姫と侍女
「────とまあ、メンタル回復はソラちゃん任せとしてー……」
けろっとした顔を装いつつ内心はヘコんでいた【星架】もとい期待集積星人を、パートナー同伴の下で全会一致「おら休め」と送り出した後。
幸い深刻さまでは見受けられない背中を見送りつつ、居残り組……即ち首脳陣地に集った要人各位の中から、声を上げたのは双翼の片割れ。
隣で『兄』に置いてかれたと微妙に機嫌を落としている相方を片手間に宥めつつ、時と場合によって振る舞いや性質を大きく変じるミィナへ視線が集う。
ひとえに、その声音が真面目モードであったから。
「ぶっちゃけゴッサン、よく勝ったね? 両足どころか開幕で腕も飛ばされてたんでしょ? 本人は……まあ流石に知識としては知ってるだろうけどさぁ」
然して、触れる話題は当然一つ。
「つまり実質、アレが〝四回〟殺られたってことしょ? マジどんな化物?」
ひとまず此度は退けられたことを確認しているとはいえ、その存在が確認された以上これから常に警戒を続けなければならない『怪物』について。
────アルカディアにおいて『プレイヤーアバターの部位欠損』とは、最も致命的な状態異常であると同時に滅多に起こり得ない珍事でもある。
手や、足や、首……最後は起こればイコール即死であるため状態異常というより死亡演出に含まれるモノだが、四肢については本当に珍しい不利効果。
偶発的な発生ならまだしも、故意に狙うのは文字通り殺すよりも難しい。
類種によって的が大きく角やら牙やらといった目立つ末端破壊可能部位を多く備えているエネミーとは異なり、プレイヤーの身体は凝縮された一身。
たとえ刃物で斬られたとしても実際に『肌』が裂けたりはしない。単にゲーム的演出によるものか、はたまた何かしらの設定も働いてのものか、基本的に仮想世界に存在する〝ヒト〟の身体は矮小ながら強大であり脆弱ながら強靭である。
具体的に言えば、まさしく『魂依器』みたいなものだ。
つまるところプレイヤーを〝壊す〟ためには、プレイヤーを構成する不滅の理を瞬間的に貫通するレベルの異常な攻撃力を命中させる必要がある。
そして身体の末端となる四肢を意図的に飛ばそうとすれば、ソレを本体が壊れぬよう正確に繊細に、手足の関節部分……つまり付け根や肘あるいは膝へ届けなければならない。勿論、それだけの威力を伝えたことによる余波で殺さぬように。
言うまでもなく、狙って成せるような技術ではない。
むしろアルカディアプレイヤーの対人文化における『正々堂々交流環境』的に、研究も発展も進みようはずがない外法的技術でもあるが……。
────ともあれ、ソレを。
「まあ……そうだな。おそらく〝鎧〟まで写されてたら、俺も諸共だったろうぜ」
話を聞くに、イオと名乗った〝千憶〟は意図的に成したと思われる。
力も何もかもを写し取ってのことであるとはいえ、どう取り繕っても異常な脅威。そうとしか言えないほどメチャクチャな戦闘能力だ。
ゴルドウが素直に認めた通り、仮に彼の【英傑の黄金鎧】が権能を丸ごと写し取られていた場合……ほぼ確実に、間違いなく。東の【総大将】は【星架】諸共、次元の違う技術を備えた『自分自身』によって帰らぬ者とされていたことだろう。
「ですが、相手は着なかったのですよね?」
さすれば、話題の流れは畏怖から興味へと。
「あぁ。喚び出す素振りも見せねぇどころか、俺が来てからも坊主の……ハルのままで立ち回ってきたぜ。アレでも千人背負ってなけりゃ軽く死んでたな」
己の問いに返された答えに、それまで沈黙を以って思考を回していたヘレナが瞑目────二秒後。既に平静を取り戻している黒い瞳は静かに開かれて、
「────現状、まともな推理は不可能ですね。本人の名乗りや言動はハル様の『記憶』から確かな情報ですが、可能性の枝が多過ぎます。思索は不毛でしょう」
「だな。〝制限〟か〝気まぐれ〟かさえ判別が付かねぇよ」
親子の意見は、違わず一致。
会議を形成する面々も、一人残らず首肯その他で同意や賛同を示した。
