第15話 バースディとの干渉
9月24日、文化祭二日目を迎えた。あんなにも、彼女と会うことを意気込んでいた紀野は、なんと急な高熱で、学校もろとも欠席してしまった。
つくづく彼女と紀野は、巡り合わせが悪いと思う。
またいろいろと文化祭を謳歌しているうちに、11時の十分前になった。今日は僕が正門に到着する頃には、既に白い髪をした女性が立っていた。彼女に対する印象がどうあれ、道行く人は一度彼女を視認する。
彼女にかかる負荷が半端ないとは思いつつも、彼女の意思で白い髪を追求するのだから、僕は彼女に、改めて尊敬の眼差しを向けることにした。
彼女は少し後ろめたい気持ちがあるようで、視線をそらしてこう話す。
「......昨日はごめんね。急にこの場から逃げ出しちゃって。せっかく時間を工面してもらったのに......。」
「いいんですよ。僕が唯花に誕生日を言いそびれていたんですから。それに今日も、文化祭はやっていますから。」
「......じゃあ、早速行きましょ。」
僕らが校舎に入ると、クラスメイトや同級生と目が合う度に、この人が例の白髪美女......、といった反応を受けることになった。
僕と彼女が不釣り合いなことは、既にわかりきっていたので、僕は校内を正々堂々と闊歩することにした。道中、彼女は僕にこう告げる。
「......私の学校は女子高だから、普通の催し物が少ないのよね。可愛いに振り切っていたり、男装がモチーフのクラスもあったり......、独特な雰囲気なのよね。だからこの景色には、すごく新鮮味を感じているの。」
「そういうもんですか......。僕からしてみると女子高って、もはや別世界です。」
「でもよかったわね。女子高だから、私に浮気される心配はないわよ。」
「......たとえ唯花に浮気されたとしても、僕は唯花を好きで居続けると思います。」
「浮気しないって言ってるのに......。」
彼女は顔をしかめて、僕に不満気な表情を見せる。彼女は浮気に対して、人一倍の嫌悪があるようで、それは最愛が最愛でなくなるためだと察した。
無論、僕も浮気はしないし、されたくもない。たかが浮気ごときが、最愛という対価に代えられるはずがないのだ。
「奇遇ですね。僕も浮気という行為は大嫌いです。」
「まぁ、優斗には浮気する度胸なんてないわよ。」
「......それはそれで尊厳が傷つけられている気も。」
「だから信頼しているのよ。」
その信頼の証明になるかは分からないが、僕らはいま、無意識のうちに手を繋いで駆け巡っている。
こうして手を繋ぐことで、相互の拠り所が生まれるので、僕らはその安全地帯に身を寄せ合っているのだった。
僕のクラスにやってくると、クラスメイトは彼女に頭を下げたり、遠慮してその場をそそくさと立ち去ったりと、千差万別な反応を見せてくれた。
彼女は彼らの対応に、とても興味津々な様子で、僕がいい人たちに恵まれたことを歓喜していた。
その後は、僕が前日に好感触だった催し物に参加しては、青春を大っぴらに見せつけて、無事に終了の時間を迎えたのだった。
彼女は多少の疲労が蓄積していたが、それでも笑い顔は健在だった。僕はそんな彼女を見つめて、こう問う。
「......唯花は、どうして疲れていても、笑顔を絶やさずにいられるんですか?」
「笑顔が幸せの代名詞だからよ。自分も周りも幸せにできるって、笑顔しか無いと思うの。」
「幸せの代名詞ですか......。ふと疑問に思ったんですけど、唯花がそこまで幸せにこだわる理由ってなんですか?」
「......幸せを享受できなかったら、弱い私は、きっと死んでしまうわ。だから私は、自分を殺さないためにも、永続的な幸せが欲しいのよ。」
彼女は幸せを原動力にして、今日まで生き永らえてきた。僕の存在は、その原動力の一部に成り代われているだろうか。
少なくとも、僕はそう信じたかった。
数秒経って、彼女は僕にこう質問する。
「クラスで文化祭の打ち上げはしないのね。」
「来週末にやる予定です。」
「なら今日は、これから暇人ってことね。」
「せめて自由人って言ってください......。」
「私ね、優斗についてきて欲しい場所があるの。」
「......そうなんですか?」
