第18話 極上の「しあわせ」
12月23日、僕は日頃の行いが良いのか、時雨に見舞われることなく、冬晴れとご対面することができた。
彼女といつもの場所で待ち合わせをして、僕らが向かった先は明治神宮だった。彼女はどんな風の吹き回しか分からず、最後まで頭にはてなを浮かべていた。
僕らは原宿駅から少し離れた路地に入り、ある店の前で立ち止まった。僕は彼女にこう言う。
「着きました。」
「......着付け専門って。」
「もちろん、唯花にも着てもらいますけどね。」
「それはいいんだけど......。」
「いいんですか!?」
「......お金のかかることは、きちんと相談してほしかったなぁ。」
「相談したらサプライズじゃなくて、ただのやらせですよ......。」
今回、僕と彼女は、それぞれ袴と振袖を着用する。足を踏み外して泥でも付けたら......、と考えると、衣服にかかる緊張は段違いであり、僕は着付けてもらう際、必要最低限の言葉しか発しなかった。
袴は洋服と比べたら、もちろん重量感はあるのだが、思いの外、身動きは苦しくなかった。
現代人に合わせて、素材や形状も変化しているのだろうかと思い、感心していると、僕は入口の椅子に、腰かけているように促された。
彼女のプランには、メイクアップも含まれているため、僕の倍近い時間を要する。僕は振袖姿の彼女を想像しては、現実に戻ることを繰り返して、ざっと三十分を消費してしまった。そして女性用の着付け室から、彼女が出てくるのだった。
「......どう?」
「本当に......、連れてきてよかった。」
赤がテーマの振袖は、白の髪と相性抜群で、彼女のために仕立てられた一品、と言っても過言ではない。彼女の清廉な印象に熱情を加味して、ギャップのようなものが産まれていた。
振袖もさることながら、この化粧が異常なまでに、彼女の華やかさを引き立てている。やはりこの和服に対しては、メイクアップが必須だった。
普段は目立つような化粧を施さない彼女だが、いざ化粧をすると、童顔の中に、大人っぽさが現れるのだ。いつも髪を一つに結わく彼女が、今日は珍しく、頭に団子を乗せていた。
この麗しい女性が、僕と対等な位置にいる存在とは、到底思えるはずもなく、僕が彼女の彼氏である、という事実だけしか信じられなかった。
彼女は僕に目を細めてこう言う。
「......どうって言っているのに。」
「いや、だって、すごい綺麗で、どうして僕が彼氏でいるのか、不思議でたまらなくて......。」
「彼氏だから彼氏なのよ。」
「......じゃあ、僕の彼氏でいてくれて、ありがとう。」
「......その感謝は行動で示してほしいわね。でも、優斗の袴姿、新鮮だし、それなりに様になっていると思うわよ。」
「まぁメインは、僕の袴姿を見せつけることですし。」
「なら私も、ありがとうを言わなくっちゃね。......ありがとう。」
「どういたしまして。」
いまの時代、会計は事前決済という形も取れて、僕が金を出す様子を、彼女が横目で見るなんてことはない。僕はこの時代に産まれたことを、心の中で盛大に祝うのだった。
僕らはいざ、神宮の本殿を目指して、一歩一歩と歩みを進める。
着物で身を包んでいる人は、その大半が外国人であり、日本人は専ら洋服だった。
ただし、外国人でも着物を着る人は少数派で、僕らが袴や振袖を着ていると、明らかに注目の的となるのだ。小恥ずかしい気もしたが、横で僕に笑顔を振りまく彼女の姿は、それを見事に吹き飛ばしてくれるのだった。
僕らは南参道を北上し、やがて本殿の手前までやってきた。左手には客殿があり、ここでは結婚式の準備を行うのだそう。
それを見たことが原因かは分からないが、彼女は僕にこう呟く。
「明治神宮で結婚式を挙げる人たちは、きっといまの私たち以上に、注目を浴びるのよね。」
