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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第四章 最終夏。

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12/20

第12話 行程破綻

 花火大会が終わり、次にやってくるのは一泊二日の旅行。この夏一番のイベントであり、僕は計画に不備がないか、入念に、入念に調べ上げた。

 僕は寝る間も惜しんで、彼女が笑顔を失わないような態度を確認して、夏を台無しにしないようにと善処するのだった。



 そして8月7日、遂に旅行の当日を迎えた。夏は年を経る毎に僕らを殺しにかかり、今日が8月7日だという実感をも破壊して、挙げ句の果てにはご自慢の灼熱で、東京を埋め尽くしていた。


 僕もこれに触発されたのかは知らないが、血が騒ぎに騒いでしまい、一睡もすることができなかった。


 僕らは8時に、西巣鴨駅のいつもの出入口で、待ち合わせを予定していたが、いかんせん彼女のことだから、真夏の西巣鴨であても三十分前には到着して、僕を待ち構えるという展開が、ありありと瞼に浮かんできた。



 そのため、僕は当日、約束の三十分前に到着するよう逆算して行動することにした。

 もしかすると、彼女も今日ぐらいは、8時ちょうどに来るかもしれないと思った。それぐらいには暑さが深刻だった。しかし、僕の予想は外れ、そこには既に、ご自慢の白髪を光彩陸離と煌めかせる、彼女の姿があった。


 彼女は僕に気づくや否や、余裕な態度でこう語る。


「今日はここへ、四十分前に来たわ。前回の教訓を生かしたのよ。」

「変なことで争わないでくださいよ......。僕は夏場の路上に、彼女を長時間立たせるような男じゃありません。」

「......別にここ、日陰だからいいのに。」

「今日は日陰でも、十分暑いですよ......。」


 僕はダラダラと汗を流していたが、彼女は特に日傘もさしていないのに、汗の一滴もたらしていなかった。なんだか僕は、彼女に完全敗北した気分だった。



 そうして僕らは電車に乗り込み、一路東京駅に向かった。予算的にはバスの方が嬉しいが、一時間半で結ぶ新幹線には遠く及ばない。東京駅で東北新幹線に乗り換え、僕らは東京をあとにした。


 上野駅を過ぎたタイミングで、彼女はボソッとこう告げる。


「......私、引きこもり症だったから、新幹線は今日が初めてなのよ。」

「なるほど、僕が初めてを奪ったわけですか。」

「彼女に言う台詞じゃないと思うけど。......それと、本当に大丈夫なの?」

「旅程なら、ちゃんと余裕をもたせていますよ。」

「......金銭面の話よ。流石に優斗一人に任せっきりだと、はしたない女だとしか思えないの。」

「それ、何もかも男が奢るべきだと豪語する連中に言って下さいよ......。僕が提案して、僕が全て賄うって決めたんですから、それ以上でもそれ以下でもないですよ。その代わりに、これで幸せを掴んでくれたらいいんです。」