「優斗、いますぐに帰れるのよね?」
「え、まぁ、ホームルームはどうにかなるんで......。」
「じゃあ、もう行きましょ。」
僕は荷物だけ回収して、彼女に手を引っ張られながら、足早に学校を後にする。彼女の行動は突発的なものというより、用意周到な気がした。まるで今日、文化祭の打ち上げがないことを知っていたかのように⋯⋯。
僕らは白山駅から電車に乗って、巣鴨駅で下車した。そして向かった先は、小洒落た外観のケーキ屋で、彼女は入店すると、予約した金咲だと言った。そして事前に予約していたのだろうケーキを受け取って、さっさと店を後にした。
「......急にケーキなんて買っちゃって、どうしたんですか?」
「馬鹿言わないでよ。優斗の誕生日ケーキに決まっているじゃない。」
「どうして......、どうして僕にそこまでしてくれるんですか?」
「文化祭まわりすぎて、疲れちゃったみたいね......。保冷剤、五時間持つらしいから、近くでお茶しましょうか。」
「真面目な質問なんですけど......。」
「私のことを好きな人だからよ。それも一番にね。」
「......それだけでいいんですか?」
「一番重要じゃないかしら......?」
そんな単純な理由で僕に心を委ねているとは、どうしても思えなかった。それは彼女の容姿が麗しいこともあって、僕と苦楽を共にする意味を、僕自身が感じられていなかったからだ。
彼女を好きになる男なんて、この日本に数多いることだろう。僕よりも外見が秀でている者や、才知がある者だっているはずだ。
夢の云々があったとは言っても、どうして僕を選んでしまったのか。
僕は不甲斐なさのあまり、憤死しそうになった。しかし彼女は、僕にこう告げる。
「ここで暗い顔することないでしょ......。優斗の悪いところは、自分自身を過小評価するところよ。人生なんて、過大評価するぐらいがちょうどいいのよ。」
「......過大評価なんてしたら、実態がそれより劣っていたとき、莫大な喪失感に駆られるじゃないですか。」
「そのときはそのときよ。後悔のない最期を迎えられたら、それでいいの。でもいつ死ぬかなんて、誰にも分からないでしょ? だから、自分自身を毎日鼓舞して、いつでも死ねるように準備するのよ。」
「......そうですか。」
僕は確信した。彼女は自身の余命を知らない。それにも関わらず、彼女の人生観は一般人の何倍も、研ぎ澄まされていたのだ。僕は彼女の理屈に対して、一種の戦慄を感ずるに至った。
やがて僕らは喫茶店に入店し、甘い飲料で身体を癒すことにした。飲料が届くと、彼女は僕にこう言う。
「一口飲んでみてよ。」
「......僕、いまから毒見させられるんですか。」
「毒見でもなんでもいいから、飲んでよ。」
「はいはい、分かりましたよ......。
......抹茶ラテのわりには、甘さもくどくなくて、飲みやすいですよ。」
「そう、ありがとう。」
そうして彼女は、ストローをそのままにして、抹茶ラテを飲みすすめるのだった。
ここまでくると、彼女の変態ぶりが露呈している気がして、なんとも表現できなくなってしまったが、同じ味を分かち合って喜ぶ彼女の姿は、本当に可愛らしかった。
次に僕らは、地元の西巣鴨に向かい、彼女はある花屋の店先で立ち止まった。
彼女はここにしてよかったと呟いて、店内に入っていく。そしてまた、予約していた金咲と発して、花束らしき物品を受け取るのだった。花屋を退店すると、彼女は僕にこう告げる。
「これで準備は整ったわ。......いまから私の家に来ない?」
「え、ゆ、唯花の家にですか......?」
「なにたじろいでるのよ......。」
「いや......、別にそんなこと。」
彼女の家は完全オートロックで、女性の一人暮らしに申し分ない設備だった。
エントランスを通過して、エレベーターで上層階まで上がり、彼女がある部屋番号の前に立つと、そこには堂々と金咲の札が貼ってあった。
鍵を開けてもらいお邪魔すると、そこには女子一人暮らしにしては広々で、清潔な住まいがあった。
リビングに加えて部屋が二つもあるそうで、維持管理するのも大変だろうと思い、僕は彼女を労うことにした。
