第17話 可憐の誘惑
あの公園デート以降、彼女はこれまで通りの言動で接してくるようになった。
運命から目を背けたか、運命を受け入れて前を向いたか、いままで以上に僕に目を向けることで、呪縛から解放されたのだろうと推測した。
彼女の顔には、また自然な笑顔が浮かんでおり、僕は普通が戻ってきたと思い安堵した。
11月3日の晩、僕は半年ぶりに明晰夢に飛ばされた。
夢の彼女は、僕の貴重な情報源となっているものの、僕はどこまで聞いていいものか、必死に線引きをしていた。
彼女の余命があと五ヵ月と迫る中で、僕は彼女に尋ねるべきことを、懸命に模索していた。
その間、僕が何も言わずにいると、彼女のほうから口を開いてくる。
「ここからの半年弱は、私の願いに、とことん応えてあげる期間よ。」
「一応、前々からそのつもりで動いていますけどね......。」
「ううん、このままじゃ足りないのよ、優斗......。ここから先は、これまで以上に、私の期待に応えてあげなくちゃいけないの。」
「......それは一体どうしてですか?」
「そういう期間に入るから......、としか言えないわね。」
僕は解釈に苦しんだ。そういう期間がどういう期間なのか、このときは夢の彼女しか知り得なかった。僕は真剣な眼差しで、彼女にこう問う。
「......少なくとも、彼女は僕への心配より、幸せのほうが勝るようになるんですよね?」
「えぇ、断言するわ。だって、私は私だもの。」
「......それはそうですけど。」
「信用しなくてもいいのよ。私は優斗の判断を尊重するから。」
「泣きながら幸せにしてほしいってせがんできた唯花を、見放すことはしませんよ。」
「その気持ち......、絶対に手放さないでね。」
「言われなくても、分かっていますから。」
「......本当に分かっているのかしら。」
「どういうことですか?」
「いや、こっちの問題よ。私はあなたの妄想でしかないから、現実の私のことは、現実の私を見て判断するのよ。いいわね?」
「......分かりました。」
すると僕は目が覚めそうになり、咄嗟にこう質問する。
「......現実の唯花は、余命宣告を知らないんですよね?」
「知らないわよ。」
「......そうですよね。」
僕がそう発するや否や、結局いつも通り目を覚ますのだった。
彼女に奉仕したい気持ちは山々だったが、僕と彼女の定期テストに干渉してしまい、奉仕はしばらくお預けとなってしまった。
よってここからの一ヵ月間は、一緒に登下校する以外は、精々スマホを使って、体調や今日の出来事を軽くやり取りするに留まり、もどかしい日々が続いた。
その間に、冬桜は満開を迎えて、儚く散っていった。
12月8日、定期テスト最終日。一昨日、いつも通り二人で下校していると、テスト最終日の放課後に、昼食を食べに行こうという話になった。
ざっと二ヵ月ぶりのデートで、僕はテスト勉強に熱が入った。
そして無事にテストが終わり、僕はこれから訪れる、彼女との優雅な昼食のひとときと、定期テストの手応えによって、気分上々のまま、廊下を堂々と歩いていた。
⋯⋯すると、後ろから人が接近する気配を感じた。僕の歩幅は人より大きいので、不思議に思い振り返ると、そこには紀野がいた。紀野は僕に、間髪入れずに話し掛けてくる。
「いぇい、おつかれい!」
「お、お疲れたさまです。」
「......感想と労いが混じってるよ。」
「というか、紀野さんは、他の女子たちをどうしたんだ?」
「別に一緒に帰らないと、罰があるんじゃないし。」
「なるほど、捨てたのか。」
「私、そんな薄情な女じゃないよ......。まっ、優斗君の幸せを、お裾分けしてもらいに来たってことで!」
「おあいにく様、需要と供給が一致しているもんでね。」
「冷徹だね......。でもやっぱり、彼女さんは、優斗君のことを好きになるよね。」
「それはなんでだ?」
「それはね......。」
紀野が回答を言うタイミングで、僕らは正門を出てしまった。そして彼女といえば、三十分前行動の熟練者だ。
ということで、正門の向こうにはすでに彼女が待っているのだった。しっかりと目線があって、僕はその場で一旦静止した。
変な誤解が生じそうで血の気が引いたものの、どうやら僕は、過度に思考しすぎていたようだった。紀野は僕にこう呟く。
「......白髪美女。え、と、ということはもしかして。」
そう言うと紀野は、彼女の元へ一目散に駆け寄り、手を取って目を煌めかせた。まるで推しと対面した、厄介ヲタクのようだ。紀野は僕に、興奮した様子でこう言う。
「あなたが例の、白髪美人彼女さんですか!?」