「じゃあ次のデートでは、財布の紐を緩めるの、一切禁止ね。」

「えぇ......。」


 10時過ぎ、定刻通り仙台駅に到着した。改札を出た途端、巨大な吹き流しが歓迎の意を伝えてきた。


 彼女はというと、幼子のように顔を輝かせて、雰囲気だけでも充足感を感じているようだった。これだけでも、僕が旅に連れ出した価値は十二分に存在していた。



 駅を出ると無数に行き交う人の流れが、大都市を彷彿とさせる。七夕祭りが助長させているのは確かだが、それでも東京と全く遜色ない情景が広がっていた。


 新地に感動していると、彼女が右手を伸ばしてきたので、僕も左手を伸ばした。


 商店街がこの祭りの最高潮で、吹き流しや短冊の鮮やかな色彩は、華やかに着物を着飾った女性陣で更に映えていた。



 少し見惚れてしまった僕に対して、彼女は不機嫌そうな顔色を見せた。彼女も嫉妬をするのだろうかと、一つの疑問が生まれたが、それもすぐに過ぎ去っていた。



 余所見をしていた僕らは、顔の丈まで伸びた吹き流しに接触したのだ。


 初体験の感触に一瞬狼狽して、やがて正体が吹き流しだと分かると、顔を見つめて笑い合った。彼女の清爽さが、少しだけ夏の暑さを和らげた。



 次にバスに乗って、大崎八幡宮へ向かった。ここは国宝に指定されていて、そこで短冊を飾れる優越感が醍醐味だった。


 通常なら、『みんなが健康で暮らせますように』とか書くところだが、神が約束を履行しないのは明白だったので、僕は煮え切らない状態にいた。


 一方の彼女は既に書き上げており、純粋さの滲み出る文言を付記していた。


『優斗と仲良くやっていけますように。』


 神頼みするまでもないという本音は閉じ込めておき、僕もようやく筆を起こすことにした。


 完成したところで笹にそれを吊るして、少し身体を屈めて天を仰ぐと、大勢の短冊が夏空に浮かび、青一辺倒の空は見事なまでに彩られた。


『好きな人との時間が一秒でも伸びますように。』


 僕があの長方形の色紙に書いたものだ。ここまで赤裸々に書き綴るのは、なんだかこそばゆい気もしたが、形而下の媒体に本心を残す経験は唯一無二だった。一ヵ月も熟考してきた旅程は、順調に事を運んでいた。



 ......するとどういうわけか、視界がぼやけてきた。眠気かと思った次の瞬間、僕の視界は完全に閉ざされた。



 あとで医者に聞いた話だと、僕はあの場で失神した。そして彼女は倒れかける僕を支え、大声で僕に呼び掛けて、救急車を呼んだのだった。



 ......多分これが、例の祟りだったのかもしれない。




 目が覚めると、僕は一般病棟の一室にいた。辺りを見回すも、彼女の姿はなかった。そして医者から説明を受けて、今日中に退院できる旨を通達された。


 それから少しして、生気を失った彼女がやって来た。僕が復活したことを目で理解した瞬間、なんと彼女は、僕の胸に飛び込んできた。そして僕の服は、湿っぽくなった。彼女は僕に、涙声で話し掛ける。


「よかった、生きていて......。本当によかった......。」

「......本当に、ごめんなさい。まさかこんなことになるなんて......。」


 もう号泣といっても大言壮語でないほどの涙が、僕の服に染み渡っていた。僕は再び一番の愛を手にしたと自覚した。


 僕の計らいが奇跡的に実を結んだ。念願を手中に収めた感覚は甘美な心地で、自己肯定と自己陶酔の促進に寄与した。



 やがて彼女は我を取り戻して、僕にこう言い放つ。


「優斗、寝なさすぎよ。」

「......ただ、余暇のために睡眠を削っただけですよ。」

「なら、その余暇は何に使ったのかしら?」


 僕は彼女のからかいというか説教に対して、二の句を継げなかった。なぜなら僕は、余暇のほとんどを、彼女のために捧げていた。


 きっと、彼女には見破られていただろう。寡黙な人と化す僕に、彼女はこう告げる。


「そこは私のためだ、って白状するところよ。意気地のない人ね......。優斗は私の幸せを願った結果、その源流を殺しかけたんだから、本末転倒よ。」

「幸せの源流?」

「優斗との交際は、私にとって唯一無二の幸福なの。代わりはないし、代えたくもない。......だからこの関係を喪いたくないのよ、絶対に。」

「......なんか、僕と全く同じです。」

「なら話は早いわね。もう二度と、そんな身を削る所行をしないこと。いいわね?」

「しょ、所行......。も、もちろんです。」


 デジタル時計は僕に考える暇を与えず、現在時刻が17時だと主張していた。未成年の恩恵で少額だったものの、医療費として何千円か徴収される羽目になった。



 僕らは再び、仙台の街を散策することにした。牛タン屋の行列に並んだり、ずんだスイーツを食べたりと、仙台観光を総ナメして旅行を満喫したのだった。


 満喫し終わる頃には、20時をとうに過ぎていたので、僕らは市内のホテルに向かった。チェックインが済むや否や、僕は彼女にこう告げておいた。


「......何も危害は加えませんから。」

「それ、何回言ったら気が済むのよ......。優斗にそんな度胸があるわけないでしょ?」

「......まだ発展途上です。」

「ま、何かあったら、そのときはそのときね。」

「何回でも言わなきゃダメそうですね......。」


 僕らは今日、相部屋で一晩を過ごすことになった。しかもあろうことか、設備はダブルベッドなのだ。


 別に僕が切り出した話ではない。彼女が費用の抑えられる選択、という実質的な相部屋での宿泊を許諾したためだった。僕は彼女が希望しないのなら、何も手出しはしないし、多分できっこない。