「それに二人にとっては、人生の最高潮でしょうし、周囲の人間も幸せにさせますから、いいことずくめですね、結婚式って。」
僕がこう返答すると、彼女の笑みが少しばかり消えてしまった。⋯⋯そして象徴的な、この発言をするのだった。
―――私はね、この運命と心中したいの。―――
「......運命と心中って、急に何を言い出すんですか。」
「私は優斗と、一秒でも長くいられるのなら、この運命と添い遂げるわ。」
「すみません。僕、馬鹿なんで、さっぱり意味が分かりません......。」
「ようするに、私は優斗が好きなのよ。......それだけじゃダメ?」
「......いや、感激です。」
僕らは本殿に進入してお参りをし、おみくじの前を揃って素通りしたのち、売店である長殿に到着した。そこで僕らは、御守りを購入しようという話になった。
良縁で名の知れる神社なので、二人して縁結びの御守りを購入した。
僕は縁結びの御守りを、新たな縁を結ぶ目的ではなく、縁を継続させる本来の目的で購入できたことを、誇りに思った。
すると長殿の巫女さんが彼女の立ち姿を見て、「お美しい」と言葉を漏らした。彼女が第三者からも美しいと評されたことに、僕は彼女以上に歓喜した。
一通り行程が終わると、彼女は僕にこう提案してきた。
「ツーショット、どこで撮るのがいいかしらね。」
「どこでもいいと思いますよ。」
「......なんでもいいの次に禁句ね、その言葉。」
「だって......、ここならどこで撮影しても、文句ひとつでないじゃないですか。」
「......それもそうね。なら、一度参道の入り口に戻りましょ。入口の大鳥居で撮るわよ。」
僕らは南参道を戻って、大鳥居の前にやってきた。彼女はスマホのカメラを起動して、内カメの設定をする。そして彼女はスマホを前に突き出して、僕にこう告げる。
「撮るわよ。」
「は、はい。」
「ちょっと優斗、離れすぎ。もっとこっち!」
そう言い放つと、彼女は僕の腕を掴んで、強制的に僕の身体を引き寄せ、頬を密着させた。僕は彼女との急な素肌の接触に、変な声が出てしまった。
しかし彼女はなりふり構わず、僕にハイチーズと言って撮影するのだった。
僕は彼女の大胆さを、先輩の余裕として受け取っていいのか悩ましかったが、最終的には彼女のプライドのためにも、そう思うことにした。
撮影し終えると、彼女は僕にこう告げる。
「優斗。私いま......、すごく幸せよ。」
僕はいままで、彼女が幸せになる路を模索し続けてきた。そして実際に彼女が声に出して、幸せと断言するまでになった。
この感動を言葉で言い表すことは不可能で、僕はそれを涙で置き換えるしかなかった。
涙を流す僕に、彼女は動揺してこう問う。
「ど、どうしちゃったのよ優斗。」
「......僕は嬉しかったんです。唯花が幸せだって口にしたことに、計り知れない喜びがあったんです。この言葉を聞くために、今日まで生きてきたと思うと、自然と涙が零れ落ちてしまいました。本当に、ここまで生きてきてよかった......。」
「......いま『も』って言えばよかったわね。ごめんね......、優斗。」
「いいえ、いま唯花が幸せなら、それでいいんです......。」
「......私の幸せを想ってくれる人が、こんなに近くにいるなんて、私って世界で一番の幸せ者ね。」
そう語ると、彼女は笑顔いっぱいで涙するのだった。僕らの涙は、決して惨めな涙ではなかった。それもそのはず、この涙は僕らの信頼・愛情の結集で、不幸ではなく幸を招き入れたのだから。
そして僕らは抱き合った。きっと、周りからの視線はあっただろうが、そんなことを気にすることなく、大鳥居の前には、僕らだけの空間が生まれていた。
幸せを噛みしめた僕らは、なにか特別なことを悟り合った。暗黙の相互扶助によって、心のどこかに残されていた、辛さ悲しみは薄れていくのだった。




