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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第六章 運命の破壊。

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19/22

第19話 正月の終り

 12月29日、もうじき2018年がやってくる今日この頃、僕は1月の到来に酷く怯えていた。彼女の死に対しては、だいぶ身体が許容できるようになっていた。



⋯⋯問題は、僕自身だった。



 彼女を喪った後の世界について、たとえ妄想を引っ張ってきたとしても、創造することが叶わない。


 彼女の死はすなわち、僕が生きる権利を剥奪されるに等しく、また夢中でも僕の妄想が関与している以上、純粋な彼女とは言い難いので、僕は完全に孤立することになる。


 無論、学校での友人関係は多少あるものの、それには代替不可能な、信頼関係・相互扶助・そして愛情が、僕らの間には潜んでいる。僕は彼女の幸せを考えると同時に、僕が彼女の死から立ち直るための方法を模索していた。


 時間が勿体ないとも思ったが、これだけは、どうしても死活問題だった。



 年末ムードと解離した悩みに明け暮れる中、僕のスマホには一通の連絡が届いた。


 『唯花』からのもので、「元旦、こっちこない?」という文面だった。つまり、彼女は自分の一人暮らしの家に僕を誘い出したのだ。



 誕生日とは違い、それなりの滞在時間が見込まれる。大胆な行動に出たとは思うが、きっと下心は皆無で、ただ、孤独な実態から解放されたかったのだろう。


 そう心情を察すると、僕はぜひ向かうと連絡して、当日を待ちわびるのだった。なお、なんならいまから行けないかという趣旨の文章は、直前で送信を控えることにした。



 2018年1月1日、無情にも年があけてしまった。元旦の意味合いは、一応元日の朝なので、僕は朝10時に彼女の自宅へ向かった。



 僕は駅南にある霊園の、更に南に住んでおり、彼女の自宅は駅から一分程度なので、絶妙に距離が離れている。


 そのため厚い下着と防寒着を着て、東京の極寒に挑むのだった。


 誰かが言うには、冬は早朝がめっぽう良いそうだが、僕はどう解釈してもそうは思えなかった。僕は冬の乾っ風に身体を震わされて、やっと彼女の家に辿り着いた。



 僕は彼女にオートロックを解除してもらい、インターホンを押すと、中からは部屋着姿の彼女が現れた。


 部屋着といっても淡い色した洋服で、パジャマのような抜け感のある格好ではなかった。何を着てもそれっぽく映える彼女の容姿には、いつも感服する。


「明けましておめでとう。今年もよろしくね、優斗。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」


 僕は今年がおめでたい年だとは、お世辞でも言えなかった。


 彼女の放った一言は、僕にとってはただの社交辞令でしかなく、おそらく彼女にとっても、そうだったかもしれない。次期に今年がめでたくなくなることは、想定に難くなかった。


 僕が椅子に着席すると、彼女は僕にこう言う。


「正月といえば、やっぱりおせちじゃない?」

「そう言うってことは......?」

「昨日から張り切って、おせち料理作ったの!」

「交際七ヵ月にして、初めての彼女の手料理......。長かったなぁ。」

「別に機会がなかっただけでしょ......。」


 彼女は僕に少し待っててと言い、冷蔵庫を開いて幾つもの小皿を取り出す。


 そしてそれらを大皿に並べだした。伊達巻も手作りなのかと思うと、彼女の料理スキルは想像の遥か上をいっていた。彼女は箸と料理を机に並べてこう言う。


「見た目も悪くはないけど、肝心なのは味ね。」

「胃に入ったらみんな一緒ですけどね。」

「なら、優斗は入口の草でもむしって食べるといいわ。」

「......冗談ですって。でも、伊達巻とか、よく綺麗に巻けていますね。」

「私の母親、いまは北海道に住んでいるって言ったけど、そこで料理人しているの。予約の取れないレストランとか言われるお店だから、なかなかこっちに戻ってこれないのよ。」

「そうなんですか......。」

「それでも東京に戻ってくる度、私に料理のイロハを教えてくれるの。幼少からの英才教育も相まって、この仕上がりよ。」

「......そうだったんですか。」


 僕は彼女の抱えた孤独が、ある程度、偶発的なものだったと知った。だからこそ、彼女はこの不条理をぶつける対象がおらず、心の中に閉じ込めてしまったのだろう。


 着席した彼女は、僕にこう言う。


「早速食べましょ。」

「いただきます。でも......、これだけ品目が多いと迷っちゃうなぁ。」

「それは、私に食べさせてもらう口実かしら?」

「本当に迷ってるだけですから......。」

「いいわよ。ほら、口開けて。」


 そうして僕は、彼女に伊達巻を食べさせてもらう。他の黒豆や栗きんとんも、店を開店できる程度には味が仕上がっていたものの、この伊達巻は一味も二味も違った。


 一番手の込んだ料理だからかは知らないが、僕は伊達巻を美味しい美味しいと言って、いつの間にか、一本の半分も食べ切ってしまった。それを見て彼女はこう言う。


「食欲旺盛でなによりよ。」

「一応は成長期ですし......。」

「......そうね。この調子なら、きっと優斗は、健やかに成長するわよ。」

「そうだといいんですけどね。」


 そう談笑しながら、美味しく楽しくおせち料理を食べていると、机にあった彼女のスマホが振動した。画面上には、『万由』という差出人から、新年の挨拶が来ていた。彼女は僕にこう告げる。


