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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第六章 運命の破壊。

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第16話 彼女の変貌

 10月2日、僕は今日も、彼女と登下校を共にしていた。


 唐突な話題の展開は、彼女の代名詞だが、今日展開された話題のほとんどは、哲学的な内容に固執していた。僕は彼女が、一種の悟りを開いたように見えた。

 その哲学も、死生観に基づく内容で、死後の世界や輪廻転生など、華の女子高生には似つかわしい表題だった。そしてそれが、なんと月曜日から金曜日まで続いた。


 彼女は、なにかを悟っているようだった。それが自身の余命宣告か、そうでないかは分からなかった。少なくとも、いままでの隠し事とは別種の隠し事をしているようだった。

 もっとも、最近の僕は彼女の運命を容認して、彼女に悟られないよう努力をしてきた。だからこそ、僕は彼女の発言や、微妙な顔色の変化に、もの恐ろしさを感じている。見当が一切つかないからだ。


 ただ万一、夢の彼女が余命宣告や、それ以外の運命について語っていたらと思うと、まともな会話が成立することはなかった。




 10月6日、放課後、僕は彼女にこう質問することにした。


「......唯花、最近なにかあったんですか?」

「なにかあったように見えるの?」

「見えますよ......。どうしちゃったんですか、急に毎日、哲学なんか語りだして......。」

「......興味が湧いただけの話じゃない。」

「どうして興味が湧いたんですか......。」

「うーん、なんとなくよ、なんとなく。」

「......なんとなくで片づけるにしては、少し突発的すぎますよ。」

「ごめんね。じゃあ、話題を変えるわ。」


 連日の彼女の態度は、まるで強い脅威から身を守っているようで、この日以降、僕は判然としない彼女の意識に、執着することとなってしまった。そして翌週、遂に僕が彼女の短命を確信する、ある出来事が起きてしまうのだった。



 10月14日、残暑が残る東京。僕らは一週間前から、今日の祝日を有効活用して、どこか近場に出向こうと考えた。

 そこで彼女が葛西臨海公園を提案して、一ヵ月ぶりのデートを挙行することになった。



 定番となった西巣鴨の駅前で、彼女はカフェ以来のワンピース姿を纏って待機していた。出会って早々、僕はこんな無稽な言葉を発する。


「僕、唯花のワンピース姿が、一番好きかもしれないです。」

「それならもっと早く言ってよね......。」

「前言撤回。やっぱり全部好きです。」

「優劣つけるのも、ときには大切なことよ。」


 ここから公園までは、大体三十分で到着した。駅を降ると、貴重な祝日に客が引き寄せられて、大盛況という具合だった。それも家族連れを中心に、全世代が集結していたので、僕はここが相当愛されている公園だと認識した。



 僕らはまず、鮪で著名な水族館に向かうことにした。彼女は最後のデートから若干間が空いたこともあり、胸が高鳴っている仕草を見せた。手を繋ぐことは、もはや僕らの不文律となっていた。


 僕は公園を隈なく予習して、彼女に僕が知識人だ、という心象を抱かせようとした。高校生でも、それぐらい見栄を張りたかったのだ。僕は早速、彼女に解説を始める。


「ここの観覧車、実は日本最大級の大きさなんですよね。」

「最大級ってことは、最大じゃないのね。」

「......それは言わないお約束です。でも一周十七分もあれば、満足度も中々だと思いますよ。」

「まるでツアーコンダクターみたいね。......さては今日のために、時間を惜しげもなく使って、公園の予習に励んだのかしら?」

「僕から言うことは何もありません......。」


 まだこのときの彼女は、僕にニヤリと笑って、デートの様相を保っていた。再び僕は、水族館なり鳥類園なりの豆知識を披露して、いまにも天狗になろうとしていた。



 ......するとどうしたものか、数秒経っても彼女から返答が来ない。まもなく彼女は立ち止まり、僕の腕は後方に引っ張られる。


 彼女の方に目をやると、右手で胸を押さえつけて、顔色を喪い苦痛に喘ぐ彼女の姿があった。


 そして次の瞬間、彼女はその場でしゃがみこんだ。これが大動脈解離の症状だと感づいた僕は、すぐさま百十九番通報を試みた。


......と言うが早いか、彼女は懸命に痛みを堪えて立ち上がり、僕のスマホを取り上げた。同時に、彼女はこう呟いた。


「......いで。」

「......え?」

「......救急には通報しないで。私は病院になんて行きたくないの......。今回は少しだけ、胸に痛みが伴っただけだから、なんの問題もないわ。」

「いや、顔色も、胸を押さえつける力加減も、尋常じゃないですって......。いまからでも病院に行きましょうよ。大事になったら大変ですし......。」


 僕は運命が変わらないのなら、少しでも彼女の痛苦を取り除くべきだと考え、いますぐにでも病院に送るべきだと考えていた。それが僕の考える、彼女の幸せだった。


 彼女は半笑いでこう告げる。


「この我慢は、私の幸せのために必要不可欠なのよ。ここで我慢しなかったら、私は真の幸福を手にできないの......。」

「我慢......? こうして痛みに悶え苦しむことが、どうして幸せと化すんですか?」


 次の瞬間、僕の懸念に対して、彼女はかつてない感情的な態度を見せるようになる。


「私の......、私の幸せを奪うようなことを言わないで! これが私の幸せなのよ! 優斗には分かんないでしょうね! 私が優斗との色恋にかけている想いなんて!」

「......えぇ、知りませんとも! 他人の僕が、唯花の内情を知るわけありませんよ! 僕を不幸にさせることが、どうして唯花の幸せに繋がるんですか!?......ならいいですよ。僕をとことん、不仕合わせな男にしてくださいよ!」


