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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第七章 2018年。

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第20話 看病のメリット

 1月17日、今日は普通の平日で、僕らは二人とも登校日だが、彼女が軽い熱を出したそうで、僕は一人で登下校することになった。彼女は風邪がうつると悪いからと、家に来ることを控えるように言った。


 一応あの家は、丸々彼女のプライベート空間なので、僕はそう何度も侵入することはないと思い、素直に彼女の指示に従うのだった。



 しかし、1月19日、昼。今日もまた、彼女から体調不良で会えないと連絡があった。


 一日で風邪が治ったら苦労しないだろうとは思いつつも、もう三日が過ぎており、その三日とも、僕に連絡した時間が一致していた。そしてメッセージが、どんどん破綻していくので、僕は彼女の病状悪化を懸念していた。


 彼女は一人暮らしで、他の高校生とは事情が異なる生活環境なので、特に食事や薬をどうしているのか気がかりだった。


 ここで早退して、彼女の自宅に突撃訪問してもよかったのだが、早退理由について家族に説明するのが億劫だったので諦めてしまった。



 そこで僕は、休み時間の合間に購買で食品や薬を買い漁って、放課後はわき目もふれずに彼女の自宅へと向かうことにした。


 オートロック完備の住宅なので、彼女が呼びかけに応じるか不安だったものの、最初の扉は無言で開いた。


 そして玄関前の扉をノックすると、二十秒程度経ってから開錠する音が聞こえ、いざ扉を開けると、そこには顔がほてった様子の彼女がいた。心なしか、髪の艶も失われている気がする。彼女は僕にこう言う。


「風邪がうつっちゃうから、来なくてよかったのに......。」

「風邪が治んないなら、来るしかないでしょう......。こんなときに孤独死されたら、たまったもんじゃないですよ......。」

「......こんなときって、どんなとき?」


 僕は墓穴を掘った。大真面目に考えてみれば、運命は決して変わらないのだから、この体調不良が契機だったとしても、いまここで彼女が死ぬ心配は、一切存在しないはずだ。僕は適当に返答することにした。


「......付き合って、まだ九ヵ月ですから。」

「ふーん。」


 彼女はここで話を区切ったが、きっと、僕の返しに合点がいってなかっただろう。



 僕は彼女に寝床まで案内してもらい、彼女にはベッドで横になってもらう。寝室が寝室として別に備わっている点は、彼女の過程が上流階級であることを思わせたが、ほこりや髪の毛もそう散らばってはおらず、清潔に保たれている部屋だった。


