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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第四章 最終夏。

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第13話 夏の終焉

 8月8日、僕は6時に起床した。そうすれば、彼女を確実に起こせると踏んだためだ。


 彼女のことなら、目覚まし時計さえあれば、確実に起床するだろうし、僕が出る幕はない。でも、眠っている彼女の御尊顔というものを、一度は見ておきたかったのだ。


 頑張って目をこすり、視界から靄が消えると、僕は彼女のほうに視線を向けた。彼女はこちらを向いていた。安易に使うべきではないとは思うが、彼女は天使のような顔をしていた。



 加えて、いまにも消散しそうな呼吸音・丸くする身体・煌めく白髪、これら全てが尊く、僕は萌えという概念を習得するに至った。



 ......どうして彼女のような人間が、こうして僕の隣にいるのか。僕は改めてそう思った。ただ彼女の顔を見つめていると、僕は相当ちっぽけなことを考えているのだと気づいた。



 今日は昨日より、朝早くから行動することにした。宮城には、日本三景の松島が存在する。だが、いかんせん人気観光地だ。日中は人混みのせいでまともに見ていられない。


 僕としては観光地が騒々しいと、記憶に残りづらく勿体ないので、人気な場所は朝に巡ってしまおうと思ったのだ。



 そして7時を迎えると、僕は目覚ましのスイッチを切って、彼女の身体を揺すって起こそうとした。

 それなりに深い眠りだったようで、三十秒してやっと目を開いた。彼女は開口一番にこう言う。


「......お、おはようございます。」

「おはようございますって......僕ですよ、僕。」

「......なんで優斗が、ってそうだわ。いま、旅の真っ最中だわ。」

「おはようございます、唯花。」

「......おはよう、優斗。」



 女性というのは、準備に莫大な時間をかけるそうなので、僕は黙って、彼女の身支度が完了するのを待つことにした。


 僕の支度は顔を洗って歯を磨き、多少寝癖を直して服を着たら終了なので、6時の段階に済ませておいたのだった。



 暇を持て余すと思った僕は、今日の工程に不備がないか、何度も調べ直すことにした。すると彼女は、僅か十分で、ユニットバスから出てきた。


 僕は彼女にこう問う。


「え、もう身支度終えたんですか?」

「私、ほとんど化粧しないもの。髪をとかすのが、一番大変かもね。」

「基礎部分が強すぎます......。」

「......褒めて、いるのよね?」

「無論です。」



 そうして僕らは鉄道に乗り、松島に向かった。約三十分の乗車で松島海岸駅に着くと、そこには静寂が広がっていた。


 夏休みなんだから、この近辺に泊っている観光客が、朝松島しに来てもいいんじゃないかとも思ったが、静寂に越したことはない。彼女は手を上にぐっと伸ばして、僕にこう言う。


「夏場なのに、こんなに空気が澄んでいるのね。」

「政令指定都市から電車で三十分とは、驚き桃の木山椒の木ってやつですね。まぁ松島に生えているのは、もれなく赤松の木ですけどね。」


 彼女は吹き出した。そして笑い声に乗せこう言った。


「いいわねそれ、なんだか風情を感じるわ。」

「......これで風情を感じるのは、結構上級者ですね。」

「じゃあ、そういうことにしといて。」



 街はずっと静寂を保っており、たまにウミネコらしき鳴き声が静寂を破壊する程度だった。結局誰ともすれ違うことなく、僕らは松島を望む島、福浦島に到達した。



 福浦島には既に何人か人がいるようで、そういえば島に渡る前の駐車場に、宮城ナンバーの車が数台停まっていたことを思い出した。そこから数分歩いて、遂に見晴台に到達した。

 今日も今日とて空一面が青く、遠くの島々も輪郭がくっきりと見えるのだった。


 すると彼女は、僕にこう呟く。


「療養のために都会を離れた作家も、こんな気分だったのかしら。」

「どんな気分ですか?」

「自分の知らない景色、空気、音、それが一度に押し寄せる衝撃が、たまらなく心地いいの。」

「......この景観を前にしてそれって、唯花は、やっぱり変わっていますね。」

「なら、優斗はどう思ったの?」

「駅からここまでの道中に、英語以外の外国語がなくて、あまり外国人に浸食されていないんだなって思いました。」

「......着眼点が、常人のそれじゃないわよ。」

「ならひとまずは、ここに来られてよかった、って言っておきますよ。」



 僕らは自然と手を繋いでいた。彼女と同じ空間で、同じ時を共にするいまは、あまりにも贅沢すぎた。でも僕は、贅沢を噛みしめることに必死で、その貴重さを、完全には把握できていなかった。



 二十分ほど滞在して、僕らは駅に戻った。駅前の交番は、瓦屋根の古民家のような設計で、僕は思わず目を引かれた。そして隅から隅まで観察しているうちに、窓に張られている県内の交通事故負傷者数の張り紙に目が行った。昨日の死者は一人だった。



 ......人の死。ある個人の人生の終焉が、ここでは簡潔に、それも機械的に述べられていた。こんなにもあっけなく、人は葬られてしまうのだと思うと、僕は不意に、彼女が余命八ヵ月であることを思い出してしまった。



 この順風満帆な生活に終焉があることを、ひょんなことから再認識してしまったのだ。



 それからも僕らは、いろいろな場所を見て回ったはずだが、僕はそれらをすべて忘れてしまった。彼女の死ぬ光景が、妄想の世界でパターン化されて、僕の脳内で再生され続けていた。


 僕は非常にもったいないことをした。僕が今更、どうして運命に落胆したのかは分からなかったが、僕は死の残酷に直面した。



 そして我に返った頃には、僕らは塩釜の寿司屋にいた。彼女は半ば放心状態の僕を見てこう言う。


「⋯⋯優斗さーん、生きていますかー?」

「ふぇ、え、あぁ⋯⋯。」

「どうして今まで心非ずだったのよ。」

「す、すみません⋯⋯。つい考えごとが捗ってしまって。」

「そう。つまり私との旅行よりも、妄想にエネルギーを費やしていたと。」


 僕は視線を逸らした。彼女は僕が逸らした先に、一貫の寿司を運ぶ。


「その妄想も美味しいものを食べれば、きっと収拾がつくわよ。」

「⋯⋯ありがたくいただきます。」



 旨い飯と彼女のコンビは、二度と訪れないだろう贅沢の極みだった。更に宮城県民の訛りが香辛料の役目を果たし、一層豪華絢爛な飯に昇格させてくれた。



 僕らは少しの間、味覚に向かって幸せホルモンを分泌されまくり、無事に一泊二日の宮城旅行は、閉幕のときを迎えたのだった。



 僕らは旅行の後も、ビデオ通話や普通の通話で会話を楽しんで、あっという間に二週間が経ち、8月23日の始業式を迎えたのだった。これを以て、僕らの夏は終了した。


 ⋯⋯終了してしまったのだ。



 何から何までその多くが失策だったと自覚するも、後悔先に立たずで、僕には秋を出迎える用意しか、なす術は残されていない。



 だが、この夏に得た教訓もあった。僕は負の事柄に目を向けてしまうと、彼女の運命と照らし合わせてしまう。

 だからこそ、まずは僕自身が負の感情を抱かないよう、負の情報から目を背けることにした。彼女に真の幸せを送り届けるには、この方針以外考えようがない。



 僕はその意識を胸に、残された七ヵ月を経過していこうと、そう決心するのだった。

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