、私になにが言いたいの......?」

「唯花さん......。過去に誰かに啓蒙されたり、励まされる夢を観たことはありませんか?」

「......いま、すべてが繋がったわ。私を救った張本人は..................



 ここから先のやり取りを見ることはやめにした。


 僕は昨晩、夢中で何人もの少年少女を救ったが、名前はほとんど全員忘れてしまっていた。だが、たしかその少年少女の中に一人、『紀野』という子がいた気がする。……いや、絶対にいた。



 それが紀野万由ならば、答えは一つ。紀野も僕の被害者だったことになる。


 紀野は夢での僕との出会いが、記憶に鮮明に残っていた。そのおかげで、紀野は彼女に訴えかけて、彼女も夢に現れた僕の存在を、思い出すことができた。


 二人のその後の文章は読んでいないが、おそらく紀野は彼女とともに、彼女が望む運命を破綻させないための、辻褄合わせを考えてくれたのだろう。そしてその辻褄に従って、彼女は過去の僕に会いにいくことになったのだ。つまり、この運命の真のキーパーソンは、紀野万由だったのだ。


 無論、紀野の計らいがあっての運命なのかもしれないが、紀野は彼女の本望⋯⋯、いや僕の本望を達成するべく、経過を改変するための助言をしてくれたのだ。


 いままでの紀野の行動は、僕に恩を抱いていたが故だろう。そうでなければ、きっと運命は違っていた。そう考えるとやはり、これまでの日々は奇跡という言葉がお似合いだ。紀野は僕らを幸せに導いてくれた。


 僕は何も知らなかった自分自身を恥じた。そして世界は狭いと、そう悟らされるのだった。




 今日、2018年4月23 日。僕の二年間に及ぶ儚い色恋が、幕を下ろした。もうじき、また夏が立とうとしていた。

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