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ー幕間ー 魔(亜)人王たち

尖った耳の先を気だるげに弄りながら、ヒューマンの男なら誰もが命を懸けて振り向くほどの美貌を持った少女は歩く。


しかし、その美少女が足を踏み入れているのは、彼女の容姿には似ても似つかない、赤黒く禍々しい結晶石で築かれた地下廊下だった。コツコツと、彼女の靴音が無機質に反響する。


やがて、闇そのものを切り取って填めたかのような漆黒の大扉を前にして、少女は立ち止まった。


ふぅ、と深い深呼吸が静寂を一瞬だけ紛らわせる。

直後――豪快な衝撃音と共に、少女はその華奢な足で容赦なくドアを蹴り開けた。


「おー、みんな集まってんじゃん。早いねぇ」


「お前が遅すぎるんだよ、ゴミエルフ! 何時間待たせたと思っている!?」


吹き抜ける血臭と怒号。開け放たれた広間には、異形の多種族がひしめき合っていた。


青白い肌から隠そうともしない鋭い牙を覗かせる者―ヴァンパイア。


豪華絢爛な装飾品をジャラジャラと纏った、動く死体―アンデッド。


極度の肥満体型にパンツ一丁、緑色の肌から悪臭極まる口臭を吐き散らす者―トロール。


豚の顔をしながらも目に入る物を狩り殺さんとする殺意を撒き散らす者―オーク。


赤い肌に角を生やして黄色いブリーフ一枚で金棒を持つ者―オーガ。


立派な髭を蓄え、樽から直に酒を煽る頑強なチビ―ドワーフ。


腰幅より肩幅の方が広く、自慢の体毛を美しく毛繕いする者―ワーウルフ。


鳥の脚を持ち、手の代わりに立派な翼を携えた者―ハーピー。


トカゲの身体で舌をチロチロと出し入れして威嚇する者―リザードマン。


そして、今入ってきた少女もまた、その尖った耳が示す通り「エルフ」の種族王であった。


「19:00って言われてもあたし知らないし。日の入りからどれくらい、とか言ってくんないとさ」


「ドワーフの作った『丸いやつ』を、お前にも配ったはずだろうが!」


リザードマンが「これだよ、これ!」と、円の中に1から24までの数字が振られ、二本の針が一定の速度で時を刻む円柱状の精密機械を突きつけてくる。


「あー、それそうやって使うんだ? 重いしよく分かんなかったから、あたしの村では胡桃くるみ割りとして大活躍してるんだけどさー」


ドンッ! と、激しい破壊音が響いた。ドワーフの王が激昂し、エルフの少女に詰め寄る。


「お主……今言ったことを、もう一度ワシの目の前で言ってみろ!」


「ん、いいよ? 何度でも言ってあげる」


エルフが好戦的な笑みを浮かべた瞬間、二人の身体を強靭な植物の蔦が締め上げた。


「喧嘩はよせ。我ら『十種同盟』は、もっと友好的であらねばならん」


ヴァンパイアの王が、冷徹に草魔術を行使して二人の諍いを無理やり捩じ伏せたのだ。


「でもあたし、森を勝手に切り開くこの泥臭いチビども、本当に大嫌いなんだけど」


「ワシらとて同じじゃ! お主らのような世間知らずの引きこもりなど反吐が出るわい!」


行動を抑制されてなお、火花を散らす両者にヴァンパイアが重いため息を吐く。


その直後、巨大な石椅子が空中を滑り、地面へと爆音を立てて叩きつけられた。


「いい加減に黙れ、お前らァ!!」


オークの王が椅子を蹴り飛ばしたのだ。彼は怒りのまま、拘束されているエルフの元へと歩み寄る。その足が、禍々しい石床に荒々しい泥の足跡を残していく。


「お前、大遅刻をかましておいてその態度はなんだ? そんなに俺にぶち殺されたいのか?」


「なに? あたしとやる? いいよ、瞬き三回する間に、あんたの全身が自分の返り血で真っ赤に染まると思うけど、大丈夫?」


あまりにも相手をおちょくった自虐と不敵な笑み。


オークの巨大な拳がエルフの顔面へと振り下ろされ――る直前、再びヴァンパイアの手によってその腕が止められた。


「まずは席につけ、貴様ら。我らの中で内紛を始めてみろ。それこそヒューマンどもに、この世界のすべてを掠め取られるぞ」


オークは不機嫌を隠そうともせず、蹴り飛ばした椅子を引きずって元の位置へと座り直した。


全員が席についたのを見届け、ヴァンパイアの王が厳かに本題を切り出す。


「貴様らには、各自が種族の命運を背負う『代表』であることを自覚してもらいたい……。まずは、不毛な戦争を辞め、この同盟を結ぼうという我が提案をすべての種族が呑んでくれたこと、礼を言おう」