 僕は彼女に、ある種の正論を振りかざしてしまった。事実、彼女の痛苦を目の当たりにした僕は、彼女への心配が募る一方で、幸福とはかけ離れた感情を手にしていた。



 まもなくして、彼女の眼が潤んできた。そして何も言い返せなかった彼女は、僕に次の一言を発するのだった。


「......私は、ただ普通の生活を送って、普通に幸せになりたいだけなのよ。」


 彼女は絶句して、嗚咽した。怒り心頭に発していた自分に気がついたのは、彼女が隣で泣き喚いたためだった。



 僕らは今日、初めて喧嘩をした。


 僕は彼女を抱き上げて、近くのベンチに座らせる。非力な僕でも抱えられる身軽な彼女だが、僕に全く抵抗してこなかった。一旦さっきの口論で、体力を使い果たしたのだろう。



 少しだけ時間が経過して、彼女は口を開く。


「......もういいわ、今日は帰る。」

「嫌です。死んでも帰しません。」

「......帰るって言ったら帰るのよ。」


 僕は自暴自棄になりそうな彼女を、放っておく無情な彼氏ではない。僕はそう自負していたので、彼女に言葉で訴えかけることにした。


「これ以上、僕を不幸にさせないでくださいよ......。頭を下げて謝るから、唯花の心情に誠心誠意応じるから、唯花の幸せの有り様も理解するから......。だから、頼むよ。」


 僕が敬語も忘れ、躍起になって懇願していると、彼女はいまにも消え入りそうな声で、ごめんと言った。


 彼女から返答を聞けたものの、肯定か否定か分からなかったので、僕はこう言う。


「......鮪、見に行きましょうか。」

「うん......。」


 僕らは再び、水族館に向かって歩き出した。彼女の頬には見覚えのある、涙の白い跡が残っている。

 ただ、その下にはいつもの笑顔が復活していた。彼女のワンピースは、少し汚れてしまった。



 僕らは水族館に入って一目散に、鮪の泳ぐ大水槽に向かった。

 大水槽の前に立つと、彼女は僕にこう呟く。


「......綺麗ね。」

「自分のことですか?」

「そんなわけないでしょ。目の前の鮪よ。」

「......すごい、圧巻ですね。」


 何十匹もの鮪が灰色の身体を煌めかせて、大水槽を行ったり来たりする様子は、まさに海の宝石箱だった。


 これを売りにしているだけあって、客の大勢はここで立ち止まっており、子供たちは完全に釘付けになっていた。

 また老若男女の中には、僕ら以外にも数組、カップルも紛れていた。僕はどさくさに紛れて、彼女にこう言い放つ。


「……唯花。」

「どうしたの?」

「僕、唯花のこと、大好きです。」

「思い出したかのように言わないでよね。」

「......カップルに囲まれたここで言うのが、一番適していると思ったので。」

「水族館デート、考えることはみんな一緒ね。」


「唯花。僕は唯花が隠し事をしていることに、薄々気がついています......。」

「......そう。」


 彼女は実質的に、隠し事の存在を認めた。僕は彼女にこう問う。


「どうして僕に言えないんですか......?」


 そう僕が問うと、彼女は僕のほうを振り向いて、五十パーセントの笑顔でこう告げる。


「......優斗の隠し事と一緒。私が幸せになって、ひいては優斗も幸せになるためよ。」

「......そうですか。」

「いまこうして、優斗と普通のデートをして、普通の交際をしているのは、私の本望なのよ。だから私は、これを必ず守り抜かなきゃいけないの......。」


 彼女は何らかの信念を宿しているようで、僕はその信念に楯突くことができなかった。


 そして彼女の目力からは、運命を受容する覚悟を見せられている気がした。


 ただ、余命宣告されているにしては、彼女は自我を維持できていたので、僕は彼女の発言の根本を分からなかった。そんな彼女に、僕はこう言う。


「......それなら、僕らは誰よりも幸せにならないといけませんね。」

「えぇ、そうよ。」


 彼女がそう言った直後、眼前の水槽で鮪たちが活発に動き回るようになり、館内アナウンスから餌やりの時間が始まるとの案内を受けた。僕らの周りにも子供たちがやってきて、つぶらな瞳で鮪を追っていくのだった。


 僕はきっとこの鮪たちも、この閉鎖的な環境の中で、幸せを見出して懸命に生きているんだろうと考えたり、そう考えられる立場なだけでも幸せなんだと再認したり、餌やりの時間であることを忘れて、様々な思考をしていた。



 一方の彼女は、子供たちに交じって鮪の動きに無中になっており、餌やりの光景を存分に楽しんでいた。そしてあっという間に、餌やりの十分間が終了した。



 帰り際、僕は彼女にこう言う。


「あそこで帰らなくてよかったですね。」

「......悔しいけどそうね。」

「またデートしましょうね。」

「もちろんよ。」



 彼女の死期は、刻一刻と迫っており、彼女は僕らに突き付けられた運命の、少なくとも一部分は知ってしまっている。


 今日、唐突に幸せの去り際と出くわした僕は、運命の経過が、都合よく変更できないことを実感した。僕は彼女の理想を胸に、明日を生きることを決めた。

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