唯一点
────識っている。なればこそ驚きはしない。
しかしながら識ると観るの間に途方もない差が生じるのは、如何な『一人目』とて変わらない。然してイオは、真白な瞳を瞬かせて一言。
「信じられない」
素直な感嘆を零すと共に、到来した〝敵〟を両の手に従えた紅刃で迎え受ける。
戟音、火花、弾けて劈き霧散する致命の余波。迸り突き抜ける長槍を払い退けた短剣が揃って砕け散り、飛散する生命に代わって舞台を彩る赤の最中────
煌めく結晶の欠片に照らされ、薄く微笑む存在は、
「では……────参ります」
色は、そのまま。輝き方を一変させた全くの別人。
記憶の権能を用いた人格の操演、識っている。演技などという枠を踏み越え、記憶に居る者たちの姿を自らに降ろして振る舞う異常の御業。
そう、識っている。この手の中に理屈は在りて、ゆえに当然のこと理解は及ぶ。
しかし、だからこそ、信じられない。
ただ装いを替えただけ。意識のツマミを切り替えただけ。それだけのことで別人に成り得るなど、自分たちには決して真似できない、その所業を。
我が身一つで、己以外になることさえ可能とする、奇跡のような当然を。
愚かしく、恐ろしく、輝かしい人間の才能を────嗚呼、素晴らしいと。
「……あは」
真白な人形は、讃え、称え、湛えるまま。
心の底から滲み出した不格好な歓迎の笑みを以って、その手に再び刃を喚んだ。
◇◆◇◆◇
下段への刺突で脚を浮かせ、捻る身を基点にして狙わぬ横薙ぎ、宙を蹴って後退した身体を追いかける次手の刺突中段二連、小兎刀の剣身にて打ち払われた衝撃を己が勢いに転換、手中で回され風車となり鋒と柄頭で轟と虚空を引き裂く紅槍を、
蹴り上げると共に、右腕《拳嵐儛濤》百弾散射。
然して、忽然と目前に現れ全ての拳弾を防いだ双合盾を無視して転回、もぬけの殻を察するのは容易い盾の裏側ではなく俺の背後へと────
外転出力『廻』臨界収斂、解放。
更に《天閃》並びに《天歩》および『纏移』を間髪入れずに連続点火。
「《神斧》」
瞬間十八回転。コンマ数秒の内に打ち込まれた十七の短剣撃を撃ち落とした果て、ぶち抜いた連続回し蹴りの踵が殺したのは〝敵〟ではなく虚空。
然らば、まさしく殺す気で放った必殺の余波が空間を賑やかす最中にて。
「『穿つ水釘、威止める鉤翅』」
詠唱、そして右の指先が糸を手繰る。
「「《カレントハーケン》」」
斯くして、奇跡の名称を呼ぶ声は二つ。寸分違わず衝突して弾ける水の杭は鏡写しに六本ずつ────結ばれた影糸の招待に従い、豪速で降下した槍は一閃のみ。
そして、揺らめくような僅か一歩の後退で当然のように躱された紅槍を掴み、
「────殺しに来なさい、」
躊躇わず、呼ぶは漆黒の暴威。
「【星引斥ノ指斧】」
左手に絡め取った【魔紅蒼槍・鯨兎】を振り翳すと同時、右手に喚んだ黒色の多面体が爆ぜて潰れて捻じれて顕れるは巨大斧刃。ならば併せて、
瞬き迸るは、雷の閃光。────さぁて、
「「《鏡天眼通》」」
踊りましょうか、完全無法の化物野郎様。
刹那。閉鎖空間を埋め尽くすは、刃が織り成す紅風および雷が奔り刻む蒼迅。
互いの瞳に金光と銀光、そして〝敵〟の姿の身を映しながら、些細な不確定要素として招いた意志在る武装の気まぐれな殺意を交えて……躓けば即死の限界演舞。
────通らない。
通らない、通らない、なにもかもが通らない。
全ての手を読まれている。全ての動きを識られている。全ての思考を重ねられている。それら数多の『有り得ない』が、俺の反抗を悉く無に帰して静謐を生む。
上限一杯、思考加速倍率十倍。
互いに躊躇なく切った《鏡天眼通》が齎す圧縮された停滞の中、予見された致命の紅線だけが色鮮やかに咲き乱れる気が狂いそうな死地の最中で────
