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帰宅

「マジでしんどいな、これ……」


「もう、僕身体が動かないよ……」


あの激動の夜から一週間が過ぎ去った。ロートを襲った一連の事件は、ウルグが討ち取ったブハイルという男が主犯であったということで完全に決着がついた。


結局、ガイヤの財布は戻ってこなかったが、事件解決への多大な貢献が認められ、僕たち三人には高額な報奨金が支払われた。ガイヤもその金額には十分満足したようで、ひとまずは全員が報われた形になった。


しかし、僕とウルグの前には、目下の巨大な課題が立ちはだかっていた。


魔術団の稽古が、予想を遥かに超えて過酷すぎることだ。


肝心の訓練内容だが、入団できた時点で魔術の腕前は十分とみなされているため、実戦での生存率を上げるための徹底的な「身体作り」がメインとなっている。


先輩方が容赦なく放つ水魔術を、決して当たらずに回避し続ける訓練や、険しい山道を一切スピードを落とさずに走り続ける強行軍など、その過酷さは学生時代の比ではない。


入団してまだ一週間しか経っていないというのに、僕とウルグはすっかり根を上げていた。


「君たち二人、なかなか才能があるじゃないか。入団したてで俺たちの稽古にしがみついて来られるのは、普通に凄いことだよ」


僕たちの面倒をよく見てくれるカルロ先輩が、地面にのしている僕たちを優しく励ましてくれる。


「冗談はよしてくださいよ先輩。あいつを見たら、俺たちの落ちこぼれ具合が嫌でも分かるじゃないっすか」


ウルグが恨めしそうに指を差した先。僕たちの同期であり、その圧倒的な天才っぷりを遺憾なく発揮している少年――ヴィクトール・ド・ヴァランティーヌの姿を、カルロ先輩も静かに見つめた。


「……まあ、アルフォンスさんの弟さんだしね。あの子も最初から持っているものが違うんだよ」


ヴィクトールは僕たちとは違い、最初の稽古から先輩方を凌駕するほどの好成績を残し、期待の超新星として団内の一世を風靡している。


「まあ、でも君たちだって16歳で魔術団入団っていう偉大すぎる実績を残してるよ。彼が強烈すぎるせいで、みんなの感覚が麻痺しているだけさ……」


先輩は必死に僕らをフォローしてくれる。だがそれがお世辞ではないことも僕たちは理解していた。


魔術団や剣術団の平均入団年齢は二十歳から二十一歳なのだ。


本来であれば、十六歳で入団した僕やウルグだって天才ともてはやされ、チヤホヤされる立場のはずだった。


なのに、団員たちは皆ヴィクトールに群がっており、僕たちのことなど道端に生えている雑草か何かのように見向きもしない。たまに話しかけられても、大抵は二言三言の世間話ですぐにどこかへ行ってしまう。


「君たちは明日から二日間の休暇だったね。何をするつもりだい?」


「俺は実家に帰って、入団の報告をしてきます。まあ、もう知ってるかもしれないっすけど」


「僕も似たような感じです」


「そっか、最初はみんなそうだよね」


カルロ先輩との会話が途切れ、気まずい沈黙が場を支配した。しばらくして、先輩が思い出したように口を開いた。


「そういえば君たち、魔術団の年間のスケジュールとかは把握してる?」


「入団の時に軽く説明されたんですけど……この地獄の訓練のせいで、詳しい記憶がちょっと飛んじゃって……」


「ハンスに同じく、っす」


「あはは、そうだよね。じゃあ、もう一度おさらいしておこうか」


先輩が丁寧に対策を練ってくれるらしく、僕とウルグは慌ててメモを取り始めた。


「まず、今やっているような『七日間の特訓』。その後に『二日の休暇』が入る。残りの五日間は『実働隊』として、軽い調整稽古だけを行いながら体力や魔力を極力温存する。この二週間で一サイクルだ」


メモを取り終えたのを確認し、カルロ先輩が「質問はあるかい?」と尋ねる。


「このサイクルって、途中で変わることもあるんですか?」


「基本的にはないね。実働隊はいつも固定のメンバーで組まれる。いわゆる阿吽の呼吸というやつさ。同じ人間と長く行動を共にした方が、チームワークが高まるからね。――まあ、例外はあるけれど」


先輩はそう締めくくり、僕たちがこれ以上の質問がないことを確認すると、「じゃあ、俺はこれで。また三日後にね」と言って立ち去った。


「じゃあ、また三日後な」


ウルグもそう言い残し、身支度を整えるために兵舎へと戻っていった。


僕も荷物をどうしようか悩んだが、結局、支給された報奨金と、いくつかの食料、そして魔術団員の証である【団員バッジ】だけをポケットに押し込み、故郷であるパリガ村へ帰ることにした。


魔術団入団という、人生最大の吉報をこんなに早く母に報告できるなんて、夢にも思っていなかった。自然と足取りが軽くなる。行商人の馬車に交渉して乗せてもらい、懐かしい村の入り口へと辿り着いた。


「ただいま!」


村の境界で、弾んだ声を張り上げる。すると、たまたま通りかかった村長が足を止めた。


「おや……ハンス、か? 随分と見違えたなぁ、おかえり」


「ジェイさん! 僕、魔術団に入ったんですよ!!」


「そうかそうか、そりゃあ良かった……って、えええええええええ!?」


目玉が飛び出んばかりの勢いで絶叫したジェイさんは、さっきまで痛めて曲がっていたはずの腰をピンと伸ばし、持っていた杖すらどこかへ放り出して、驚くべき韋駄天の快足で「ハンスが魔術団に入ったぞ!」と村中へ触れ回るために走り去っていった。


「相変わらず、元気だなぁ……」


少し気恥ずかしくなって、ポリポリと頬を掻きながら村へ足を踏み入れようとした、その時。


「――そうだねぇ」


背後から、僕が世界で一番、聞き慣れた声が響いた。

心臓が跳ね上がる。振り返ると、そこに母が立っていた。


「……お母さん、僕……魔術団に……」


何故だろう。あんなに誇らしかったはずなのに、上手く言葉が喉に詰まって出てこない。


奥歯が勝手にガチガチと不快な音を立てて震え、視界が歪む。気づけば、熱い液体が頬を伝って流れ落ちていた。


「偉いよ、ハンス。――さすが、私の子だね」


優しく抱きしめられ、細い手で後頭部を撫でられる。


その心地よさに身を委ねながらも、僕の胸の中には、じわじわと冷たい泥のような感情が広がっていった。


(……なんでかな。素直に喜べないや)


師匠は言ってくれた。これはお前の努力の証であり、お前自身の力で掴み取った栄光だと。僕だって、心の底からそうだと思いたかった。


なのに、母とあった時にまた思ってしまった。黒魔術は僕の力なのだろうかって。


ついさっきまで僕を満たしていた純粋な誇りは一転し、得体の知れない強烈な【罪悪感】へと変貌して、僕の心を真っ黒に染め上げていった。


ごめんなさいお母さん、僕、禁忌の力で強くなっただけなんだ。

本当は才能なんてない弱者なんだ…


嬉しそうに僕を撫でる母の手が、温もりが、僕の心を締め上げる。

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