 僕は彼女に、いまの容体について尋ねることにした。


「いまの体調はどんな感じですか?」


「一に熱、二に気怠さ、三に頭痛で四に熱って感じよ。」

「......相当熱があるんでしょうね。」

「一時間前に測ったときは、三十九度だったわ。」

「この二日間、どうやって暮らしていたんですか......?」

「出前と仕送りと出前で......。」

「自己破産しますよ、それ。とりあえず、おかゆ温めてきますから、ベッドで安静にしていてくださいね。」

「ついていっちゃ......?」

「ダメです。」


 そうして僕はキッチンを借りて、購買で買ってきたパウチのおかゆを湯煎する。


 器はどれを使うべきか分からなかったので、棚にあった手頃な大きさの器を使わせてもらった。



 これが旦那ならなんの違和感もないのだろうが、高校生の彼氏が看病しているとなると、少し荷が重いような気もする。


 しかしそれ以前に、彼女の家庭環境が他とは一線を画しているので、荷が重いなどとは言っていられないと思い、僕はおかゆを内部までしっかりと温めるのだった。



 おかゆを寝室に持っていくと、彼女は目を閉じて安静にしていた。スマホをいじる気力もないようで、想定以上に体力が削られているようだった。


 僕の足音が寝室に響き渡ると、彼女は目を開いて起き上がろうとする。僕は彼女にこう言う。


「おかゆ、温めおわったんで、食べてください。」

「......ありがとう。でも、手に力が入らないの。」

「......分かりました。」


 僕は少量のおかゆをスプーンで掬い、少し冷ましたのち、彼女の口元へ運ぶ。彼女は半笑いの表情で、おかゆを口にした。



 彼女に何度もやってもらった動作だが、いざ自分がやるとなると、若干の恥じらいが先行してしまい、僕は彼女から視線を逸らしてしまった。


 彼女はそんな僕の心情を、察知して笑ったのだろう。


「まずいことはないと思いますが、温度は大丈夫でしたか?」

「......美味しいわよ。」

「それならよかったです。」


 彼女は食欲不振ではなかったので、おかゆを黙々と食べ続けていき、十分もすれば一袋を食べきっていた。


「ごちそうさま。お金はあとでしっかり払うからね。」

「......律儀ですね。」

「当然よ。これでも私、優斗より一年長く生きてるんだから。」

「そうでしたね。」


 僕はおかゆの入っていた容器とスプーンを洗いに、それらを持って立ち上がろうとした。



⋯⋯すると僕の左頬は、柔らかで湿っぽいものに触れられた。


 僕は目線を、容器から彼女に切り替えると、彼女の唇が僕の頬に密着していた。僕は、「唯花」と発しかけたものの、途端にしおらしい態度の彼女に目を奪われ、なにも思考することができなくなった。


 目の前で起きている状況を、理性的に解釈することすら叶わなかった。だから、僕は彼女がその唇を離す瞬間を、じっと待つ他なかった。



 僕はこの時間が、それなりに長く続いてほしいと願った。この口づけの間は、彼女の運命を憂うことをも放棄させてくれて、心にゆとりをもたらしてくれた。僕はきっと、彼女よりも幸せになっていた。



 少しして、彼女は僕の頬に密着させることをやめ、おとなしくベッドで落ち着くのだった。そして彼女は、気持ちが宙に浮遊している僕に、こう言うのだった。


「......どう?」

「ど、どうって......。」

「今日の看病のお礼よ。」

「おかゆしか用意していませんけど......。」

「ううん。優斗はそれ以上のことをしているのよ。」

「......そうなんですか?」

「......私の家に来て、私の傍にいてくれることよ。」

「そりゃ、彼氏なんですから当たり前でしょうに......。」

「なら、その当たり前をありがとうね。」

「......どういたしまして。」



 その後、僕は彼女に市販薬を飲ませて、彼女の家で数時間待機することにした。彼女が薬の作用で眠りにつくと、次第に僕のほうにも眠気が送られてきたので、僕は床にひざまずきながらベッドに頭を乗せ、そのまま眠りにつくのだった。



 やがて僕は、深い眠りから目が覚めた。するとなぜか、頬が温かいのだ。


 焦点がはっきりしてくると、彼女が僕の頬に手を乗せて、静かに微笑んでいるのだった。僕は彼女にこう言う。


「......すみません。寝落ちしちゃったみたいで。」

「いいのよ。さっき体温を測ってみたら、三十六度五分だったわ。」

「あぁ......、よかった。」

「心配かけたわね。」

「本当ですよ......。」

「ごめんね。」

「......お腹すきましたんで、さっさと家に帰ろうと思います。」

「それなら、これから晩ご飯食べに行かない?」

「治りかけなのにいいんですか......?」

「滋養強壮しないといけないもの!」



 そういう流れで、僕らは近くのファミレスに足を運んだ。家に連絡してみたところ、晩御飯を明日の弁当に回してくれるそうなので、今日は心置きなく、彼女との晩御飯を堪能することにした。