 こうした経緯から、高校生の男女が、一室に密閉されたわけだ。



 シャワーは僕が先に入った。後に入るとなると、変な妄想が働きそうで、最後に罪悪感に圧し潰されそうだったからだ。


 次に彼女が入るとなったとき、彼女は薄っすらと笑みを浮かべながら、こう言った。


「もし覗きでもしたら、そのときは侮蔑するわよ。」

「警察に突き出さないとは、なんとお優しい......。」

「......なに言ってるのよ。」


 彼女が一枚扉の向こうで身を清めている実態を痛感できるのは、まさに僕の特権だった。


 風呂上がりの湿度の高い彼女の素肌は、僕の自制心を軽く襲いかかってきた。それよりも、眼前の彼女の秀麗さと言ったら、言葉で表すのも無礼なほどだった。これに僕は、相当な幸せを感じていた。



 最後の最後まで、僕の頑なな信念が揺らぐことはなく、軽く二人で談笑したのち、0時を前に就寝のときを迎えた。



 いま、僕の数センチ先で、彼女が目を瞑ろうとする。この幸福は、他の何物にも代え難い。このまま二人で同じ夢を観るかもしれないといった、ロマンチストな思惟が、僕の脳を焼き尽くしていくのだった。


 やがて彼女は僕に、小さな声で話しかけてくる。


「今日は、とんだ災難な一日だったわ。」

「あと何回謝ればいいんですか......。」

「百回でも足りないわね。心配料は高くつくわよ。......でもこうして優斗と語り合ったり、名物を食べたり、名所に行ったり、最後には二人で同じベッドで眠ったり。私はいまが至福のひとときよ。」

「唯花にとって至福なら、僕にとっては天国ですね。」

「......運命を信じてよかったわ。今日また一つ、夢が叶った気がするの。ありがとう、優斗。」

「こちらこそ、運命を信じておいてくれて、どうもありがとうございます。」

「......今日は疲れたから、もう寝るわね。」

「そうですね。また明日、精いっぱい楽しみましょう。」

「うん、それじゃあ、おやすみなさい、優斗。」

「おやすみなさい、唯花。」


 彼女は布団の中で僕の手を探り、見つけ出すとぎゅっと握りしめ、そのまま深い眠りに落ちるのだった。


 興奮が冷めそうになかった僕は、彼女との馴れ初めを、再度思い出してみることにした。でもそれが、僕の空想を、変な方向に発展させてしまうのだった。


 彼女が僕を一番に愛する事実は、至高以外の何者でもない。本当に嘱望していた環境だ。



......でも、釈然としないことがある。


 客観的事実に基づくと、彼女は赤の他人な僕と出会って、僅か一月で告白、三月で一掬の涙を流して、いまはホテルの一室で、その他人と寝床を共有している......。


 常識に倣うと、彼女の行動には理解が及ばない。ポートタワーの一件から薄々感づいてはいたが、彼女の僕に対する愛情は、交際三ヵ月のそれではない深さだ。

 こんな単純な違和感を無視し続けていたのは、僕は彼女を一年も前から知っている前提があったからだろう。


 加えてこの三ヵ月の間、彼女の反感を買う言動だって度々行ってきたし、未だに吹聴できるほどの魅力も備わっていない。それでも彼女は、僕に痺れを切らすどころか、僕をより丁重に扱うようになった。


 彼女が僕に拘泥する理由が、彼女の内情にあると察した。彼女はちっぽけな隠し事はしないだろう。もしも彼女が隠し事をするとしたら、僕らの運命に関与する事柄だ。僕になぜか惹かれるのは、彼女になんらかの事情があるからに違いない。


 僕は一瞬、彼女自身が余命を知っている線を考えたものの、それならいますぐにでも僕と破局して、生き延びる道を模索するだろうと考え却下した。


 ここまで仮説を膨らませても、依然として疑念が払拭される気配を感じず、結局二晩続けて良質な睡眠はお預けとなった。



 この夜がなかったら、次の春までの間、特別思案することもなかっただろうに......。

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