告白
ティアラは目の前にある頭を、勢いよく蹴り飛ばした。
「すっごく怖かったんですからね!? 私、絶対治してあげませんから!」
レオは頭を押さえて唸りつつも、ティアラに再度「すまない」と言葉を投げる。
ティアラはその声を背中で聞き流し、振り向くことなく尋問室を後にした。
(さて、どう動くべきかな……)
ここで証拠を隠滅しに行くべきか、何もしないでおくべきか。
改竄から日をまたいでいない以上、執拗に調べられれば、自分の知らない場所から決定的な証拠が出てくる可能性は否定できない。
だが、それを探る姿をレオに見られるリスクは高すぎる。今のティアラの立場では、深く詮索すること自体が不自然な行動、ひいては疑念の種になる。
「被害者として真相を知る権利がある」と主張することもできるが、それならレオに直接聞けば済む話だ。わざわざ自分で調べるなど、違和感を与えすぎる。
ならば、証拠を消しに動くこと自体が、レオに判断材料を与えてしまうことになる。
ではこのままレオが何も見つけない事を神頼みするのが正解択だろうか?
それはレオを舐めすぎだとすぐに答えが出た。
結論として、たまたま証拠が消えるか、あるいはレオが今回の件を忘れるほどの大事件を起こす必要があった。
楽なのはおそらく後者だろう。
(……私、痛い思いも死ぬのも嫌なんだ。だから、ごめんね)
心の中で誰にともなく謝罪し、ティアラは自宅とは逆の方向へと歩き出した。
「約束通り会いに来た。君がなぜそれほど強くなったのか、教えてほしい」
ティアラが去ってしばらくした後、治療室にヴィクトールが入ってきた。
「なぜって言われても……そんな大層なことはしてなくて……」
(言えるわけないじゃん)と内心毒づきながら、ハンス――レオの弟子としての顔で――精一杯の言い訳をひねり出す。
「そんなはずがあるか! 本来、僕にとって炎魔術師なんてほとんどが雑魚に等しい。それなのに君は、僕が負けを認めそうになるほど強かったんだぞ」
褒められているはずなのに、大声で詰め寄られるのは新鮮な体験で、思わず苦笑が漏れた。
「レオ師匠に弟子入りして、しごかれただけだよ」
「なっ……!? それっれあのレオ・ブライトのことで合っているよな……?」
目を見開いて驚愕するヴィクトールを見て、なんだか面白くなってくる。
「そう。グレッド魔術団の団長が、僕の師匠」
ヴィクトールは呆然と固まっていたが、すぐに持ち前の向上心が火をつけたのか、質問攻めにしてきた。「どんな練習をしていたのか」「一級魔術をどうやって習得したのか」「体術も教わったのか」。
黒魔術の特訓ゆえに答えにくい部分も多かったが、のらりくらりといなしていく。
「僕も彼に弟子入りできないだろうか?」
ヴィクトールは真剣な眼差しで、僕を見つめた。
「……多分、無理じゃないかな」
「まあ、予想はしていたさ。そもそも、適性が違うわけだし」
(……まあ、普通の魔術ですらないんだけどね)
「そうか。まあ、いろいろ教えてくれて助かったよ。もっと強くなれそうだ」
治療室を出ようとするヴィクトールの背中を見つめて
「ねえ、ヴィクトールはどうしてそんなに強くなりたいの?」
思わず、聞いてしまった。僕のような才能のない人間が強さを求める理由は明白だ。だが、貴族の地位も才能も、すべてを手にしているはずの彼が、なおも強さを渇望する理由が分からなかった。
「……兄さんと肩を並べられる人間になりたいんだ」
少し言い淀んだが、返ってきたのは思いがけず真摯な本音だった。
「そのままでも十分すぎるほど強いじゃん。学生の域をとうに超えているのに、どうして?」
本来、踏み込むべきではない領域。しかし、持てる者がさらに何かを求める強欲さに、わずかな苛立ちを感じたのか、僕は深掘りしてしまった。
「……君には色々と聞いてしまったからな。僕も答える義務があるだろう」
話したくないという感情がひしひしと伝わってきたが、僕の好奇心がそれを上回った。
「僕の兄は天才だった。家ではよく笑い、僕にいろんな自慢をしてくれたものさ」
ポツポツと、彼は語り始めた。
「僕らが十歳くらいの頃、ロートにヴァンパイアやアンデットが襲来したのを知っているか? あの時、兄さんが挙げた功績で、僕らの家の爵位が上がったんだ」
「だけど、兄さんは全く幸せになれなかった。上級貴族になったことで、親の期待は圧力へと変わった」
「しかも武力によっても貴族位は上下する法律が兄さんの功績の結果出来上がった。それのせいで他の貴族たちが地位を守るため、もしくは奪うために武力にも力を入れ始めた」
「兄さんはそのすべてに勝ち続け、上級貴族に相応しい武力を示し続けなきゃいけなかった。僕の両親は、お世辞にも貴族として優秀とは言えなくてね……兄さんが少しでも落ち目になれば、家はすぐに元の場所へ転落してしまうんだ」
「それを僕も両親も、なにより兄さんも知っていたからこそ兄さんにかかる圧はとても常人には耐えられないほどの強さのものがかかっていたはずなんだ」
「僕が十二歳の頃から、兄さんは笑わなくなった。しまいには喋ることさえなくなってしまった……。あんなによく笑い、よく話す人だったのに」
「だから僕は、兄さんと同じくらい強くなって、兄さんの負担を減らさなきゃいけない。兄さんを幸せにするために」
「これが、僕が強くなりたい理由だ。……笑いたければ笑ってくれ。って、なんだその顔は!?」
すべてを聞き終えた僕は、彼に苛立ちを感じてしまった自分を恥じ、必死に涙を堪えていた。
「だって……そんな壮絶な事情があったなんで……」
まずい、喋ると涙がこぼれそうだ。
「君が初めてだよ。僕の理由を聞いて、女々しいと笑わなかったのは」
よほど嬉しかったのか、ヴィクトールが初めて、年相応の柔らかな笑顔を見せた。




