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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。【長編小説】   作者: 金森 亮
第八章 地獄の春が立つ。

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第23話 友人のカチ

 2月23日、彼女の余命が二ヵ月を切った。彼女との思い出は、あと六十日程度しか築けない。


 僕はまだ、彼女が消える恐怖と、孤独の再来に、耐性をつけられていなかった。でも、僕は彼女が、中途半端に死ぬことのほうが、もっと恐怖だった。


 僕は明治神宮で、彼女から幸せであるとの報告を受けてから、少し気が弛んでしまっていた気がする。最後の最後まで、彼女が幸せを頂戴しなくては、僕も死にきれない。



 そう思い至った僕は、これまでに培った、彼女に幸を呼び込むための方針について、ノートに書き留めることにした。


 学年末テストが近かったものの、僕は昼の図書室利用の時間を活用して、端的にまとめあげた。



 僕はそのノートを、『幸せノート』と名付けることにした。第一項から数十項まで明記することを目指して、笑顔を絶やさないことや、彼女の自己肯定感を養うことなど、主に僕個人が執り行える策を記載した。


 またその理念を実現するための方法も、付記しておくことにした。


 幸せを追求する方法を明確化することで、彼女に幸せを取り込むことが容易になるし、いつかの僕らが遺した財産にもなる。

 ただそれよりも、僕は彼女との過去を、記憶とかいう曖昧なものではなく、媒体として遺せることに意味を感じていた。



 彼女の可憐さは唯一無二だ。彼女の笑顔も唯一無二だ。そんな特別な要素を保持している彼女を、僕は無情にも、あと二ヵ月で突き放すことになる。

 だからせめて、彼女の容姿と表情、言動を、恣意的にフラッシュバックさせてくれる手段が欲しかった。そのため、僕はこの幸せノートに、相当の価値を感じていた。



 そして3月5日、学年末テストが終わって、最後の答案返却が行われた。


 僕は今日の昼も、図書室で時間を潰していた。正確に言うと、今日中に幸せノートを完成形にまで持っていこうと、条項を書き留めていたのだった。


 最近は白髪彼女の話題も消えて、穏やかに学校生活が進行していた。



 なので別に教室にいてもいいのだが、ここが僕の慣れ親しんだ場所であること、そしてここでは彼女の余命宣告から、少しだけ逃避することができるので、毎日大切に利用していた。



 すると久しぶりに、黒髪を煌めかせる女子がやってきた。ここで話を交わすのも、実に半年ぶりだろうか。


「隣、座ってもいい?」

「いいよ。」

「ありがとう......、って優斗君、ノートになに書いているの?」

「彼女が幸せになるための方法だよ。」

「......私ね、つくづく唯花さんは恵まれていると思うよ。」

「唯花って......、なにを知ったような口調で......。僕の苦労も知らないで......。」

「怒らせちゃったかな......、ごめんね。でもね、私は優斗君が唯花さんのために、必死になって行動していることを知っているよ。」

「……」

「この一年、私は優斗君を近くで見てきた。優斗君は事あるごとに彼女、彼女って言っていたよ。それは優斗君が青春の一部分を、彼女さんに捧げてきた証だよね。」

「......そうだよ。僕はこの一年間、学校生活や私生活を放棄して、彼女に献身することだけを考えてきた。後悔の連続だったけど、それでも彼女が幸せだって言う度に、僕は自分の生き甲斐を感じられていたんだよ......。」

「だからね、優斗君にそう思われている唯花さんは、誰から見ても幸せ者なんだよ。」

「そうか......。」

「そうだよ。」

「......ごめん。強く言い過ぎた。」

「いいんだよ。でもね、優斗君。私は、優斗君に忘れないでほしいことがあるの......。」

「なんだ......?」

「優斗君は、唯花さんのヒーローだってことだよ。そして知らないかもしれないけど、優斗君は私のヒーローでもあるの......。」

「......どういうことだ?」

「きっと、優斗君自身の力で分かる日がくるよ......。運命の通りに生きていけばね。」

「......紀野さんは、僕らの運命を知っているのか?」

「......運命は、優斗君が思っている以上に、複雑に絡み合っているんだよ。すべてを紐解くなんて不可能だよ。だから、いま無理して知る必要はないと思うの。」

「そうか......。」

「......唯花さんを、本当の幸せに導いてあげてね。」


 紀野はそう言って僕の肩に手を置いて、その場を立ち去って行った。



 僕は紀野への感謝が欠落していた。いままで僕に、様々な価値観を共有してくれた紀野を、僕は何も知らない扱いをして、軽く侮蔑してしまった。僕は悔やんだ。


 そして今日は、紀野に謝れず仕舞いになってしまった。だが、僕はいつか必ず謝って、感謝しようと心に決めた。作業に戻った僕は必死になってノートを仕上げ、なんとか今日中に完成させたのだった。


 彼女がこの世を去るまでは、あと一ヵ月半となった。だがこれで、粗方準備は整った。



 3月16日、僕らは修了式の日を迎えた。この時期に咲くはずの枝垂桜は、温暖化の影響でもう葉桜になっていた。僕にとって、この一年はあまりにも早すぎた。



 彼女の余命宣告を受けてから、もう十ヵ月が立とうとしている。


 ここから先は、彼女をそう何度も遠出はさせられないと思った僕は、放課後、彼女にこんなことを提案することにした。


「唯花......、これから毎日、唯花の家に伺ってもいいですか......?」

「......懐かしいわね。優斗の唐突な重要発言。いつも私一人だからいいわよ。でも、具体的な時間は決めておきましょ。」

「いいんですか......、そんなあっさり決めてもらって。」

「私の家のことは、ちゃんと私で決めるから。」

「そうですか......。」



 そして僕は、春休みの間、頻繁に彼女の家を訪問しては、彼女の話し相手となって、彼女の幸せの一部を担おうと必死になった。


 お昼時に彼女の家に向かい、時々僕が昼食を持っていっては食卓を囲んだ。彼女の食欲は、全く減衰しなかった。


 それが大動脈解離の突発性を想起させることをして、僕は若干恐怖するのだった。



 彼女はいつでも、僕を歓迎してくれた。彼女は僕が来る度に、お茶か珈琲を淹れてくれて、半年前のような哲学ではなく、高校生らしい流行りの話題に花を咲かせた。



 僕は彼女から、孤独という概念を奪い去る勢いで、しつこいように毎日通い、毎日連絡する日々を続けた。


 彼女は僕の行動を、一切否定しなかった。

 たまに自分だけの時間を作れと言われて、春休みの課題に有効活用していたが、結局また発作が起きないか心配になり、生存確認をしてしまうのだ……。


 多分、これが愛の本質だった。

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