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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第四章 最終夏。

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11/13

第11話 夏の爆発

 7月29日、遂に僕らの夏が始まった。天候は希望通り、見事なまでの快晴で、花火大会も予定通りに決行されることとなった。


 ただ、あまりの暑さに蝉も鳴くことを忘れ、僕も早い時間帯からの行動を渋っていた。僕は本来であれば、事前に目的地を訪れて、道程を把握しておきたかったのだが、結局、自宅で地図と対面することにした。


 そして俗に『チキる』と呼ばれるような、色恋への非積極的な態度をとらないよう、僕は自分に言い聞かせることをした。そのうち夕方を迎えて、約束の時間がやってきたのだった。


 せっかく僕らの最寄り駅が同じことを知ったので、今日は西巣鴨駅の巣鴨寄りで待ち合わせをすることにした。



 僕は彼女と、17時に待ち合わせをしたかったが、彼女が16時30分に到着することを予測し、彼女には17時30分に集合と伝達しておいた。

 これで本当に彼女が17時30分にやって来た場合、その後の行程がつっかえる可能性もあったが、やはり彼女は、僕の策略に嵌まるのだった。



 僕と彼女は、全く同じタイミングで出入口に集合した。彼女は僕と視線が合うと、僅かに目を開いて、次第に笑顔を発現させるのだった。


 彼女の顔を見ると、僕はこの女性と花火大会に向かうのだと、当然の事実を否定したくなった。分不相応であるという感覚は、いまもまだ完璧には除去されていなかった。彼女は僕にこう言う。



「ここまでドンピシャだと、まるで優斗に計算し尽くされたみたいね。」

「......はは、そうですね。」

「それなら、早いとこ移動しちゃいましょ。」

「はい!」



 僕らは電車に乗り込み、会場のある浅草方面に向かう。隅田川花火大会の範囲は広く、南は両国、北は押上を過ぎて向島までもが歩行者天国となる。そこで彼女は、僕にこう問う。


「花火大会って広い範囲で開催されるけど、優斗はどこの駅に行くつもりかしら?」

「春日で乗り換えて、蔵前で下車しようと思っています。」

「会場の間近までは行かないのね。」

「僕は人に押し潰されて見る花火が、綺麗だとは思わないです......。」

「それもそうね。」


 僕は花火大会の会場がある浅草ではなく、そこから少し南に離れた、蔵前周辺に向かうことにした。

 そこは会場付近や浅草周辺に比べると、人気が幾らか落ち着いており、屋台も相当充実していることから、花火大会の思い出が深く刻めると考えついた。



 途中の春日で別路線に乗り換えると、車内には既に大勢の客がひしめき合っていた。大半の乗客が蔵前で下車し、一路浅草方面に向かうのだろう。

 僕らも同じように蔵前で下車し、隅田川沿いに歩みを進める。なお西巣鴨からここまでの間、僕はしばしばスマホで地図とにらめっこをしていたが、彼女は一切スマホを操作していなかった。



 浅草と比較すれば空いているだけで、蔵前周辺にも観覧客が大勢たむろしていた。そこで僕は、彼女に右手を差し出して、絶対にはぐれないようにした。

 状況が状況とはいえ、このときの僕は、無意識のうちに積極性が働いていた。彼女も僕の手を見ると、そこへ手を重ねてくるのだった。



 地上に上がると、彼女は眼前の浴衣を着た女子を見つめながら、こう言う。


「......私も目の前の子みたいに、浴衣を着てくればよかったかしら。」

「唯花はなに着ても可愛いんで、その点はご心配なく。」

「それは嬉しいけど......、ムード的に。」

「いまこうして手を繋いで、恋人しているんですから、ムードはそれだけで十二分じゃないですか。」

「......たしかに、繋いでいるわね。」

「まさか......、唯花も無意識だったんですか?」

「なんていうか......、無意識って怖いわね。」


 僕らは付近の屋台を物色して、人形焼きなどの浅草名物な食品などをつまんで、19時の開始まで時間を潰すのだった。



 19時ちょうど、最初の一発が爆裂したとき、周囲は大きな歓声につつまれた。日本中に名の知れる花火大会の一発目は、流石に壮大で、今が夏だという実感をもたらした。



 ......しかし、その最初の花火が消えた瞬間、突如として僕の脳内は、真っ暗な一般病床で荒い息を繰り返す、彼女の姿に支配された。いまはまだ存在しないはずの記憶が、鮮明に起こされたのだ。そうして僕の脳は、こんな事実を並列する。



