第3章:圧倒的な絶望と、引き裂かれる家族
「見つけたぞ。王が探し求めていた『特異指定』――この世界の理から外れた『異端の魂』を」
特務騎士の薄ら笑いが、石畳の通りに響き渡った。
純白の鎧から発せられる異常なマナの圧に、俺は息を呑んだ。魔獣とは比べ物にならない。次元が違う強さだ。
「……待ってくれ! 騎士様!」
ガルドが俺を背中で庇うように前に出た。狩人としての鋭い目つきだったが、その声には必死の懇願が混じっていた。
「この子は……ルグはただの開拓村の子供です! 偶然石が当たっただけで、特異指定などでは――」
「黙れ、薄汚い辺境のネズミが」
特務騎士が指を軽く弾いた。
ただそれだけだった。
「ガァッ……!?」
ドンッ! という衝撃音と共に、体重百キロ近い大男のガルドが、目に見えない風の塊(魔法)に弾き飛ばされた。
石畳を転がり、血を吐いて倒れ込む。
「父さん!!」
「来るな、ルグ……っ!」
ガルドは這いつくばりながら、腰の狩猟ナイフに手を伸ばそうとする。だが、特務騎士は冷酷な足取りでガルドに近づき、純白のブーツでその腕を踏み躙った。
「グアァァァッ!!」
「無駄だ。辺境のゴミが何百人集まっても、王都の魔導剣術には敵わない。大人しくそのガキを差し出せ」
騎士の剣がチャキリと抜け、ガルドの首筋に当てられた。
騎士は俺の方へと冷ややかな視線を向ける。
「マナの回路を持たない平民の分際で、魔獣の急所を的確に穿つ異常な視覚と投擲力。……間違いない、あの『大いなる器』を満たすための極上の贄となる。これで王の『千年計画』も次の段階へ進むというものだ」
(大いなる器……? 千年計画だと?)
俺は両手を広げ、ガルドと騎士の間に立ちはだかった。
三十四歳の魂が、六歳の小さな体を必死に動かしていた。
「行くよ。あんたたちについて行くから……父さんを、村の人たちを殺さないでくれ!」
「ルグ、ダメだ……っ! お前を王都なんかにやったら……エルナに、母さんに合わせる顔が……っ!」
血だらけのガルドが泣いていた。
あんなに強くて、いつも俺を肩車してくれた大きな父さんが、俺を守れずに大粒の涙を流していた。
「父さん、ごめん」
俺はガルドの大きな手から、そっと自分の手を離した。
「俺、父さんの子供に生まれてよかった。母さんによろしく言ってね」
これ以上逆らえば、本当に村ごと消される。理不尽なこの世界の『力』という現実を前に、俺は自ら捕まることを選ぶしかなかった。
「……賢いガキだ。連行しろ」
騎士が部下に合図を出すと、屈強な兵士たちが俺の腕を乱暴に掴み、魔力を封じる特殊な手錠をかけた。
「おい、そこの倒れている『欠陥品の奴隷』も回収しろ」
特務騎士が、俺が助けた銀髪の少女を見下ろして言った。
奴隷商人が慌てて媚びへつらう。
「き、騎士様、そのガキはただの病気の奴隷でして、王都に連れて行くほどの価値は――」
「貴様らの目は節穴か。この少女から漏れ出ているマナの波長……この世界のモノではないぞ」
騎士の言葉に、俺はハッとして少女を見た。
少女は激しく咳き込みながら、胸を押さえて苦しそうにうずくまっている。
「ただの病ではない。世界そのものが、この少女という『異物』を排除しようとしている拒絶反応だ。……境界の向こう側から迷い込んだ魂か。実にいい。あの『計画』の触媒として、これほど相応しい素材はない」
(境界の向こう側……? こいつも、俺と同じなのか……!?)
少女はひどく怯えた目で俺を見た。
その瞳の奥には、鎖でがんじがらめにされた、とてつもなく強大で鋭い『剣』のような気配が封じ込められているのを感じた。
「乗せろ」
俺と少女は、窓一つない冷たい鉄格子の馬車へと放り込まれた。
ガシャン! と重い扉が閉められ、外の光が完全に遮断される。
「ルグーーッ!! ルグゥゥゥッ!!」
動き出した馬車の外から、父さんの悲痛な叫び声が聞こえた。
俺は鉄格子にしがみつき、遠ざかっていく街の景色と、小さくなっていくガルドの姿を血が出るほど見つめ続けた。
あんなにも温かかった、俺の「二度目の人生」の居場所。
たった一球の石を投げた代償に、俺はすべてを奪われた。
(絶対に……絶対に許さない。強くなって、絶対にあいつらをぶっ潰してやる……!)
俺の琥珀色の瞳は、暗闇の馬車の中で、決して消えることのない黄金の怒りの炎を宿していた。
王の計画。大いなる器。そして、隣で震える『別の世界から来た少女』。
巨大な絶望と謎が渦巻く王都へと、俺たちの馬車は走り出した。




