遷り移る戦局
反攻作戦開始より、おおよそ二十分。
各方面および拠点陣地内の状況が刻々と推移する中────
「…………カナタ、大丈夫?」
「お、驚くべきことに、大丈夫です……」
最も危なげなく安定した組み合わせであったはずの【剣ノ女王】および曲芸師予備軍……もとい、アイリスとカナタは深い地の底で宙ぶらりんになっていた。
垂直に空いた大穴の壁面に、辛うじて手がかりに突き立つは『剣』一本。
そして、真下に広がるのは星が瞬く無限の虚空────つまるところ、異空に浮かぶ四柱戦争の舞台底部。それ即ち事実上のゲームオーバー寸前の位置。
最近は諸々『歩く』以外の手段を手に入れたアイリスはともかくとして、手を掴み損ねていれば場外判定位置まで真っ逆さまだったであろうカナタは比喩なく九死に一生を得た形。あやうく揃って無様な下手を打つところだった。
して、なぜ『こんな状況』になっているのかといえば他でもない。
「……ごめんなさい、私のミス。対応の順番を間違えた」
「いえ、あの、間違えてなお生き残っているのが理解の外ですし」
二人諸共、まんまと〝敵〟の策略に嵌められてしまったからだ。
道行きの深奥に待ち受けていた、プレイヤー側のソレとは輝き方や雰囲気の異なる〝拠点核〟および、その番人。────シュカナの名を持つ有名人との戦闘に突入し、幾つかの理由から逸らず丁寧に事を進めていた……までは良かったのだが。
「あんな、ソラさんの『魔剣』みたいな使い方は誰も予想できませんよ……」
端的に言えば、戦争開幕の狼煙となった例の掘削役。〝千憶〟との交戦の最中、アレが突如として上から降ってきた。洞窟という閉鎖空間の中で、アレが。
顔を出したのは、壁面ではなく空間。つまり……おそらく、相手側の戦争システムに則った直接召喚。察するに拠点核の近くであるならば制限ナシかつ自在に『駒』を喚び顕せられるのだろう、そんな瞬時刹那の挙動であった。
言うなればカナタが苦笑いを浮かべる通り、ソラの魔剣巨塔が不意打ちで襲ってきたようなもの。勿論、咄嗟でも対処は可能だったが────
「そうね。……落とし穴のセットも、流石に予想外だった」
反射的な迎撃ではなく、理性的な一時退避を選ぶべきだった。
かの巨体が開幕で晒した異様なまでの脆さは変わりなかったが、その馬鹿げた体積および質量も同じく変わりはない。つまりどれほど脆かろうが柔かろうが、ちっぽけなプレイヤーを圧死させる程度のこと造作もない。閉鎖空間ならば猶更だ。
であるならばと、淡々と消し飛ばそうとしたのが間違い。
まさか、やや本気程度の『踏み込み』で抜けるほど地下が薄いとは思わず……崩落、落下。動揺の隙を巨体の衝突で押し込まれるオマケつきで、今に至る。
紛れもない不覚。
どうにか化生の巨躯は搔っ捌きつつ、巻き添えを喰らったカナタを回収しながら制動は果たしたが────この通り、舞台の下端まで落とされてしまった。
……と、いうことで。
「………………」
「…………ぁ、あの、えーと……」
お言葉を返すのは控えた賢明なカナタの読み取り通り。無様を晒したと自認する【剣ノ女王】の方こそ、あまり『大丈夫』ではなさそうな現状。
「…………追撃の気配は、なさそう」
「そ、そうですね」
「〝千憶〟が番人を演じていたということは、あの〝拠点核〟は向こうにとって守るべきもの。つまり、こちらが取るべき行動は奪取あるいは破壊」
「は、はい」
「落とし穴……他の方面も似たような〝備え〟はしてあるはず。こんな古典的で馬鹿馬鹿しい罠に引っ掛かった私が言えたことではないけれど、うい辺りは不安」
「め、迷路とか用意されてると、少し心配ですね……」
「えぇ、そうね。────カナタ」
「はいっ……!」
決して、自分に向けられているわけではない圧。
それどころか、敵に向けられているわけでさえない圧。
────真実、自分自身にのみ向けているのであろう沸々と静謐に煮える憤りの圧。その余波を受けて、手首を捕まえられて宙吊りのまま怯えるカナタを他所に。
「ん」
「ひぇっ」
脚刀一閃。
右腕一本で杭と成した『剣』を握り、左腕一本でカナタを確保。
後は同じく宙ぶらりんを持続……見事してやられた悔しさで呆然とするまま、反省を噛み締めていたアイリスが虚空に遊ばせていた右足を霞ませた瞬間。
撃圧に晒された至近の壁面が抉り爆ぜ、瞬く間に居心地よさげな側溝が誕生。
然して思わずといった具合に悲鳴を零したカナタを、身を揺らしたアイリスは努めて優しく丁寧にインスタントセーフゾーンへ放り投げると共に────
「Dress code_《空羅ノ女王》」
『剣』を引き抜いた青銀の姿が、燐光を侍らせ宙に浮かぶ。そして、
「ここ、念話通信が生きてる」
「へ……? ぇ、ぁっ、ほんとだっ……!?」
「とりあえず、ゴルドウに現状報告を。その後で……」
自らの失態に付き合わせてしまった相方へ、努めて平静かつ冷静を装った声音で以って指示を渡しつつ……ガーネットの瞳は、真っ直ぐ上へ。
「ゆっくり、上ってきて」
「ぁ、はい」
仕返しの相手を見据えるまま、暴風発露。
垂直洞穴を駆け上がるかの如く奔放に吹き荒れた風に、悠然と攫われていった。
────斯くして、
「…………………………先輩の言う通り。思ったより、かわいい人だな……」
大人びた声音で、大人びた所作で、子供のような振る舞いで以って颯爽と突っ走っていった相方を見送り、数秒ほど呆けていたカナタは気の抜けた笑みを一つ。
どの道、別に危機的状況というわけでもない。
してやられた事実はあったかもしれないが、下手をすれば無様どころか死あるいは詰みになっていた可能性も少なくはない一連の流れ。流石は【剣ノ女王】様と呆気に取られ褒めこそすれど、無傷での対処を笑う者などいないだろう。
つまり、問題ナシ。然らば、任された指令を全うすべく。
自陣営『指揮官』へと、現状報告のために念話を繋いだカナタは……────
「……えっ?」
ノータイムで返ってきた声音に、ただ困惑のまま首を傾げた。
基本『何かしらミスをした自分』に対してしか怒らない女、アリシア・ホワイト。
怒った場合、それが仮想世界での出来事である場合、また八つ当たりの発散が許されるシチュエーションかつ受け止めるに相応しい相手が付近に居る場合────
一帯を『剣』一本で消し飛ばす可能性のある女、アリシア・ホワイト。
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