本選会場
トロールを剣術団の尋問部隊に引き渡し、その日は解散となった。
それから本選が始まるまでの五日間、僕らは毎日のように冒険者商会に入り浸った。稼いだ総額は、なんと金貨十五枚と銀貨二十一枚。
金貨五枚で三人の家族が一ヶ月は生活できると考えれば、かなりの大金だ。
ウルグ、ガイヤ、そして僕の三人で山分けしたが、誰も文句を言う者はいなかった。
「いよいよ明日から本選だな」
「俺は出場できねぇけど、応援してやるよ」
「ガイヤの応援を聞くと、逆に負けちゃいそうだよ」
「ざけんな、ハンス!」
学園にいた頃の僕なら、絶対に信じられなかっただろう。
あんなに畏怖し、呪いたかった相手二人と、こんなに気楽な軽口を叩き合えているなんて。
「じゃあ、今日は早く寝ようぜ。またな!」
ウルグたちと別れて宿に戻り、深い眠りにつく。ここ数日、森や山を駆け回っていたせいか、驚くほどぐっすりと眠れた。
翌日。本選会場に到着した僕は、その光景に度肝を抜かれた。
エントリー時にも一度来たし、昨日もウルグたちと下見に来ていた。けれど、当日の熱気はそれらとは比較にならない。あまりの人の多さに、中に入れる気がしなかった。
人混みをかき分けてなんとか会場内へ入ると、見覚えのある青い髪の青年が視界に入った。
学園時代、僕が勝手に憧れを抱いていた人物――ヴィクトール・ド・ヴァランティーヌだ。
一瞬話しかけるか迷ったが、別に仲が良かったわけでもない。見なかったことにして選手会場へ向かおうとした、その時だった。
「君、ちょっと待ってくれないか?」
呼び止められ、肩がビクリと跳ねる。
「ハンスだろ? 退学したと聞いていたから、てっきり魔術とは縁のない生活を送っていると思っていたが……観戦に来るくらいには魔術に思い入れがあったとは、嬉しい限りだよ」
ヴィクトールが僕の腕を掴み、グイと引っ張る。
「いい観戦席のチケットがあるんだ。二枚ほど余っているから君にあげるよ。案内するから付いておいで」
「え、あ……僕は選手会場に……」
腕を引かれながら事情を説明しようとしたが、「冗談はよしてくれ」と笑いながら受け流され、相手にしてもらえない。
「――おい待てよ。ハンスが嫌がってるだろ」
この六日間で一番聞き慣れた声が背後から響くと同時に、筋肉質な腕が伸び、ヴィクトールの肩を抑え込んだ。
「君さ、僕の見ている前で『いじめ』が許されると思っているのかい?」
殺気すら感じるヴィクトールの冷徹な声。思わず魔力を込めそうになるほど、その場の空気が凍りつく。
「いじめとかじゃねーよ。俺とハンスは友達なんだ。っていうか客観的に見れば、お前がいじめてるように見えるぞ――『天才の弟』さんよ」
挑発的なウルグの言葉が放たれた直後、周囲の温度が劇的に下がった。
「……次にその名称で呼んだら殺す。実際、君は僕が殺そうと思えばいつでも殺せる程度の実力しかないだろう?」
怒り方があまりにも異常だ。天才の弟? 思考が混乱してまとまらない。
「怖いぜ、全く。ほら行くぞハンス、選手会場はあっちだろ」
ウルグが僕の腕を掴んで引っ張ろうとするが、ヴィクトールも離さない。
まるで「綱引き」の状態だ。二人の変貌も怖いが、何より引き裂かれそうな僕の腕が悲鳴を上げていた。
「誰がそんな嘘を信じるんだ? 僕の手が届く範囲で、ハンスをいじめられると思うな」
「……あの、ヴィクトールさん。ウルグと僕が友達なのは本当で……」
非常に怖かったが震える声でなんとか伝えた。自分が本選の出場選手であることも、必死に説明した。
「……そうだったのか。すまなかった」
深々と頭を下げるヴィクトール。その潔さに居心地の悪さを感じたが、対照的にウルグは気分を良くしたのか、さらなる謝罪を要求するように鼻を鳴らした。
「君を見くびっていたのは僕だったようだ。すまない、ハンス。……だが、人付き合いは考えたほうがいい。特に、これのような『ゴミチンピラ』との関わりは避けるべきだ」
わざと聞こえるように言い捨て、ヴィクトールは去っていった。
ウルグは猛烈に不機嫌な顔になりながらも、僕を選手会場へと引っ張っていく。
「じゃ、じゃあバイバイ、ヴィクトールさん」
「ヴィクトールで結構だ。……君の武運を祈ろう」
僕はウルグに伴われ、嵐のようなやり取りに困惑しながらも、対戦相手の掲示を待つために選手会場へと足を踏み入れた。