この同盟そのものに不満を持つ種族は少なくない。しかし、先を見据える者ほど今のヒューマンを野放しにしておくわけには行かないと思いこの提案を呑まぬわけには行かなかった。


「我らの最大の脅威は、やはりヒューマンにある。――トリスタン・グレイ。そして、レオ・ブライト。ヒューマンの中でも、この二人の強さは別格だ」


ヴァンパイアが挙げた二つの名は、この場にいる全員が知っていた。しかし、その真の恐怖を身を以て知る者は少ない。


「どれだけ強くたって、所詮はたった二人の個人でしょお? 数の暴力で押し潰せば、そんなの簡単に勝てるじゃない」


ハーピーの女王が、退屈そうに爪を弄りながら話を遮る。


「お前はあの化け物と戦ったことがねぇからそんな脳天気なことが言えるんだよ! 雑兵が何万人いようが、あいつらの前じゃ文字通りゴミ屑同然なんだよ!」


オークが頭に血を上らせて怒鳴り散らす。すぐにヴァンパイアがそれを制し、オークの身体をさらに二重の蔦でがんじがらめに縛り上げながら、静かに語り出した。


「参考までに教えておこう。かつて我が一族は、四天王と我が娘を含む精鋭六名でトリスタンただ1人と交戦した。――結果、我以外のすべてが死亡。この我ですら、奴に背を向けて敗走するのが手一杯だったのだ」


「……嘘ッ!? あなたたちヴァンパイアの精鋭が、たった一人のヒューマンに!?」


種族の優位性を信じて疑わなかったハーピーの顔から、一気に血の気が引いた。事の重大さを、ようやく理解したのだ。


「レ゛ォ゛も゛……や゛は゛り゛、化゛け゛物゛だ゛……」


腐り落ちた声帯から漏れ出る音はまともな声にならず、不快な雑音となってアンデッドの王が口を開く。


「うっさ……あんた喋んないでよ、あたしの耳まで腐っちゃうじゃん」


いつの間にか蔦の拘束を解いていたエルフの少女が、尖った耳を塞ぎながらアンデッドを睨みつける。


アンデッドは意に介さず言葉を続けようとしたが、ヴァンパイアがそれを手で制した。


「レオもトリスタンと同等の化け物と考えれば良い。あの二人がヒューマン側に健在である以上、我ら十種が総力を挙げて全面戦争を仕掛けたとしても、――負けると断言しよう」


その言葉を聞いた瞬間、トロールの王が意味の分からない咆哮を上げ、オークもまた身体の蔦をブチブチと引き千切りながら暴れ出した。


「おい! なら何のために俺たちが同盟を結んだと思っている!? ヒューマンの領地を侵略し、奴らを喰らわせてもらう条件だったはずだ! それが勝てないだと!?」


エルフが、隣に座るオーガの肩を小突く。


「ねぇ、なんであいつらあんなにキレてんの?」


エルフの無知さに内心引きつつも、オーガは周囲に聞こえないような小声で耳元に囁いた。


「……あいつらはな、知的生命体の肉を喰らい続けないと、知能が急速に退化していくんだよ。オークはまだ耐えてるが、トロールの奴らはもう、まともな言語すら話せなくなってきてる」