「......そういえば、優斗には言ってなかったけど、最近よく、万由ちゃんと連絡を取り合っているのよ。」

「あのとき、連絡先も交換していたんですか......。」

「万由ちゃん、本当にいい子ね......。よくもまぁ、優斗と付き合ってくれているわ。」

「自己肯定感を下げないでくださいよ......。」


「......優斗、もし私になにかあったときは、必ず万由ちゃんを頼りなさい。もちろんご家族を頼ってもいいけど、万由ちゃん、優斗が思っているよりもずっと、優斗ことをよく見てくれているわ。」

「......急にどうしちゃったんですか。」

「私は万由ちゃんになら、優斗を預けられるわ。」

「それは紀野さんにとっても、いい迷惑ですよ......。」

「そうかしらね。」

「......どういうことですか。」


 彼女と紀野が、陰で一体どんな会話を交わしているのか。僕はそれなりに興味を持ったが、他人のプライベートに介入する趣味は無いので、特段なにも行動には移さなかった。



 彼女がちょうどいい量を調理したので、僕らはおせち料理をすべて食べ切ることができたのだった。


 少しして、僕は彼女にこんな冗談を言う。


「......お年玉くれないんですか?」

「欲しいならあげるわよ、お年玉。」

「え、いや......。」


 彼女は自分の財布を取り出して、諭吉を二枚抜き出す。冗談が通じていないと思った僕は、彼女にこう言う。


「さすがに冗談ですから! 彼女に二万ももらう彼氏なんていないですよ!」

「......なんてね。久しぶりに優斗をからかえたわ。なんだかいい気分ね。」

「冗談に冗談で返されたってことですか......。」

「でも、欲しいなら普通にあげるわよ?」

「実家が太いのは分かりますけど、それは遠慮しておきます。僕の矜持のためにも......。」

「......優斗にもプライドはあるわよね。だって男の子だもんね。」

「唯花が幸せでいれるなら、僕は喜んで放棄しますけどね。」

「......優斗、自分の価値を下げちゃだめよ。」

「そもそも唯花と巡り合っていなかったら、僕の人生や僕自身には、びた一文の価値もなかったですし......。」


 僕が彼女のありがたさを執拗に語っていると、彼女の表情から笑みが消え去った。


 そして彼女は、僕に憤っている様子を見せるようになり、やがてこう言うのだった。


「そんなこと言わないでよ......。」

「僕は、ただ事実を述べているだけですよ。」

「勘違いしないでよ......。いまの私を形作ったのは、紛れもない優斗の価値観と、優斗の人間性よ。これは私と関わる以前から持ち合わせていた、優斗の才能なの......。私はそれを誰よりも理解しているわ。まだそれでも、優斗は自分に価値がないって言うの......?」

「えぇ。唯花がいなかったら、不発に終わっていたからですよ。だからこそ、唯花は僕の宝物です。人生をかけて守りたい宝物。つまり、僕の生き甲斐なんですよ。」

「......私が消えたら、どうやって生きるっていうのよ。」


 彼女は、もう包み隠すことなくそう言った。次第に彼女の目は潤んできてしまい、僕は彼女に涙の一滴も流させまいと思い、咄嗟にこう返事するのだった。


「唯花の魂と共に生き続けますよ......。だって僕は唯花と出会った時点で、人生に価値が生まれましたから。もういまの人生には、価値が十二分にあります。だから安心してください。」

「......約束よ。破ったら呪うから。」


 彼女は目頭を熱くしながらも、安心と平癒を得たことで、僕に笑い顔を見せた。彼女はどこかで聞いたことのある台詞を言い放って、僕にしっかり圧力もかけていった。


 よくよく考えてみれば、たとえ僕らの人生に終わりはあっても、僕らの運命には終着点がないのだ。


 つまり僕には、彼女を一生涯守ることができる。僕次第では、彼女との約束を無碍にすることはない。僕は彼女を突き放してはならない。僕はそんな思いに至った。



 いつの間にか、元旦は終わっていた。その後の僕らは、おせちを食べたことや、運命の約束をしたことも忘れて、正月特番を観て正月を堪能するのだった。

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