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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。【長編小説】   作者: 金森 亮
第九章 最期の一週。

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第27話 僕の幸せ、彼女の幸せ

 僕は彼女の願望に、了承も否定もしなかった。彼女の真の幸せを追い求めた結果、次のような自己犠牲の方針が脳裏を過ったためだった。



 ふと、僕が彼女の夢に侵入したのは、因果応報の『因』の部分であり、そしてここさえなければ、運命も変貌を遂げるのではないかと考えた。


 僕に諭されなかった彼女は、いずれ自分自身で激痛に対応すべく病院に向かい、運命に拘束されずに治療を受けて、今よりも先の未来まで生存できるのではないかと思ったのだ。


 僕の妄想で夢の彼女が、こんな根幹を揺るがす発想を黙っていたのは、きっと妄想が故のボロだったのだろう。


 このようにして、いままでの試行錯誤が、逆に彼女を不幸に至らしめていたという皮肉を知った僕は、彼女の要望に二言返事で応えられなかったのだ。


 僕の本音は、彼女にこんな早死にされたくなかった。僕と出会わなくてもいいから、長生きをしてほしかった。だからこそ僕は、彼女の価値観を是正しようと企んだのだった。



 あと、妄想上で夢の彼女が、僕に激昂した所以も判明した。


 彼女は僕と遭遇して、僕に感化されて今を生き抜いていた。あの時点で彼女に余命を宣告していれば、彼女は夢の男と僕の相関を見いだせず、素直に通院したのだろう。


 そうすれば僕らの関係は有耶無耶になり、僕は自責の念に駆られて、彼女は彼女で、運命に何の変化も起きない以上は、生涯を病床で過ごす苦行を強いられたのだろう。


 今日一日は、幸・不幸を天秤にかけ、その重みを推し量ることにあてがわれるのだった。



 彼女の母親には、何かあったら連絡すると告げて家に帰した。僕一人に重荷を負わせてはいけないとしつつも、僕の熱意と説得に完敗した。



 深夜1時になって病床に戻ると、彼女は既に眠っていた。モルヒネの副作用がそこまで発現しなかったことは、大不幸中の幸いだった。僕は彼女の隣で一夜を共にした。いたずらをしようなんて発想は、微塵もなかった。



 4月21日、仮眠から目を覚ますと、いつか見送ったはずの太陽が再来していた。


 彼女は既に目を覚ましていた。僕がおはようと告げると、彼女もおはようと返事してきた。窓を開けて換気をすると、病床に野草と微かな桜の匂いが充満した。そしてまた唐突に、彼女は隠し事を放つ。


「にしてもよく、私の余命宣告を黙っていられたわね。」

「いつから......、余命を知っていたんですか?」

「最初から私に、純愛を提示してきた優斗が隠し事をするなんて、夢の私に悲劇的な告白をされた以外に、考えられなかったもの。そこで、私の運命が一番に挙がったわ。そしてそれは、10月なると確証に変わったの。......私の夢にも来たのよ、余命宣告が。きっと私が、大動脈解離で倒れた後に、死にたくないとか言い放って、優斗を困惑させないための配慮だったのよね。」


 僕の中にあった疑念は、いま一つに結びついたのだった。


 僕は彼女の夢に、彼女自身が登場することはないと想定していた。でも、それは甚だしい勘違いで、10月から度々生じていた彼女の不可解な行動は、半年先を生きていた彼女自身から、余命宣告を受けて、運命を悟ったために生じていた。


 僕には辛い顔を見せなかっただけで、裏ではきっと悲しみに明け暮れていただろう。僕が彼女の価値観を創り上げた以上、間違いなく、彼女は失意のどん底にいた。


 夢の彼女の言葉は、僕の都合のいい解釈に過ぎず、たまたまそれが、現実でともに生きる彼女の性格と、合致していただけで、それを現実とはき違えていたのだった。僕はいつの間にか、妄想と現実を同一視していた。


 そして11月に、夢の彼女が僕に対して、彼女に献身するように命じたのは、余命を知った彼女に開いた、心の穴を埋めるためだった。でもそれ以前に、彼女は強い女性だ。


 だから胸の内に爆弾を抱えて、多少感情が乱れることはあっても、決して憔悴することなく、今日の今日まで耐えきったのだ。


 これらの事実に辛うじて辿り着いた頃には、運命の終末がもうすぐそこまで迫っていた。すると彼女は、気落ちした様子でこう話す。


「......その様子だと、まだ過去の私とは会っていないのね。」

「会いに行きたくなかった......、のかもしれないです。」

「それはどうして?」

「運命が変われば、唯花にもっと生きてもらえるかもしれない......、から。」


 彼女は、僕につぶらな瞳でこう問う。


「......優斗。優斗って、私の幸せが何者だと思っているのかしら?」

「......それは病に苦しまないで、人並みの人生を送ること、だと。」

「それはね、優斗の幸せなのよ。私の幸せはね、今の私を一番に愛してくれる人と相思相愛になって、生活の一部を共有して、もっと愛を育んで、最後に愛の渦中で死ぬことにあるの。私にとっての普通の生活は、愛があって初めて成り立つのよ。だから私は、いまの運命に賛成なの。早死には聞いていなかったけど......。もちろん、私は優斗と一緒の考え方をしたい。でも優斗には、私の願望が別にあることを理解してほしいの。」


 彼女の神経は、相当な域にまで衰弱していた。一滴、また一滴と涙を流す。自尊心を守るためか、頻繁に涙するようになった。そうして僕に、泣き落としのように乞うのだ。


「......優斗は、私を幸せにするって約束してくれたのよ。今朝も、夢の中でね。優斗だって、夢中で私と、そんな約束を交わしたんじゃないかしら。......別に反故にしたっていいのよ。これまでの優斗の苦慮は、記憶から抹消されるし、それが優斗の幸せになるなら、私はそう舵を切られてもいい。何をしたっていいの......。」


 僕は彼女を泣かせた。彼氏の僕が、彼女を泣かせた。幸せが空回りして、いつの間にか不幸を招き入れていた。


 これまで、なにもかもが僕の妄想の域でしかなく、本人の信も問うことなく、自己優越感に浸るだけの虚像を形成していた。



 そしてこの数年間、彼女は僕に、価値観をすり寄らせていた。僕はそれを、同一の価値観と錯覚して、彼女の配慮に仇で返してしまった。



 全ては唯花の考える『幸せ』の理想像を、何年も近くで観ていた僕が、汲み取れていなかったためだった。彼女はなにより、僕と幸せを育むことを望んでいたのだ。



 僕はもう、踏ん切りをつけることにした。彼女の真の『幸せ』を知った以上、僕が望む運命は一つしか考えようがなかった。


 僕はひたすら彼女を見つめて、平穏を取り戻すのを待っていた。



 長いこと、彼女と手を繋ぎ続けていた。それはたとえ彼女の死後硬直が始まっても、頑なに離すことを拒む勢いでいた。



 夜11時になり、彼女は僕にこう告げる。


「優斗。」

「どうしたんですか?」

「優斗がくれたキーホルダー、優斗も持ってる......?」

「えぇ、カバンに括り付けています。いつか落ちてしまいそうなので、普段はカバンの中にしまっています。それがどうかしたんですか?」

「......重ね合わせたい。」

「分かりました。」


 僕らはキーホルダーを繋いで、またハートを作り出した。彼女は繋ぎ合わせたことに安心すると、よかったとだけ言って、そのまま眠りについた。



 後を追う形で、僕も彼女の隣に座ったまま、2014年の彼女に出会うと心で誓い、浅い眠りにつくのだった⋯⋯。

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