「うっわ、可哀想……。あんなキモい見た目なだけでも十分可哀想なのに…」


エルフは本気で憐れむような目を向けながら、暴れる二頭を見つめた。


ワーウルフがトロールを組み伏せ、アンデッドがオークを圧殺するように押さえつけることで、ようやく場は再び静まり返る。


「……まだ貴様らを見捨てるとは言っていない。我が提案はこうだ。トリスタン、およびレオが鎮座する『あの国』ではなく――別のヒューマン国家を狙う」


「え? ヒューマンって国を何個も持ってるの?」


エルフが素っ頓狂な声を上げてまたも話を遮る。


ヴァンパイアがオーガと目を合わせると、オーガは深くため息を吐き、エルフの口を大きな手で塞いだ。


「そして都合のいいことに、トリスタンの国が容易に援軍を出せないよう、現在その国と激しい戦争状態にある別のヒューマン領を、我は見つけた」


ヴァンパイアが、この周辺のものとは明らかに縮尺の違う広大な地図を広げ、その「中心部」を鋭い爪で指し示した。


「しかしよぉ、そこはヒューマン領のド真ん中じゃねぇか。どうやって大軍を移動させるつもりだ?」


トロールを押さえつけながら、ワーウルフが至極当然の疑問を投げかける。


「すでにドワーフと交渉し、そこへ直通する『地下通路』を掘り進めさせている。貴様らはその地下を通って侵攻すれば良い」


「うっわ……」


突如、オーガが心底嫌そうな声を上げて、抑えていたエルフの口から手を離した。


「ばっちぃ……」


オーガはなぜかぐっしょりと濡れている自分の赤い手のひらを、自前のパンツでゴシゴシと拭きながらエルフを睨みつけた。


エルフはケロッとした顔で不満を漏らす。


「あたし、あのチビが作った薄暗い地下通路なんて絶対移動したくないんだけど」


「ワシだってお主のような我が儘な奴、自慢の通路に入れたくないわい!」


「分かった、じゃあ特別にハーピーの背中に乗せてもらうことを許可してやるから……」


「あら? 私の許可は取らないの? まあ、エルフ一人乗せるくらいなら構わないけれどね」


一見、話がまとまりかけたように見えたが、エルフの少女はさらに眉をひそめた。


「あたし、こんなキモい鳥の背中にも乗りたくない。ねぇヴァンパイア、あんたも空から行くんでしょ? あたしのこともついでに抱えて運んでよ」


「お主、いい加減にしろーー!」


ドワーフも蔦を引き千切り、エルフに殴りかかろうとする。ヴァンパイアは、爆発しそうな頭痛を堪えるように額を押さえた。


「……我がエルフを同乗させて運ぶ。頼むから、これ以上ここで喧嘩をしないでくれ……」


「……フン、お主がそう言うならな」


不服そうに鼻を鳴らしながらも、ドワーフは席に戻った。


「話を続けよう。問題が一つある。地下道は幅が狭いため、大軍を一度に送ることはできない。ゆえに、今回の侵攻は『少数精鋭』で行うことになる。各自、種族の中で最も優秀な戦士を選出しておいてくれ」


「だったらよ、この本陣に残った残党どもが争わないようにする見張りが必要じゃねぇのか?」


ワーウルフの言葉に、ヴァンパイアが頷く。


「我も全く同じことを考えていた。よって、誰を残すべきか――」


「はーいはーいはーい! あたし残る! 残るよ!」


今日一番の輝かしい笑顔と大声で、エルフの少女が真っ先に挙手した。


「貴様は却下だ。……どうだ『ポチ(ワーウルフ)』、留守は任せられるか?」


「俺かぁ? まぁ、面倒だが引き受けてやるよ」


エルフがブーブーと一人で苛烈なブーイングを浴びせていたが、他の種族王たちはワーウルフの統率力に信頼を置いているため、留守居役はすんなりと決定した。


「で、どれくらいで俺らはヒューマンを喰らいに行けるんだ? 待ちきれねぇよ」


「ワシの計算では、あと一ヶ月もあれば完全に地下道を開通できる」


ドワーフの答えを聞き、オークは満足げに牙を鳴らした。


「というわけで貴様ら、一ヶ月後の『18:00』。アンデッド領の首都に一斉集合、異論はないな?」


ヴァンパイアの最終決定を合図に、それぞれの種族王たちは、各々の闇へと解散していった。


――静まり返った広間。


他の種族王たちがすべて去り、そこにはエルフの少女と、ヴァンパイアの王の二人だけが残されていた。ふと、好奇心に突き動かされたように、エルフが問いかける。


「ねぇ。あんたたちってさ、――『魔王』の誕生とか、待ってないの?」


その質問に、ヴァンパイアは初めて動きを止め、エルフの正面の席に腰を下ろした。


「そんなおとぎ話を、よく知っていたな」


「あたしは本とか好きだからね」


ヴァンパイアはふぅっと一息付くと話し始めた。


「期待はしていたが、もう魔王が出てくる事は無いだろう。少なくともここ200年は出て来てないからな」


「じゃあさじゃあさ、あんたは魔王見た事あるの?」


こくりとヴァンパイアは頷いた。


ここぞとばかりに知識欲を満たそうと、エルフの少女は身を乗り出す。


「魔王って、いわゆる『魔人』って呼ばれるヴァンパイア、アンデッド、ワーウルフの三種からしか生まれないんでしょ? なんで?」


「我にも分からぬ。だが一説によると、我ら魔人は元を正せば、この世界ではなく『魔界』から呼び降ろされた存在だから、という説が有力だな」


先ほどまでのふざけた態度とは打って変わり、目をキラキラと輝かせながら「もっと教えて!」とねだろうとした、その時。


エルフは、至近距離でヴァンパイアの顔を見て、ハッと息を呑んだ。


「……あんた、さ。なんでそんな、今にも泣きそうな、辛そうな顔してんの?」


その問いに、ヴァンパイアの王は答えなかった。


重苦しい、長い沈黙が場を支配する。エルフの少女は居心地が悪そうに後頭部を掻くと、諦めたように部屋の出口へと歩き出した。


「……その、なんか嫌なこと思い出させたんなら、謝るよ。」


去り際に小さくそう零したが、やはりヴァンパイアから言葉が返ってくることはなかった。


エルフの少女は、胸の奥におりのようなモヤモヤを抱えたまま、禍々しい扉を閉めて部屋を後にした。

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