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対等

僕だけでなく、審判や観客たちも驚きに固まっていた。


会場がざわめき出し、審判の試合終了の合図が少し遅れて響き渡る。


ウルグは何も言わず、トコトコと歩いて控え室に戻っていった。


その後ろ姿を追いかけたい衝動に駆られたが、降参の意図が分からない。


(もしかして、余力を残して試合外で僕をボコるつもりなんじゃ……)


そう考えると震えが止まらなくなり、結局声をかけることもできずに僕も控え室へと戻った。


控え室では治癒術師が砕けた僕の顎を治してくれた。

試合場の修復が必要とのことで、一時間ほどの空白時間が生まれる。


やることもない僕は、ベンチに座って会場内を行き交う人々をぼんやりと眺めていた。すると、見覚えのある顔がこちらへ近づいてくるのが見えて、反射的に身構える。


「その……なんだ。ウルグがお前を呼んでるぞ」


(ボコられる……!!?)


気まずそうに話しかけてくるガイヤの顔は、僕の未来に同情しているかのようだった。


残存魔力には余裕があるが、試合とは違い、どこで不意打ちされるかも分からない。まともにウルグの打撃を喰らえば、一撃で沈む可能性だってある。


ビクビクしながらも、連れて行こうと手を振るガイヤに逆らえず、僕は数歩後ろをトボトボと歩いた。


トイレの横の狭い通路を通り、自販機だけが置かれた小さな謎の空きスペース。そこに、ウルグが立っていた。


「まずは、謝罪させてほしい」


開口一番、ウルグが深く頭を下げた。


わけが分からず辺りをキョロキョロと見回したが、いつの間にかガイヤの姿は消えていた。


ウルグが頭を上げる気配がないので、僕は溢れ出してきた疑問を投げつけることにする。


「……なんで、謝るんですか?」


「お前の強さを、知らなかったからだ」


「別に、そんなことで謝る必要なんて……」


「俺は、お前が『虐められること』でしか存在意義を見出せない奴だと思っていた。お前は、これほどまでに強かったというのに。だから、謝罪している」


その言葉が耳に入った途端、先ほどまでの恐怖が「怒り」に塗り替えられた。


「じゃあ、お前の言い分だと、弱い奴には人権がないってことじゃんかよ!!」


興奮のあまり言葉が荒くなる。けれど自制する気は起きず、声量も大きくなっていく。


「強かったら何をしたっていいのかよ。強い奴ってのは、弱い奴を守るためにいるはずだろ!?」


叫びに近い怒鳴り声を浴びせる。


はぁはぁと肩で息をし、少しだけ熱が冷めてきた頃、自分の心音がうるさいほど鳴り響いていることに気づいた。


「いや。強い奴は、『別の強い奴』を守るために存在している」


ウルグは、僕の興奮が冷めるのを待って、そう言い放った。


確実に、僕の耳へと届けるために。


火に油を注ぐつもりか。沸騰する血液が熱くて、我慢がならない。


「農民や、商人や、役人や、聖職者や……労働者はどうなんだよ! お前らが生活できているのは、彼らが頑張っているからじゃないのか!?」


「彼らは自分の仕事を全うしている。なら、立派な『強者』だ」


黒魔術で目の前の男を焼き切ってやろうかと考えた矢先、冷水を――いや、氷漬けにされたような気分になった。


言われてみれば、確かに学園時代の僕は「戦闘ができない戦闘員」だったのだ。


ウルグの基準は、職務を全うできる人間が「強者」、放棄する人間が「弱者」。……単純だが、残酷なまでに明確だった。


「……ごめん。落ち着いたよ」


腑に落ちることがあった。


思い返せば、ウルグ自身が直接僕を殴ったことは一度もなかった。


彼はただ、気性の荒い生徒を連れてきて、僕が散々殴られた後に撤収させていた。


あれは……彼らのストレスの発散先を僕に固定することで、学園全体の治安を守っていたのか。


「そういえば、なんで降参したの?」


冷静になると、純粋な疑問が湧いてきた。


「魔力切れだ。腕だけの一部岩石化なら燃費はいいが、お前に『炎の柱』を立てられて、完全岩石化を使わざるを得なくなった」


少しの沈黙の後、ウルグが再び口を開く。


「その後の魔術追撃もキツかった。あれのせいで解除のタイミングを失い、相当な魔力を持っていかれた。……結果が、あれだ」


そうか。パニックになって適当に魔術を放ち続けたけれど、結果としてはあれが最善だったのか。


「……そうだ。お前、俺に敬語を使わなくなったな」


(まさか、この期に及んでまだ敬語じゃなきゃダメだなんて言い出すのか?)


不快感が込み上げた、その時だった。


「これからもタメで話してくれ。自分より強い奴に、敬語を使われたくない」


その言葉が、耳にするりと入ってきた。

同時に、胸の奥から熱い何かが込み上げてくる。


僕は、ロートに来て初めて「対等な立場」と言える人間ができた気がした。


僕は、この感情の名を「喜び」と呼ぶことに決めた。

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