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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第六章 運命の破壊。

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第17話 可憐の誘惑

 あの公園デート以降、彼女はこれまで通りの言動で接してくるようになった。


 運命から目を背けたか、運命を受け入れて前を向いたか、いままで以上に僕に目を向けることで、呪縛から解放されたのだろうと推測した。

 彼女の顔には、また自然な笑顔が浮かんでおり、僕は普通が戻ってきたと思い安堵した。



 11月3日の晩、僕は半年ぶりに明晰夢に飛ばされた。


 夢の彼女は、僕の貴重な情報源となっているものの、僕はどこまで聞いていいものか、必死に線引きをしていた。


 彼女の余命があと五ヵ月と迫る中で、僕は彼女に尋ねるべきことを、懸命に模索していた。


 その間、僕が何も言わずにいると、彼女のほうから口を開いてくる。


「ここからの半年弱は、私の願いに、とことん応えてあげる期間よ。」

「一応、前々からそのつもりで動いていますけどね......。」

「ううん、このままじゃ足りないのよ、優斗......。ここから先は、これまで以上に、私の期待に応えてあげなくちゃいけないの。」

「......それは一体どうしてですか?」

「そういう期間に入るから......、としか言えないわね。」


 僕は解釈に苦しんだ。そういう期間がどういう期間なのか、このときは夢の彼女しか知り得なかった。僕は真剣な眼差しで、彼女にこう問う。


「......少なくとも、彼女は僕への心配より、幸せのほうが勝るようになるんですよね?」

「えぇ、断言するわ。だって、私は私だもの。」

「......それはそうですけど。」

「信用しなくてもいいのよ。私は優斗の判断を尊重するから。」

「泣きながら幸せにしてほしいってせがんできた唯花を、見放すことはしませんよ。」

「その気持ち......、絶対に手放さないでね。」

「言われなくても、分かっていますから。」

「......本当に分かっているのかしら。」

「どういうことですか?」

「いや、こっちの問題よ。私はあなたの妄想でしかないから、現実の私のことは、現実の私を見て判断するのよ。いいわね?」

「......分かりました。」


 すると僕は目が覚めそうになり、咄嗟にこう質問する。


「......現実の唯花は、余命宣告を知らないんですよね?」

「知らないわよ。」

「......そうですよね。」


 僕がそう発するや否や、結局いつも通り目を覚ますのだった。



 彼女に奉仕したい気持ちは山々だったが、僕と彼女の定期テストに干渉してしまい、奉仕はしばらくお預けとなってしまった。


 よってここからの一ヵ月間は、一緒に登下校する以外は、精々スマホを使って、体調や今日の出来事を軽くやり取りするに留まり、もどかしい日々が続いた。


 その間に、冬桜は満開を迎えて、儚く散っていった。




 12月8日、定期テスト最終日。一昨日、いつも通り二人で下校していると、テスト最終日の放課後に、昼食を食べに行こうという話になった。


 ざっと二ヵ月ぶりのデートで、僕はテスト勉強に熱が入った。



 そして無事にテストが終わり、僕はこれから訪れる、彼女との優雅な昼食のひとときと、定期テストの手応えによって、気分上々のまま、廊下を堂々と歩いていた。


⋯⋯すると、後ろから人が接近する気配を感じた。僕の歩幅は人より大きいので、不思議に思い振り返ると、そこには紀野がいた。紀野は僕に、間髪入れずに話し掛けてくる。


「いぇい、おつかれい!」

「お、お疲れたさまです。」

「......感想と労いが混じってるよ。」

「というか、紀野さんは、他の女子たちをどうしたんだ?」

「別に一緒に帰らないと、罰があるんじゃないし。」

「なるほど、捨てたのか。」

「私、そんな薄情な女じゃないよ......。まっ、優斗君の幸せを、お裾分けしてもらいに来たってことで!」

「おあいにく様、需要と供給が一致しているもんでね。」

「冷徹だね......。でもやっぱり、彼女さんは、優斗君のことを好きになるよね。」

「それはなんでだ?」

「それはね......。」


 紀野が回答を言うタイミングで、僕らは正門を出てしまった。そして彼女といえば、三十分前行動の熟練者だ。



 ということで、正門の向こうにはすでに彼女が待っているのだった。しっかりと目線があって、僕はその場で一旦静止した。


 変な誤解が生じそうで血の気が引いたものの、どうやら僕は、過度に思考しすぎていたようだった。紀野は僕にこう呟く。


「......白髪美女。え、と、ということはもしかして。」


