不満に円満
────で、三十秒後。
「結局どしたよ? や、来てくれるのは歓迎以外ないんだけどもさ」
俺は、挟み撃ちを甘受するか回避するかの二択を迷った末に平和を取って後者で離脱。一人椅子へ場所を移しては背凭れで頬杖を突きつつ問いを飛ばし……。
「…………ん、ちょっと。特に……連絡とかは、ない」
受け取るアーシェは、ゆったりソファに沈むまま。
先の帰還後会議の一幕でも僅かばかり「ん?」と思う顔色はあったが、どうもソレを抱え持っていると思しき様子で曖昧に躱す。────そして、
「……………………………………………………」
そんな姫君の、腕の中。いなされ、躱され、果ては〝あやされ〟て。
流れるような手際で抱き枕にされたソラさんは成す術なく……というか争う気が失せたのか、ほんのり不満気な顔のままではあるが無抵抗で被ナデリコ。
そもそも『喧嘩』どころか『怒る』こと自体が苦手で下手で向いていない子である上に、相手がコレともなれば端から争いが成立するわけがない。
重ねて、同じ立場に立ってから遠慮も容赦もしなくなったつもりでいるソラさんだが、張り切ってアーシェに挑むたびに辿り着く結果は大体一緒。
いい子いい子かわいいねぇと溶かされてしまい、本格化前での終戦が常。────全くもって心の底から、いい子いい子で可愛いが過ぎる。結婚してくれ。
「…………《剣の円環》」
「ごめんて」
なお、ソレを至極だらしない顔で堂々観賞する俺は基本的に許されない。
生物的上位者に囚われ届かない手の代わり、飛来して額を小突いた小さな魔剣の柄頭に謝罪を入れつつ……さて、と改めようとした俺を、
「────ハル」
「っと、うん?」
僅かに初速で上回り、ソラの頬をむにむに愛でるアーシェが口を開いた。
そして、
「………………さっき。……さっきは、ごめんなさい。嫌な顔を見せて」
「ううん?」
一体なにから由来するものか、唐突な謝罪で俺に首を傾げさせる。
はて、嫌な顔。確かに珍しい……なにやら、なにかしらに『ショックを受けたような顔』は俺のボコられ報告の際に見せてもらったが、果たして────
「私、きっと………………ん。……自分でも、少しビックリなのだけれど」
「うん」
アレのどこが、嫌な顔だったのかと。
「…………────負けた貴方に、怒ってた」
「………………………………………………あぁー……」
積もる疑問に齎された解答に、俺は驚きではなく納得を手に入れた。
あぁ、そうか、成程と。
「……酷い女。ごめんなさい」
「いーや、良い女だぞ。ありがとう」
然して、胸の内をハッキリ言葉として表出させたからだろう。それもまた珍しい……珍しいを通り越してソレこそ驚き、酷く落ち込んだ顔を見せるアーシェ。
「……ぇ、えっ?」
その腕に抱かれているソラさんに関しては、いまいち俺たちについてこれていない様子だが仕方ない。そういうのとは無縁な天使は、そのままでヨシ。
……いやまあ、ソラもソラで近似別方向の同類ではあるのだが、ともかく。
「俺も俺にムシャクシャしてた。一人くらい『なにやってんだ』って言ってくれる奴がいなけりゃ張り合いないし……ソレが〝お前〟なら、誰より効果覿面だよ」
これは相棒の役目ではなく、まさしく好敵手の役目だから。
ソラにも、ニアにも、決して叶わない。アーシェだけにできる俺の喜ばせ方だ。
「…………ハル」
「うん」
「せめて、私の目が届くところで負けてほしい」
「っはは」
「私の知らないところで、貴方が負けるのは悔しい」
「いやぁ」
「完膚なきまで……なんて、余計に」
「それはまあ」
「本気で挑んだのなら、猶更」
「面目ねぇ」
「…………あぁ、もう、本当に、なにを言っているのかしら」
────まあ、つまるところ。
「……あなたに『参った』って言わせるのは、私じゃないとダメ」
「まさに今、心の底から『参ってる』けどなぁ」
なんのことはない、俺の姫様が抱いた、世界一かわいらしい〝嫉妬〟である。
気に入らなかったのだろう、俺が成す術なく一方的に〝敵〟に下された事実が。堪え難かったのだろう、俺が無様な敗北を一人で噛み締めたという現実が。
どうせアーシェのことだ、悔いているのだろう。
自分が〝その場〟に居たのなら、全て吹き飛ばして無かったことにしていたのにと。俺の敗北に負けず嫌いを発揮してしまった、この姫君は。
然して、俺は笑うしかない。
心の底から『参った』なと、その悔しそうな顔にデレつかずにはいられない。
なぜって、そんなもん。
「私は、もう、あなたのモノ。……でも、逆もまた然りでしょう?」
アーシェが、そう感じたことを驚いた。つまり、嘘も偽りも思い込みも介在しない無意識という真理の奥底で────既に俺を、
「これからは、私のために……あんまり誰にも負けないでね。王子様」
我が身の一部と信じて、疑っていないということだから。
────然らば、こちらに解答の択など用意されていない。
「はは………………仰せのままに、お姫様」
まだまだまだまだ未熟の身。
【剣ノ女王】とは、安定という言葉とは対極に位置するような不安定の極みを体現する我が身。これからは誰にも負けねぇなどと、口が裂けても言えないが……。
「仮に誰かに負けたとして、もう簡単に負けは認めねぇ」
「…………ん」
世界一の負けず嫌いの気に召す言葉など、同類として探すのは容易かった。
斯くして、余韻たっぷり十数秒後。
「……………………………………………………《剣の円環》」
「ぁ痛てっ」
空気を読んで絶妙なタイミングで飛んできた別方向からの嫉妬の礫により、無事ブレイク。アーシェも晴れて、俺も晴れて、そしたら以後は真に平和に。
俺も俺の姫様の隣で、いい子いい子かわいいねぇに加わるとしよう。
同じ立場でも全く違う関係性。良い良い良い良い。