遂に薄く、本当に薄く不器用に笑んだ〝怪物〟に、全身全霊が届かない。
〝千憶〟のイオ。
稀人に〝己〟を見せるため在る写し鏡。
大層で大仰で大いに『なに言ってんだテメェ』とツッコミたくなる自己紹介と併せて、この振る舞い。俺自身の諸々を棚に上げて『馬鹿じゃねぇのテメェ』とドン引きせざるを得ない、この無法暴虐やりたい放題なルール違反。
考察するまでもない。
疑うべくもない。
コイツが……〝千憶〟の『一人目』とやらが、その身に秘めた権能は────
「「〝鋒撃〟」」
相対する者の、完全な複写だ。
技術、魔法、武装、スキル、そして『魂依器』まで。向かい合う右の拳撃同士、併せて虚空を突き破り放たれた星剣同士が威力を相殺。宙に描かれる余波と火花に巻かれながら、俺は馬鹿馬鹿しすぎる現実を認めて……──淑やかに、笑う。
理屈も道理もサッパリわからん。なにがどうなってそうなってこうなって、ありとあらゆる俺の『全力』が盗まれてんのかなど知る由もない。
そう、正真正銘の全力だ。他でもない俺の『記憶』が、奴が俺に向けてくる全てを『俺のものである』と認めてしまっている。贋作ではなく、紛れもない本物。
────もう、完全に、俺。
立ち回りを構築する思考パターンまで写し取られていると見るべきだろう、つまりは力や技術や装備だけではなく頭の中までもが相手の手中。
重ねて、勝てるわけねぇだろ舐めてんのかってな具合。
然して、だからこそ、貞淑に笑う。
最初から今の今まで隠そうともせず晒されている、現状唯一の俺たちの相違点。
あっちの雰囲気洒落乙な厳かルックに対して、こっちは迫真の和装メイド服だぜ怖いかハハハとか馬鹿を宣うわけじゃない。装いだけではなく顔やら声やらも違いますよねとか至極どうでもいい間違い探しを上げ諂おうというわけでもない。
そのどちらも関係はあるが、本質ではない。
ああ、そうさ、そうともさ。その〝勝ち筋〟は、ある意味で俺が最も得意とするところ。今や自他共に認める、俺こと【星架】が恥ずかしながら晒してきた、
最も簡単で、最も得難い、最大の強み。
なぁ、つまんねぇ顔した誰とも知らねぇ〝千憶〟さんよぉ?
アンタが誰かなんざ重ねて知らねぇし、なに言ってんのかも理解できねぇし、なに考えてんのかも当然わからんし、舞台が舞台じゃなけりゃ戦いよりも話し合いを試みていた可能性が高いとすら思える真白黒衣の初対面さんよ。
今、なにで動いてる?
アンタは今、一体〝なに〟で動いてる?
一体全体、なにで────どんな〝感情〟で、今その身体を動かしている?
「「──────、」」
槍の鋒が、真白の頬に紅の細線を色付ける。
力も、技能も、何もかもを鏡写しに盗んだ上で、かの【剣ノ女王】や【剣聖】さえも上回るような『完成され澄み渡る戦闘思考』により全てを従えていた、奴に。
正真正銘、完全なる俺の上位互換に化けた怪物の、その頬に。
なぜ、俺の刃が届いたのか────答えは、面白身がないほどに至極単純。
俺の出力を寸分違わず複写したイオの出力を、俺の出力が上回ったからだ。
「僭越ながら……──勝てる気はしませんが、負ける気もしません」
斯くして、演技続行。恭しくダンスに誘うのは、見るからに感情発露が苦手そうで表情も声音も極めて平坦な良くも悪くも真ッッッ白な雰囲気の〝千憶〟様。
そも、NPCが恩恵に与れるモノなのかも定かではないが────
「東陣営序列三位【星架】。────改めて、全力全開全演で参ります」
〝感情呼応出力増幅機構〟の加護は、我が手に在り。
つまりどういうことだってばよの詳細なアンサーは次話へ続く。