 ファミレスは華金でもない平日の17時過ぎだということもあって、僕らの案内された周囲の席にはまだ誰も座っていなかった。


 早速、僕らは各々好きなものを注文して、しばし談笑していると、料理が運ばれてきた。僕は少し疑問に思ったので、彼女にこう質問することにした。


「......唯花、昨日、一昨日は、出前をとったって言ってましたけど、なにを注文したんですか?」

「えっとね......、カレーと牛丼と唐揚げ弁当......。あ、で、でも全部小盛にしたから。」

「少なくとも、病人が食う飯ではないですね。」

「食欲はあったから、仕方ないじゃないの......。」

「そういう問題ですかね......。」

「......それにしても、このハンバーグ、予想以上に美味しいわよ。ねぇ、一口食べてみてよ。」

「あれ、またあーんしてくれちゃう感じですか?」

「え、そうよ?」

「え......?」


 彼女はあーんの動作に抵抗を感じなくなっていた。しかも、自分の口をつけたカトラリーで運んでくる。


 別に僕らはカップルなので、なんの変哲もない光景だが、僕にはまだ少し恥ずかしがっていた。そして僕のその表情を、彼女がニヤリと笑うまでがテンプレとなっていた。


 僕がハンバーグを食べて美味しいと告げると、彼女は満足そうな顔をしてこう言ってくる。


「美味しいものを共有し合えるって、これ以上ない幸せよね。」

「言えてますね。」

「それに、優斗も間接キスに慣れたみたいね。私たちも、また一歩成長したのね。」

「......そ、そうですね。」



⋯⋯僕らはあと、何歩成長できるのだろう。


 僕は彼女の一言を受けて、ふとこう思った。4月23日は、もう間近に迫ってきている。そんな僕らは、あと何回新しい発見をして、新しい事柄を共有できるのだろうか。おそらく、数え切れてしまう程度しかないだろう。



 この一時にだって、喪われていく発見の数々が存在するのだろう。だから、僕はいまできることをひたすら考えて、必ず実行に移すんだ......。


 そんな思想が、僕を洗脳していった以上、僕は黙って食事を進めることはできなかった。



 周りには誰もいない。店員も僕らの容体を見ていない。そう確信した僕は、椅子から立ち上がって、机の端と端に両手を添えた。どうしたのと困惑する彼女に、僕が返事をすることはなかった。


 そして僕は身体を前のめりにして、彼女が反応する隙も与えず、彼女の唇に僕の唇を重ね合わせた。彼女は拒絶しなかった。


 しかし、僕は徐々に、禁忌を犯してしまったような罪悪感に襲われ、自然と彼女の身体から離れた。僕は彼女に、ごめんの一言を放った。彼女は僕の行動を以て、こう述べる。


「......ここ、公衆の面前よ。」

「分かっていた......、つもりでした。すみません......。」

「......先、越されちゃったわね。」

「すみません......。」

「さっきからなんで謝るのよ......。」

「随分前に唯花から、好きを態度で示せって言われたことがあったので......。」

「たしかに、ポートタワーのときに言った覚えがあるわ......。優斗が約束を果たしたって言うんなら、私はこれ以上、なにも言い返せないわよ......。」

「どうか、僕の蛮行を許してください......。」

「別に怒ってないわよ......。むしろ怒るどころか......、嬉しかった。私との約束の一つ一つを覚えていてくれて。」

「......まぁ、ポートタワーの件は言い訳なんですけど。」

「なら、少し怒るわよ。」

「前言撤回で......。」


 こうして会話が終わると、僕らは見つめ合って笑い合った。机のハンバーグは固くなってしまったが、僕らは誰が見ても柔和な表情をして、食事を再開するのだった。



 まだ、僕らには発見・体験の機会が残されている。何かを発見・体験することは、必ず幸せへの近道になるだろう。身近で些細なことでもいい。


 だから、ゼッタイに取りこぼしのないように生きるんだ。



 今日、僕は新たな体験をして、新たな観念が産まれた。夢の彼女が言っていた、そういう時期とは、こういう時期のことだったのだろうか......。

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