花火は美しい。でも花火は、すぐさま色を喪う。


唯花は美しい。でも唯花は、春になると命を喪う......。



 僕はまともに息ができなくなった。どこかでまだ、彼女の死を容認できていない自分がおり、そいつが己らを放心状態に陥らせたのだ。


 僕はこれを幻覚だと察知して、現実に戻ろうとするが、僕の隣で肩を寄せていたはずの彼女が、眼前から消えていた。僕の右手にあった触覚も、徐々に、徐々に失せていく。


 これまでの思い出が、ただのせん妄だったと知ると、今まで携えていた希望が、即座に暗澹たる気持ちに置換されていくのだった。



 やがて僕は、一体なんのために生きて、なんのために死ねるのか、そう自分を責め立てた。



 ......すると、僕の脳に直で訴えかけてくる、聞き覚えのあるあの音が聞こえてきた。


「......ねぇ、ねぇってば、聞いているの?」


 どうやら僕は数分間、幻覚をみていたらしい。


 僕はとにかく安堵して、その結果、理由もなしに彼女の両手を掴んでしまった。人目が僕の視界に入ることは無く、堂々と掴んでは、彼女に自らの身体を寄せるのだった。


 僕は急な態度の転換に困惑する、彼女への配慮をしないまま、こう言い放つ。


「......綺麗です。本当に綺麗です。」

「私が綺麗だっていいたいのかしら......?」

「そうです! 唯花が眩すぎて、花火の光が霞んじゃっています!」


 彼女ご自慢のからかいは、このときの僕を前には無効化された。現実に回帰できた喜びが、図り知れず、僕の脳内からはドーパミンとやらも、溢れんばかりに放たれていった。


 そんな状況の僕に、彼女は重ねて困惑し、僕にこう問う。


「......急にどうしちゃったのよ、優斗。」

「今日、こうして一緒に花火を見てくれてありがとう、唯花......。」


 彼女は僕の違和感の根元を感じ取ろうと、少し目を細め、やがてもとに戻してこう返す。


「当然でしょ。どういたしまして。」



 それからの僕は、変な強迫観念に襲われることもなく、日本の技術者による美しき花火の数々に、畏敬の念を覚えるまでになり、最後に何発もの花火が打ち上がると、遂に僕の幸福度は最高に達したのだった。


 彼女も彼女で、眼前の花火に大変感動していたようで、僕のほうを向いては、この花火の色彩が好みだとか、一つの花火で色が変わることへの興奮を実況してきた。


 彼女の純粋さが垣間見えて、僕は彼女を、昨日よりもっと愛くるしく思った。



 20時30分に一連の花火が終わると、彼女は僕にこう提案してくる。


「屋台はまだ三十分やっているみたいよ。なんか食べていかない?」

「身体弱いんで、加熱調理されてるやつでお願いします......。」


 僕らは最後の時間、食べ歩きをすることにした。花火大会が終了しても、人混みは解消される気配がなかったので、僕らは手を繋ぎ続けた。



 この時間まで、晩御飯という晩御飯を食べていなかったので、共にイカ焼きや焼きそばの香りに、身体が唆されていった。そしていくつかの食品を買った僕らは少し歩いて、河川敷に設置された椅子に座った。


 彼女はそこでイカ焼きを取り出しては、大きな一口でかじりつき、僕と目線を合わせては、僕の口元へそのイカを運んでくる。


 僕はそのイカ焼きを掴もうとすると、彼女から冷めた口調でこう言われる。


「あーんはしなくていいのね。」

「あ、え、なら......、お願いします。」


 僕は久方ぶりに、彼女から飯を供給してもらった。やっぱりこのイカ焼きが、A級グルメに感じられるのだった。


 彼女は終始ずっと笑っていたわけではないが、笑っていない合間も、諸感情のいずれかを示していた。

 ただ、その諸感情の中に、どうも苦や悲の要素は見当たらなかった。僕の振る舞いは、決して間違っていなかったのだ。そう思えば、僕もどこからか、幸せを享受できた。



 帰り道、彼女は僕にこう言う。


「......なんか、私の学生時代の思い出が、みんなこの夏に詰まっちゃいそうね。」

「それは僕にとって、紛うことなき至福です。」

「......私ね、こういう絵に描いたような、普通のデートがしてみたかったのよ。今日はそれが実現できて、本当に嬉しかったわ。ありがとうね。」

「それならよかったです。」 


 彼女の学生時代の思い出は、すなわち彼女の人生の大半を占める記憶で、濃度でいったら、いまがもっとも濃密だ。


 僕は彼女を、思い出という手土産なしに看取ろうなんて、微塵も考えていない。これから沢山の思い出で、彼女の人生を彩っていこうと、僕はそう誓った。



 夏の開幕戦は、そこそこ順調に終えられた。だからこそ、僕はこのままトントン拍子で、次の旅行も閉幕できると見込んでいた。



 僕は少し、調子に乗っていた。あの花火の幻覚も忘れて......。

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