「......よくこんな広い家を管理できていますね。」
「汚らしく使わなかったら、掃除する手間も省けるわよ。私、飲み物注いでくるから、リビングの椅子に腰掛けて待ってて。」
「ありがとうございます。」
そうして彼女は、飲み物にケーキ、ケーキ用ナイフと花屋で買ってきた代物を持ってきた。彼女は着席すると、箱に入ったケーキを取り出す。
そこには見るからに美味しそうな、苺のショートケーキがホールで存在していた。『お誕生日おめでとう』とチョコペンで記された、プレートも載っている。
「優斗......、お誕生日、おめでとう。私と同い年になったんだね。」
「そうなんですか......?」
「私、早生まれで、2月10日に産まれたの。だから私も優斗も、おんなじ16歳よ。」
「また、すぐに追い抜かれちゃいますけどね。」
「......そうだといいわね。」
僕は完全にしくじった。次に僕が誕生日を迎えたとき、彼女は僕の歳を追い抜くことはできない。
彼女がある程度の事情を知っていると分かり切っていたのに、僕はこんな稚拙な発言をしてしまった。
僕がそう後悔していると、彼女は黙々とケーキを入刀して、八等分に切り分けていた。彼女は僕にこう告げる。
「まったく......、優斗のヘマで、誕生日を祝えないところだったわ。」
「それは本当にすみません......。」
「ケーキ、責任もってちゃんと食べきってね。」
「......残り、全部ですか?」
「私、そんな甘党じゃないから。」
「えぇ......。」
とても美味しいケーキだった。昨日の午後に予約して、今日中に完成までこぎつけてくださった、パティシエの方々には感謝の念に堪えない。
二人して美味しい美味しい言いながら食べ進めていると、彼女は花屋で買った品を取り出してきた。彼女は僕にこう言って、それを差し出してきた。
「プレゼントよ。家に花瓶がなかったら貸すわ。」
「これ......、コスモスですか?」
「そうよ。赤いコスモス。昨日、花屋で一番いい束を取り置きしてもらったの。」
「......綺麗です。」
彼女が誕生日プレゼントに用意していた物は、赤い色をしたコスモスの花束で、一輪一輪が美しく束ねられていた。
高校生の誕生日プレゼントに花束を贈るセンスは、並大抵の高校生は保有していないだろう。だからこそ、僕はこの花束に、特別な想いを感じた。
「ありがとうございます。枯れそうになったら、押し花にして大切にとっておきます。」
「......結婚式みたいなことするのね。」
「それぐらい、貴重な花々なんですよ。」
「......昨日は本当にごめんなさい。私......、悔しかったの。こんなに優斗の近くにいて、優斗のことを一番に分かっているつもりだった私が、優斗の晴れの日を知らなかったことが、屈辱だったのよ......。」
「帰るときに、一声かけてくれてもよかったのに......。」
「私に嫌われたと思った?」
「一ミリも思いませんでしたね。だって唯花、生粋の変人ですし。」
「それは余計よ。でも、こうしてちゃんと祝えてよかった......。」
「僕も生きていてよかったです。」
「......ちょっとオーバーね。」
「過大評価がいいんですよね?」
「......揚げ足をとらないで。」
僕らはいつものように笑い合った。何気ない会話で笑えることは、最高の幸せだった。
こうして僕の誕生日は、過去最高の盛り上がりを見せて終幕した。
⋯⋯ちなみに、赤いコスモスの花言葉を調べてみたところ、情熱、そして愛情の意味が込められていた。彼女は粋な方法で、僕への愛情を表現してくれた。
僕が喜ばしい状況にあるとき、一緒になって喜んでくれる。僕が辛いときには、涙で共感してくれる。僕が失言しても、愛想を尽かさない。そんな彼女を、僕は文字通り、手放したくなかった。
独占欲かもしれないこの情動を、運命の一言で押さえつけるほうが、無理難題だった。こんなにも早く手放すことになるなら、元から交際すべきではなかったという、歪んだ思考すら展開されるようになった。
僕の内情には、運命改変の四文字が浮かび始めていた。
......ただ、彼女が純粋な気持ちで僕の彼女をするのは、この9月を以て終了してしまうのだった。