────然して、
「……それじゃ、ひとまずイオのことは此処で区切る。どれだけ想定を積み上げても重石にしかならない相手のことは、次に顔を見せた時に考えましょう」
仲間たちの語らいへ静かに耳を傾けながら……送り出した想い人の背中を遠く見つめていたガーネットを瞬かせ、再起動したアイリスが言葉通り区切りを付ける。
加えて、その手が拍手を打つ。
「────二回目。皆、ちゃんと休んで」
更に、併せる言葉は僅かばかり説教めいた珍しいトーン。
「まだ戦争開始から二時間と少し、先は長い。落ち着いて安定している今の状況が貴重かどうかさえ判断できないのだから、しっかり使わないとダメ」
それは言わずもがな、ハルとソラを見送るだけ見送って……けれども誰一人として後に続いて解散しようとしなかった場の全員へ向けての、嗜めるような言葉。
つまり、正論以外のなにものでもなく。
「……えぇ、尤もですね。────皆さん、改めて一時解散です」
驚嘆と動揺に乱されていたがゆえの、自然といえば自然な流れ。とはいえ乱され流されがプラスに働くわけもなく、アイリスの淡々とした一喝こそ真っ当な指揮。
即座に頷いたヘレナだけでなく、改めて場に居た誰もが納得するまま────
「戦場全体、完全休息のローテーションを組みます。まずは、この場の全員から」
「……ヘレナも、ね」
「勿論です。スケジュール組み程度は五分で終わりますので、心配いりませんよ」
今度こそ、その場は真に『お開き』となった。
そして、五分後。
「────アイリス」
「…………、……ん」
首脳陣地の一画、人目を遮る小さな天幕内。
自身に充てられた些細なプライベートスペースにて落ち着いていた【剣ノ女王】の元へ、宣言通り迅速どころではない手際で仕事を終えた家臣が訪れた。
怜悧に輝くモノクルの奥。
どこか普段とは異なる様子で粛々と。ぽつり大人しく椅子に座って有言実行していたアイリスを、黒い瞳が映して優し気に笑む。
「お疲れ様です」
「ん、おつかれさま」
都合よく、空いている椅子が端に一つ。断りもなくソレに腰を下ろしながら、ヘレナは己を邪魔にする気配もない主の傍へ。……もとい、年下の少女の傍へ。
身体ではなく、心を寄り添わせ────
「そんな顔をしていないで、あなたも行ってきなさい。誰も咎めはしませんよ」
意地悪を言えば、瞬くガーネットが都合二粒。
「……いつの間に、そんな生意気を言うようになったのかしら。私の【侍女】は」
「なにを今更、最初からでしょう」
対して、じとり睨む双眸を涼しく受け流すのは年上の妙。
「この期に及んで『責任』やら『立場』やらを気にして格好付けているのか、単に恥ずかしがっているのか、はたまた何か思うところでもあったのか知りませんが」
「…………」
「別に堂々と甘えて、甘やかせば良いだけでは? もう誰も驚きはしません」
「………………」
「らしくないですよアイリス。何度も言わせないでください」
どれだけ睨み付けようと、毛ほども効果ナシ。見透かしたような顔で嗾けてくる自称『忠実な臣下』に押されるアイリスは、真実『らしくない』様子のまま。
手を引かれ、やや強引に立ち上がらされ……。
「あなたこそ、しっかり時間を使ったら如何です。心に靄を飼っている暇があるなら、一秒でも早く駆けていってキスでもハグでも好きなだけすれば良いでしょう」
「……ヘレナ、怒って────」
「勿論です。なんだか知りませんが、さっさとイチャついて晴らしてきなさい」
はーやれやれといった具合に節介を焼いた『忠実が過ぎる臣下』によって、問答無用。引き籠もっていた天幕から追い出された後────
「…………ん」
ほんの少し迷いながらも、遅ればせ。先に見送った背中を追いかけていった。
ソラさんには斎さん。
ニアちゃんにはヒヨコ。
アーシェにはヘレナさん。
やあやあ彼女らこそは天使と妖精と姫の見守り三銃士。
なんか全員あれですよね一生を推しに捧げて恋愛できなさそう(致命的な暴言)