 そう言うと紀野は、彼女の元へ一目散に駆け寄り、手を取って目を煌めかせた。まるで推しと対面した、厄介ヲタクのようだ。紀野は僕に、興奮した様子でこう言う。


「あなたが例の、白髪美人彼女さんですか!?」

「......え、えぇ?」

「いつも西野君から聞いています! 相当な美人さんと伺っておりましたが、彼の目に狂いはなかったようですね!」

「あ、い、いつも優斗がお世話になっています!」

「うおぉぉぉ!」


 彼女の対応は、まるで人妻......、いや、幼稚園児の保護者だった。僕は胸をなでおろした。紀野の饒舌に拍車がかかり、さらにこう続ける。


「二人の馴れ初め、ぜひ私にお聞かせください!」

「そ、それはいいですけど......。」


 彼女はこちらをチラッと見てくる。僕はこのシュールに、思わず失笑してしまった。


 もし僕の彼女でなかったら、紀野は赤っ恥をかいていただろうが、女の直感でも利用したのか、見事に彼女を当てて見せた。



 やがて紀野と別れた僕らは、白山駅に向かう。その道中で、僕は彼女に謝罪する。


「すみません。うちのクラスメイトが勝手に......。」

「そういう日もあるわよね。てっきり浮気したのかと思っちゃった。杞憂でよかったわ。」

「......まるで、僕が信用されていないような言い方ですね。」

「信用しているからこそ、こうして他愛のない話で、片づけられるんじゃないの?」

「ごもっともです。」

「優斗に何か用があったのかしら?」

「......さぁ、さっぱり分かりません。いつもあんな感じで、急に話しかけてくるもんで......。今日だって突拍子もなく、向こうから話しかけてきましたし。」

「変な子ね。あんなに可愛らしいのに、優斗なんかに興味をもって、それ以上に私に興味を持つなんてね。」

「......爆弾発言はよしてくださいよ。」

「安心して。優斗は今後もモテないから、私が責任もって愛してあげるわ。」

「......まぁ、それなら。ところで、どこで昼食をとりましょうか。」

「いい場所があるのよ。優斗も知っている場所。」

「僕が知っている......?」


 そうこう話していると白山駅に到着し、三駅乗だけ乗って、神保町駅に向かった。


 神保町といえば、春に彼女と喫茶した覚えがあり、逆にそれしか知っている飲食店はなかったが、彼女について歩いていくと、やはりあのカフェだった。



 いつ来ても、この小粋な空間に慣れることはない。ただ、前よりも僕らの親密度は格段に上がっていたので、彼女の彼氏役を務めるにあたり、場違い感は生じなくなっていた。僕は彼女に、こう告げる。


「なんか......、懐かしいですね。」

「八ヵ月で懐かしいなら、百年経ったときにはどうなるのよ。」

「きっと伝説になると思います。」

「伝説ね......。」

「なにか引っかかるんですか?」

「ううん、気にしないで。それより、今日はこんなものを持て来たのよ!」


 そう言うと、彼女は手提げバックから、一枚の用紙を取り出してきた。


「......これ、婚姻届じゃないですか。」

「気が早いなんて言わないでよね。」

「逆にちょうどいい頃合いだと思いますよ。」

「この前、区役所に立ち寄ったときにもらってきちゃったの!」


 無邪気な彼女は可憐で、毎度のことながら僕を魅了していた。僕もこの場の雰囲気に流されておくことにした。


 二人して婚姻届に名前を書いて、あとは証人だけというところまで持っていった。僕は彼女に、こんな冗談を言う。


「......証人は誰に頼みますか?」

「そこまで書いたら、本当に提出するしかないじゃないの......。」

「別に提出したっていいんですよ。まぁ不受理になりますけどね。」

「私はこれを、ずっと飾っておこうと思うの。初恋の人との思い出にね。」

「......は、初恋だったんですか?」

「初恋よ。あれはきっと初恋。」


 僕は驚いた。秀麗な男の一人や二人に、現を抜かすことは無かったのか⋯⋯。甚だ疑問だったものの、ここで別に疑心暗鬼になる理由もないので、ここはありがたく『初恋』を受け入れた。


 話を途切らせてしまったので、僕は独り言をぼやく。


「僕もあと二年足らずで成人か。なんだか、あっという間の十六年だったな......。」

「そしたら、やっと婚姻開始年齢にも達するわね。」

「せっかくなんで、いまプロポーズしておきます?」

「それは嫌よ。」

「......知ってます。」

「でも、見たいな。優斗の袴姿......。」


 僕には彼女の望みに対する、適切な返答が分からなかった。


 たしか肝硬変に倒れた父も、生前同じ文言を口にしていた。心身から余命幾ばくともないと思い知ると、人は周囲に叶わない願望を漏らすのだろう。


 すると突然、僕の頭で名案がひらめいた。僕は彼女に、12月23日を空けるよう嘆願しておいた。そして帰宅後、僕はあるサービスを検索して、予約するのだった。

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