「......え、えぇ?」
「いつも西野君から聞いています! 相当な美人さんと伺っておりましたが、彼の目に狂いはなかったようですね!」
「あ、い、いつも優斗がお世話になっています!」
「うおぉぉぉ!」
彼女の対応は、まるで人妻......、いや、幼稚園児の保護者だった。僕は胸をなでおろした。紀野の饒舌に拍車がかかり、さらにこう続ける。
「二人の馴れ初め、ぜひ私にお聞かせください!」
「そ、それはいいですけど......。」
彼女はこちらをチラッと見てくる。僕はこのシュールに、思わず失笑してしまった。
もし僕の彼女でなかったら、紀野は赤っ恥をかいていただろうが、女の直感でも利用したのか、見事に彼女を当てて見せた。
やがて紀野と別れた僕らは、白山駅に向かう。その道中で、僕は彼女に謝罪する。
「すみません。うちのクラスメイトが勝手に......。」
「そういう日もあるわよね。てっきり浮気したのかと思っちゃった。杞憂でよかったわ。」
「......まるで、僕が信用されていないような言い方ですね。」
「信用しているからこそ、こうして他愛のない話で、片づけられるんじゃないの?」
「ごもっともです。」
「優斗に何か用があったのかしら?」
「......さぁ、さっぱり分かりません。いつもあんな感じで、急に話しかけてくるもんで......。今日だって突拍子もなく、向こうから話しかけてきましたし。」
「変な子ね。あんなに可愛らしいのに、優斗なんかに興味をもって、それ以上に私に興味を持つなんてね。」
「......爆弾発言はよしてくださいよ。」
「安心して。優斗は今後もモテないから、私が責任もって愛してあげるわ。」
「......まぁ、それなら。ところで、どこで昼食をとりましょうか。」
「いい場所があるのよ。優斗も知っている場所。」
「僕が知っている......?」
そうこう話していると白山駅に到着し、三駅乗だけ乗って、神保町駅に向かった。
神保町といえば、春に彼女と喫茶した覚えがあり、逆にそれしか知っている飲食店はなかったが、彼女について歩いていくと、やはりあのカフェだった。
いつ来ても、この小粋な空間に慣れることはない。ただ、前よりも僕らの親密度は格段に上がっていたので、彼女の彼氏役を務めるにあたり、場違い感は生じなくなっていた。僕は彼女に、こう告げる。
「なんか......、懐かしいですね。」
「八ヵ月で懐かしいなら、百年経ったときにはどうなるのよ。」
「きっと伝説になると思います。」
「伝説ね......。」
「なにか引っかかるんですか?」
「ううん、気にしないで。それより、今日はこんなものを持て来たのよ!」
そう言うと、彼女は手提げバックから、一枚の用紙を取り出してきた。
「......これ、婚姻届じゃないですか。」
「気が早いなんて言わないでよね。」
「逆にちょうどいい頃合いだと思いますよ。」
「この前、区役所に立ち寄ったときにもらってきちゃったの!」
無邪気な彼女は可憐で、毎度のことながら僕を魅了していた。僕もこの場の雰囲気に流されておくことにした。
二人して婚姻届に名前を書いて、あとは証人だけというところまで持っていった。僕は彼女に、こんな冗談を言う。
「......証人は誰に頼みますか?」
「そこまで書いたら、本当に提出するしかないじゃないの......。」
「別に提出したっていいんですよ。まぁ不受理になりますけどね。」
「私はこれを、ずっと飾っておこうと思うの。初恋の人との思い出にね。」
「......は、初恋だったんですか?」
「初恋よ。あれはきっと初恋。」
僕は驚いた。秀麗な男の一人や二人に、現を抜かすことは無かったのか⋯⋯。甚だ疑問だったものの、ここで別に疑心暗鬼になる理由もないので、ここはありがたく『初恋』を受け入れた。
話を途切らせてしまったので、僕は独り言をぼやく。
「僕もあと二年足らずで成人か。なんだか、あっという間の十六年だったな......。」
「そしたら、やっと婚姻開始年齢にも達するわね。」
「せっかくなんで、いまプロポーズしておきます?」
「それは嫌よ。」
「......知ってます。」
「でも、見たいな。優斗の袴姿......。」
僕には彼女の望みに対する、適切な返答が分からなかった。
たしか肝硬変に倒れた父も、生前同じ文言を口にしていた。心身から余命幾ばくともないと思い知ると、人は周囲に叶わない願望を漏らすのだろう。
すると突然、僕の頭で名案がひらめいた。僕は彼女に、12月23日を空けるよう嘆願しておいた。そして帰宅後、僕はあるサービスを検索して、予約するのだった。




